ジャーナリズムを拒絶・否定する反民主政治
右翼研究その二十二<本澤二郎の「日本の風景」(2512)
(写真)Facebook

ジャーナリズムを拒絶・否定する反民主政治

 5年前を思い出してほしい。安倍内閣が発足すると、まもなく公共放送、公正・客観報道を旨としてきたNHKで、最高責任者の会長が、三井財閥出身者に代わった。以後、NHKから権力に屈しない、本来のジャーナリズムが消えた。

 朝日新聞の誤報が表面化すると、他のメディアを総動員して、とことん叩きまくって、それまでの「日本の高級紙」を封じ込めて、読売化してしまった。右翼政権は、権力に屈しないジャーナリズムを拒絶する、否定する、そうして権力維持と継続を実現し、平和憲法を冒涜・暴走する。これほどの言論弾圧は、戦前はともかく、戦後に前例がない。戦前の軍国主義レベルであろう。


宇都宮徳馬の口癖 「権力に屈するな!」

 筆者は、平和軍縮派の宇都宮徳馬に師事する機会が多かった。彼の口から飛び出す言葉は、決まって「権力に屈するな」であった。耳にタコが出来たほど聞かされた。

 このおかげで、権力に屈しないことが、ジャーナリストの道であることを、強く認識することが出来た、といえるかもしれない。ありふれた新聞人が、政府や右翼に懐柔されることなく、ここまで来れたのは、ひとえに宇都宮の日頃の薫陶による。

 人間は、人生の過程で、いい人に出会えるかどうか、が鍵である。その人間の価値を決める要素かもしれない。その点で、筆者は幸せなジャーナリストといえる。

 読売のナベツネのことを教えてくれた政治家が、宇都宮その人だったが、それはナベツネを読売に押し込んだ人物が宇都宮だったためだ。彼の教えに真っ向から反した、かつての愛弟子を、晩年の宇都宮は「忘恩の徒」と斬って捨てた。

 権力を監視しないメディアは、もはやジャーナリズムではない。ジャーナリストでもない。夕刊紙「日刊ゲンダイ」がひとりジャーナリズムとして、列島で昂然と気を吐いている現状である。

 日本特有の右翼政権の怖いところは、あらゆる手段で、権力に屈するメディア・言論人に変身させることにある。主権在民を否定する戦前の天皇制国家主義なのだ。


宇都宮 徳馬(うつのみや とくま)1906年9月24日 - 2000年7月1日
日本の政治家、実業家。ミノファーゲン製薬創設者。正三位勲一等。参議院議員(2期)、衆議院議員(10期)、日中友好協会会長・名誉会長、日本北アフリカ協会会長を務めた。父は陸軍大将、朝鮮軍司令官を務めた宇都宮太郎。
(出典)Wikipedia
来歴・人物


大学の講座を排除して教師首

 筆者も、直接、その被害者となってしまったが、それは自慢するわけではないが、筆者をジャーナリストであるとの裏付けをしてくれたようなものである。

 筆者を二松学舎大学国際政治学部の非常勤講師に推薦してくれたのは、読売の元政治部長の多田実である。彼とは中央大学の先輩後輩の関係にある。多田は、ナベツネの前の政治部長で、リベラル・平和主義の三木派と親しかった。対して、ナベツネは大野伴睦と中曽根康弘、そして児玉誉士夫の右翼・国家主義人脈である。

 先輩は「現代マスコミ研究」の講座を、筆者に任せてくれた。数年後に教授にしたいという、彼の希望もあった。この講座の引き受けると、人気は急浮上、学部の中で一番学生が集まった。希望者が200人、300人と殺到して、大きな階段教室を使わねばならなかった。
 ところが、3年をまじかに控えて、突然、この講座が消えて、お役御免となった。政界の右翼議員が、文科省に圧力をかけたのだ。今の大学は、政府の私学助成金という血税で経営している。文科省に狙われたら、大学の椅子はすぐになくなる。学問の自由もない。そのことを、まざまざと体験させられたのだ。

 いまようやくにして、文科省の天下り組織が露見して、国民を驚かせているが、彼らは大学の人事権さえも壟断する力を持っている。大学は文科省の官僚ににらまれると、廃校するしかないのだ。こうした事実も、自ら体験して理解できる。
 学問の自由のない日本の大学は、かなり厳しい事態に置かれているといえる。


糧道を絶つ野蛮な手口

 二松学舎の講座を担当した最初の年は、97年4月である。3年続いてのだが、息子の医療事故も起きていて、仕事に意欲を無くしていたころである。学問の自由の侵害に対して、当時は対抗する気力もなかった。

 そのころ、右翼政治批判を取り扱った著書は「小選挙区制は腐敗を生む」「誰も書かないPKOの正体」(いずれもエール出版)が93年、96年には「天皇の官僚」「中国の大警告」(いずれもデータハウス)。

 98年に「台湾ロビー」(データハウス)を出版した。「天皇の官僚」を発表した時は、身辺に注意するようにとの声が、各方面から出たものである。
 右翼のジャーナリスト弾圧の手口は、まずは糧道を絶つことである。


内外情勢調査会講師も

 筆者が政治評論家にデビューした時、1冊の本を書いて、日本記者クラブで出版会を開いた。当時の在京政治部長会に中央大学OBがたくさんいた。読売・テレビ朝日・北海道新聞・ニッポン放送の政治部長らである。

 彼らのお陰で、在京政治部長会の全員が発起人になってくれたため、盛大に出版会をすることが出来た。当時の首相も中央OBの海部俊樹だった。時事通信の政治部長は、内外情勢調査会の講師を用意してくれた。

 ここを舞台に、全国を歩きながら政局講演をする機会を得た。文教族だった海部は、嘉悦女子短期大学の講師に推薦してくれた。ここでも3年間、楽しい時間を過ごすことが出来た。1か月数回の政局講演も、二松学舎の講座が無くなるころ、事務局からの依頼が無くなった。



自民党の講演も

 恐らくは、継続しての自民党平河クラブの在任期間は、在京政治部長会と同様に記録的に長がった。その関係で、自民党本部職員との付き合いも長く、この線から政治評論家になる、全国の地方支部との会合での講演依頼が多くあった。これも生活安定に貢献してくれたのだが、いつの間にか、講演依頼が無くなった。

 大学と講演などで、結構楽しく仕事をすることが出来た。このことは感謝したい。しかし、収入が無くなると、人間は生きられない。生活保護を受けるしかなくなる。家族・家庭持ちにとって深刻きわまりない。

 既に、頼みの綱の宇都宮はいない。だが、幸運なことに年金が、わずかだが生活を保障してくれた。もし、年金が入らなければ、右翼に屈服するしかなかったのか。考えると、いやになるので、考えないことにしている。
 それゆえに、ペンを折らずに生きている。宇都宮の叫びを、今も、これからも、実践できる。精神的に楽である。


政府自民党にもブラックリスト?

 思うに、自民党大会を繰り返し見聞してきた。招待状が届くので、話のタネになると判断して、よく日比谷公会堂に行ったものである。それが、急に来なくなった。思い出すと、森が小渕内閣の自民党幹事長のころである。

 別に行っても、行かなくてもいい自民党大会である。どうでもいいことだが、やはり多少は気になる。このころから、自民党擁護する人物と批判的な言論人を区別、批判的なものは排除する、つまりはそのためのブラックリストが作成されたのかもしれない。

 韓国では、政府批判者のブラックリスト作成で、職務を失っている朴大統領が、法廷に立たされている。右翼政権の政府与党も、同じことをしている可能性が高い。ジャーナリストであり続けることは、これでなかなか容易ではない。ただし、無冠の帝王になれる!

本澤二郎(ほんざわ じろう)政治評論家(ジャーナリスト)。
 1942年千葉県生まれ、66年中央大学法学部法律学科卒業。東京タイムズ政治部長8年9カ月(在京政治部長会の最長記録)。同編集局次長を経て、90年秋から政治評論活動に入る。91-94年3月まで嘉悦女子短期大学講師。97年4月から3年間二松学舎大学講師。06年10月から2年間、中国・同済大学アジア太平洋センター顧問研究員。現在、日本記者クラブ会員、日中平和交流21代表。
■主な著作: 純ちゃん、間違ってませんか?―人気首相の仮面を剥ぐ(データハウス、2001)、マスコミがふたをする大中国の真実(データハウス、1999)、台湾ロビー(データハウス、1998)、中国の大警告(データハウス、1996)、中国の熱風(データハウス、1994)


【出典】政治評論家・日本記者クラブ会員 2017年2月10日

出典:政治評論家・日本記者クラブ会員 2017年2月10日

壮大なペテン  「共謀罪はテロ対策」という真っ赤なウソ
「平和」は口先だけ(外遊を終えてハノイで会見)/(C)AP

壮大なペテン 「共謀罪はテロ対策」という真っ赤なウソ 日刊ゲンダイ 2017年1月18日

 大新聞が17日の朝刊で一斉に、〈「共謀罪」対象半減へ〉と報じていた。対象となる犯罪を、原案の676から300前後まで減らすことを政府が検討しているという内容で、「懲役・禁錮4年以上の重大な犯罪」の種類が多過ぎることに与党の公明党が懸念を示しているため配慮した、という解説も全紙一緒だ。犯罪数を減らすことで批判を和らげようという政府サイドのリークなのだろうが、そもそもなぜ、相談しただけで罰せられるような法律が必要なのかの政府の立場は、相変わらず欺瞞だらけだ。

 政府が大新聞を通じて説明する「共謀罪」の必要性はこうだ。国際的な組織犯罪に対応するため、国連が2000年に採択した「国際組織犯罪防止条約」を締結するには、国内法を整備しなければならない。20年の東京五輪を念頭に「共謀罪」を整備して、テロ対策で各国と連携を強化する必要がある─―というものだ。そのために罪名も「テロ等組織犯罪準備罪」に変える。

 しかし、この「国際条約で必要」というのはウソ八百のデタラメだ。法律の専門家の多くが現行法で対応できると主張している。実際、政府は過去に国会で「条約を批准した国で新たに法整備をした国はどこか」と質問されて、「例えばノルウェー」としか答えられなかった。ほとんどの国が現行法で対応しているのである。情報法制に詳しい中川亮弁護士がこう言う。

「政府は条約締結のために『共謀罪』の立法化が必要としていますが、この条約は『国連越境組織犯罪防止条約』という名称で、国をまたぐ国際性のある犯罪を対象にしているというのが日弁連の立場です。どうしても立法化するというのであれば、国際犯罪に限った条件を付けるべきで、実際、(カリブ海の小国)セントクリストファー・ネビスは、越境性を要件とした法律を制定しています。加えて日本は、国際人権条約のように国内制度と違う条約でも批准している。つまり、国内法整備は条約批准の条件でも何でもないのです。政府の説明には論理の一貫性がなく、結局、条約に“悪乗り”して、都合のいい法律を作ろうとしているというのが実態ではないでしょうか」

 公明党が“難色”というのも、毎度のパターンだ。

 安保法制もカジノ法もそうだった。
 「我々がいるから自民党にブレーキをかけられた」と釈明するための創価学会員向けのポーズである。法案が正式に国会に提案される際には、「公明党の指摘を受け、犯罪数を減らした」とアピールするシナリオだろう。“下駄の雪”が本気で反旗を翻すはずがない。


■ 監視社会で市民は沈黙、民主主義は崩壊


「テロ対策」というのも悪質なウソだ。名称を「共謀罪」から「テロ等組織犯罪準備罪」に変えても、その中身は03、04、05年と3度も国会で廃案になった法案とほとんど変わらない。

 原案には窃盗や道交法違反も含まれている。さすがに今後、除外されそうだが、ナント、事前に“共謀”できない業務上過失致死や傷害致死まで入っている。これらがテロとどう関係するのか。メチャクチャである。

 テロ対策も東京五輪も全て、国民を騙しやすい後付けの屁理屈。すり替えであり詭弁だ。壮大なペテン劇を繰り広げてまで政府が共謀罪にこだわるのは、間違いなく別の理由があるからだ。

 民主党政権時代に法相だった平岡秀夫元衆院議員は、誰が何のために「共謀罪」に固執しているのかという問いに、「監視社会をつくりたい自民党と、捜査の武器を拡大させたい警察官僚だ」と東京新聞で断言していた。

 監視強化で市民を管理し、国家の統制下に置く。共謀罪は、既に成立済みの秘密保護法や改正盗聴法とセットで機能させる。市民は監視を恐れ、沈黙し、政府に従順になる。民主主義は崩壊。現代の治安維持法と呼ばれるゆえんである。前出の中川亮弁護士もこう言う。
「共謀罪によって、『内心の意思』が罰せられることになります。具体的な行動がないわけですから、会話やメールの段階で情報収集が行われる。捜査機関が恣意的に検挙する恐れがあるのはもちろんのこと、日常的に個人のプライバシーに立ち入って監視するような捜査が行われる可能性があります。何度も廃案になったのに、政府が共謀罪の法制化に固執するのは、『早い段階で市民の内心をコントロールしたい』というのが真の目的なのだろうと思います」

 犯罪対象を300に絞り込んだところで、国家による市民の監視を無制限に容認する人権侵害の本質は変わらないのである。

目指すは、戦前型の富国強兵国家の復活

駆けつけならぬ「かこつけ警護」/(C)AP

 テロや五輪にかこつけて、共謀罪の法制化を急ぐ安倍政権のドス黒い思惑は、この4年間のヤリ口を思い出せば分かるはずだ。法政大教授の山口二郎氏が東京新聞のコラムで、「かこつけ総理」と次のように喝破していた。

〈南スーダンに派遣された自衛隊の新任務は海外での自衛隊の武力行使を可能にするための、積極的平和主義に名を借りた駆けつけならぬ「かこつけ警護」だと思った。この「かこつけ」は、安倍政治の本質を表す言葉となった〉

〈成長戦略にかこつけて年金基金を株式市場に投入して損を出し、地域活性化にかこつけてカジノ、とばくを合法化した。働き方改革にかこつけて、残業代を払わないことを正当化する労働基準法改悪を実現しようとする。極め付きは共謀罪である〉

 ペテンを駆使して、自らを正義とするのが安倍首相の常套手段。それでも能天気な国民は、67%という驚異の高支持率を与えるのだから、笑いが止まらないだろう。

 安倍の正体は、口先の「平和」とは正反対。フィリピンの現地メディアが伝えたように、中国包囲網しか頭にない“武器商人”のような人物である。ドゥテルテ大統領との会談で、安倍が「ミサイル供与を申し出た」と報じられた。菅官房長官が否定し、真偽は不明だが、長年の「武器輸出三原則」を大転換した首相である。対中国でフィリピンを取り込むためなら、1兆円の大盤振る舞いとセットで武器供与を持ちかけても不思議じゃない。

 政治学者の五十嵐仁氏はこう言った。

「平和憲法の理念に従えば、日本の首相は『非軍事』を世界に広め、紛争を諭さなければなりません。ところが安倍首相は、逆のことをやっている。『共謀罪』の法制化で安倍首相が目指しているのは、『昔の日本を取り戻す』ということなのでしょう。対外的には強国として世界情勢に影響力を及ぼし、国内ではマスコミを押さえつけ、反政府の運動を取り締まる。憲法を変えて普通の国になり、自衛隊を海外に派遣して大国となる。戦前型の富国強兵国家を復活させたいのでしょう」

 菅は共謀罪について、「一般人が対象になることはあり得ない」と言ったが、戦前の治安維持法も当時の警視庁当局が「世間の人が心配するほどのものではない」と説明していたという。権力者が国民を騙し何をするのか。歴史が教えてくれている。 
 

【出典】日刊ゲンダイ 2017年1月18日

出典:日刊ゲンダイ 2017年1月18日

安倍政権が「神武天皇は実在した」を本気で喧伝、 産経もトンデモ神武本出版!  神話で国民を支配するカルト国家化
神武天皇 - Wikipedia
神武天皇は、日本の初代天皇とされる神話・伝説上の人物
(在位:神武天皇元年1月1日 - 神武天皇76年3月11日)

安倍政権が「神武天皇は実在した」を本気で喧伝、 産経もトンデモ神武本出版! 神話で国民を支配するカルト国家化   LITERA 2016.11.17

 とうとう、ここまできたか──。日に日にエスカレートしていく安倍政権の歴史修正主義だが、いよいよ連中は「神武天皇は実在した」なるトンデモまで喧伝しだしたらしい。
 念のため最初に言っておくと、神武天皇は8世紀の「古事記」「日本書紀」(あわせて記紀という)を基にした“初代天皇”だが、もちろん実在したとは立証されておらず、ときの政治権力である朝廷がその支配の正当性を説くために編み出した“フィクション”というのが歴史学の通説だ。

 ところが最近、安倍政権周辺から「神武天皇は実在の人物でその建国の業績を讃えるべき」という主張が次々飛び出してきているのだ。

 自民党の三原じゅん子参院議員が、先の参院選投開票日のテレビ東京の選挙特番で、VTR取材中に「神武天皇の建国からの歴史を受け入れた憲法を作りたい」と発言していたことについて、MCの池上彰から神武天皇は実在の人物だったとの認識かを問われ、「そうですね。そういう風に思ってもいいのではないか」と“珍回答”。

 池上が呆れて「学校の教科書でも神武天皇は神話の世界の人物ということになってますが?」とツッコんだのは記憶に新しい。
 このトンデモ発言にはさすがの有権者も「まあ、三原じゅん子だから」と一笑に付したが、しかし、どうもこの神武天皇実在論は、安倍政権の中枢にしかと根付いているようだ。

 たとえば今月、11月3日の「文化の日」を「明治の日」に改称すべしとの運動を展開している「明治の日推進協議会」なる団体が都内で決起集会を行った。同団体の役員名簿には小田村四郎、小堀桂一郎、大原康男、伊藤哲夫、百地章など、おなじみの日本会議系人物がちらつく。

 その集会に、安倍首相の盟友である古屋圭司自民党選対委員長、稲田朋美防衛相らが参加。稲田は壇上でこう息巻いたという。「神武天皇の偉業に立ち戻り、日本のよき伝統を守りながら改革を進めるのが明治維新の精神だった。その精神を取り戻すべく、心を一つに頑張りたい」(朝日新聞11月2日付)

 ……おいおいマジかよ?と突っ込まざるをえないが、この安倍政権の神武天皇ゴリ推しを“機関紙”の産経新聞もバックアップしている。
 今年8月には『神武天皇はたしかに存在した』(産経新聞取材班/産経新聞出版)なる書籍を出版。記紀にある日向(現在の宮崎県)から大和(奈良県)までの「神武東征」を追いかけるルポだが、完全に神武実在が前提になっており、置いてけぼり感満載の一冊に仕上がっている。

日本書紀 - Wikipedia
日本書紀は史料批判上の見地から信憑性に疑問符がつく記述をいくつか含んでいる。
 しかし、繰り返すが、神武天皇について直接的に伝えるのは記紀だけであり、その記述は完全に“神話”の域を出ないものだ。
 たとえば「日本書紀」の記述は天地開闢から始まる神武以前が神代、神武以降が人世の歴史とされているが、明治政府は神武天皇即位の年=皇紀元年を紀元前660年とした。実に縄文時代後期である。

 そんな、人々はもっぱら狩猟採集生活で文化といえば土器みたいな時代に、神武天皇は「天下を治めるためには東に行けばいいんじゃないか」と思いついて、大和までの長い旅に出たというのだが、記紀が描く道中の出来事はあからさまに現実味がない。
 たとえば、亀の甲羅に乗った釣り人(地元の神)に明石海峡から浪速までの海路を案内してもらったり、突如、助っ人が神のお告げで天の神がつくった剣を持ってきてくれたり、かと思えば神の仰せで八咫烏が吉野まで先導してくれたり、はたまた天の神がやってきて証拠の宝物を見せて神武に仕えたりと、「史実」とみなすには神がかり過ぎている。

 さらにいえば、神武を含む古代天皇の年齢も解釈に苦しむ。たとえば「日本書紀」によれば、神武天皇崩御時の年齢は127歳で、「古事記」では137歳とある。そんな超長寿なんてありえないだろう。年齢を2で割ると丁度良くなるとする説もあるが、すると逆に皇紀自体がおかしくなってくる。

なお、初代天皇となった神武の後を継いだ綏靖天皇から開化天皇までの8人については、なぜか、その実績がほとんど記されていない。この「欠史八代」はあまりにも有名な記紀の謎として知られている。

 結局のところ、神武天皇及び欠史八代は創作で“虚構の天皇”だとするのが一般的な古代史研究者の見解である。
では、なぜ安倍政権はいま、こんな神武天皇実在説というトンデモを言いふらしているのか。 その目的を、前述した稲田朋美の「神武天皇の偉業に立ち戻り、日本のよき伝統を守りながら改革を進めるのが明治維新の精神」という言葉が、端的に表している。

 実は、神武天皇の陵墓は、たとえば天武、天智、持統天皇などの陵墓と比べて軽視されており、中世まで始祖として崇め奉られていた形成はほぼない。それが一転、江戸中期の国学を経て尊皇思想の核となり、明治維新は王政復古の建前のもと幕府を転覆させた。ようは、“クーデター”のため「万世一系」たる天皇の権威を超越的なものとして再興し、利用したのだ。

日本の三重県伊勢市にある皇大神宮(内宮)正殿の画像。Wikipedia

 また、このとき明治政府は、それまで民間信仰であった神道を天皇崇拝のイデオロギーとして伊勢神宮を頂点に序列化、“日本は世界無比の神の国”という「国体」思想を敷衍した。そうした流れのなかで、日本書紀などについて批判的研究を行った津田左右吉に対し、東京地検が尋問を行い、『神代史の研究』など4冊を「皇室ノ尊厳ヲ冒涜シ、政体ヲ変壊シ又ハ国憲ヲ紊乱セムトスル文書」として発禁押収。後日、津田と版元が出版法違反で起訴されるという事件も起きている(佐藤卓己『物語 岩波書店百年史』2巻/岩波書店)。

 一方、1945年の敗戦後にGHQが神道指令を発布、国家と神社神道の完全な分離を命じると、津田の学説は学会の主流派となり実証主義的な記紀研究が活性化。その蓄積を踏まえ、今日では神武天皇は実在しないというのが定説となっているわけだが、これを面白く思わないのが日本会議ら極右界隈と、それに支えられる安倍政権だ。

 彼らにとって天皇は「万世一系」でなければならない。それは前述のとおり、日本を万邦無比の「神国」とし、天皇を超越的な存在として再び支配イデオロギーの頂点に置いて政治利用するために他ならない。だからこそ、記紀は史実であり、神武天皇は実在すると主張するのだ。

 すると必然的に、神武天皇は記紀にあるように神話的でありながら同時に存在を認めるという、矛盾めいたことになる。
三原じゅん子が「神話の世界の話であったとしても、そう(実在したと)いう考えであってもいいと思う」と池上彰に応答したのはまさに典型だ。
ようは政治的な目的ありき。だからこういう発言になる。

 事実、安倍晋三は下野時の2012年、民主党(当時)による女性宮家創設議論および皇室典範改正に反対し、こう述べていた。「私たちの先祖が紡いできた歴史が、一つの壮大なタペストリーのような織物だとすれば、中心となる縦糸こそが、まさに皇室であろう」「二千年以上の歴史を持つ皇室と、たかだか六十年あまりの歴史しかもたない憲法や、移ろいやすい世論を、同断に論じることはナンセンスでしかない」(「文藝春秋」12年2月)

 見ての通り、立憲主義もクソもない。こんな人間がいま日本の総理であることにあらためて戦慄するが、一方、安倍のブレーンである八木秀次が天皇・皇后の護憲発言に対して「宮内庁のマネジメントはどうなっているのか」と猛批判したように、実際には、安倍は天皇に対する敬愛などほとんどもっていない。そこにあるのは、天皇の政治利用、もっと言えば、皇国史観と「万世一系」イデオロギーの復活による大衆支配の欲望だけだ。

 そう考えてみてもやはり、わたしたちは表出する神武天皇実在論を笑って済ませておくわけにはいかない。戦前回帰を目論む安倍政権のプロパガンダの一種として、十分に警戒しておく必要がある。
(宮島みつや)

【出典】LITERA 2016.11.17

出典:LITERA 2016.11.17

内閣支持率はなんと18%! 農業従事者がTPPの大嘘に激怒し安倍政権にソッポ、 党農林部会長・進次郎の対応は?
小泉進次郎 Official Siteより

内閣支持率はなんと18%! 農業従事者がTPPの大嘘に激怒し安倍政権にソッポ、 党農林部会長・進次郎の対応は? LITERA 2015.11.02

 「安倍内閣を支持するのは18%、不支持は59%」──衝撃的な最低水準の内閣支持率が発表された。
 これは、日本農業新聞の農政モニター調査によるもの。10月28日付1面「『決議違反』69% 内閣支持18% 政府と現場認識にずれ 本紙農政モニター調査」によると、「日本農業新聞は、本紙の農政モニターを対象に行った環太平洋連携協定(TPP)大筋合意に関する意識調査の結果をまとめた。

 農産物の重要品目の聖域確保を求めた国会決議が守られたかどうか聞いたところ、『決議違反』としたのは69%に達した。安倍晋三首相は、農業分野を含めて『国益にかなう最善の結果を得ることができた』との認識を示しているが、生産現場の受け止めと大きく懸け離れていることが浮き彫りになった。安倍内閣を支持するとしたのは18%とかつてない低水準にまで下がり、不支持は59%に上った」という。

 日本農業新聞は1928(昭和3)年創刊。87年にわたって国内外の農業・食料に関するニュースを提供し続ける農業専門の日刊紙だ。全国のJAなどが出資する日本農業新聞社が発行し、発行部数は約40万部。農家とJAグループとをつなぐ機関紙としての役割も果たしている。農政モニター調査は、農業者を中心とした1060人を対象に行われたものだ(今回の調査の回答者は771人)。

 7月14日の前回の同調査では、内閣支持率は36%、不支持は61%と、他のマスコミの世論調査とさほど変わらない支持率だったが、(たとえば、朝日新聞社9月実施の全国緊急世論調査は、支持率35%・不支持45%)、10月5日の安倍政権のTPP大筋合意を受けて、将来的な自らの経営を不安視する農業者が安倍政権の大ウソに反発。政権に批判的な評価が大勢を占め、支持率が半減したのだ。

2011年 主要国の穀物自給率(単位:%)
情報ソース:農林水産省

「支持率18%」への半減も当然だろう。2012年12月の政権復帰となった総選挙では、当時の民主党政権のTPP交渉に対し、「聖域なき関税撤廃を前提にする限り交渉参加に反対」との公約を打ち出し、13年4月には衆参両院の農林水産委員会は「農産物5項目」(コメ、麦、牛肉・豚肉、乳製品、サトウキビなど甘味資源作物)について「農家が生産を続けられるよう関税の交渉から除外または再協議の対象とすること」「(守れない場合は)交渉からの撤退も辞さない」と関税死守(聖域確保)を決議。

 14年12月の総選挙では「経済連携交渉は、交渉力を駆使して、守るべきは守り、攻めるべきは攻め、特にTPP交渉は、わが党や国会の決議を踏まえ、国益にかなう最善の道を追求します」と公約を掲げていたはずだ。

安倍内閣支持率の推移

 しかし、今回の大筋合意では、すべての農林水産物の8割にあたる1885品目で最終的に関税が撤廃されることになり、国会決議で聖域確保を求めた「農産物5項目」も3割で関税を撤廃することになってしまったのだ(日本農業新聞10月20日付「TPP関税撤廃 農林水産物の8割 重要品目3割守れず」)。

 なかでも、コメは「米国、オーストラリアに無関税輸入枠を設定」したうえに、米国との個別協議で、実質的な米国枠を6万トン増やすことにも合意しており、年約50万トンの米国産コメが入ってくることになる。

 これは、日本の15年産主食用コメ生産数量目標の約1カ月分にあたる。麦は「優遇輸入枠を新設、発効後9年目までに関税にあたる『輸入差益』を45%削減」、牛肉・豚肉の「段階的縮小・廃止」などと米国に譲りに譲った交渉になり、安倍政権の大ウソが明らかになったのだ。農業者の怒りももっともだろう。

 しかし、農業といえば、これまでの自民党の大票田。12年12月の政権復帰も、「ウソつかない。TPP断固反対。ブレない。日本を耕す!! 自民党」という大ウソのポスターを大票田の農村にバラまいたことが大きな原動力になった。

 それが、支持率18%。内閣支持率は「30%台で黄信号、20%台は危険水域、20%割れで退陣」といわれており、安倍内閣も農業の分野では危険水域に達したのだ。来年(16年)夏の参院選を控えた自民党にとってこれは由々しき事態といえる。
 実は今回の内閣改造で、安倍首相は入閣を拒否した小泉進次郎衆院議員を党農林部会長に起用したが、この人事はこうした農業従事者の支持率低下を見据えてのことだったといわれている。

「今の状況を考えると、農家の支持率を挽回するのは相当厳しい。それで、安倍首相は全く畑違いの進次郎氏を担当の農林部会長に起用した。進次郎人気で農家の支持率を取り戻したいというのはもちろんですが、うまくいかなくても、入閣を拒否するなど自分にたてつく進次郎氏の失点になって、政治的影響力を削ぐことができる。安倍首相としては、どちらに転んでもマイナスにはならないと踏んだんでしょうね」(政界関係者)

 27日の農林部会などの合同会議に出席した小泉進次郎農林部会長は「攻めの農業」を築く必要性を強調したというが、はたして怒る農業従事者たちにそんなまやかしが通用するのだろうか。
(小石川シンイチ)
【出典】 LITERA 2015.11.02

出典: LITERA 2015.11.02

「安倍さんは、ずるい政治家です」 成蹊大・加藤節教授
総理の恩師(成蹊大・加藤節教授)
加藤名誉教授は、安倍首相が在学中に政治思想史を教えていた。

成蹊大・加藤節教授 「安倍さんは、ずるい政治家です」

 「安倍さんは、ずるい政治家です。政治の世界では、人を欺いたり、裏切ったり、ずる賢く立ち回ったりというのはありますが、それは政治家同士の権力争いで行われること。政策決定が国民の生活なり人生設計に影響がある場面で、そういうズルをやっちゃいけないんですよ。消費増税の再延期、伊勢志摩サミットでのパフォーマンスも非常に大きな問題があります。安倍さんのやり方は本当に姑息だと言わざるを得ません」

 こう安倍首相を批判するのは、政治学者の加藤節成蹊大学名誉教授。実は加藤教授は、安倍首相が成蹊大学法学部に在籍していた当時の恩師の一人であり、「安保法案に反対する学者の会」の呼びかけ人の一人でもある。ただ、「在学中の彼については、まったく記憶にないんですよ。目立った生徒ではなかったんでしょうね」と、当時を振り返る。安倍晋三は幼少期からの16年間を、成蹊学園、成蹊大学で過ごした。現在でも同級生などとの交流を大事にし、『成蹊』への思いはかなり強い。その母校から突きつけられた「NO」の声にどう答えるのか。
 安倍首相のどこがダメなのか。加藤教授はこう語る。(以下、加藤教授の話)

 安倍さんを表現するとき、私は、二つの「ムチ」に集約できると思うのです。一つはignorantの「無知」、もう一つはshamelessの「無恥」です。

 「無知」についていうと、彼はまず歴史を知らない。戦後の日本が築いてきた歴史を踏まえていないんです。歴史はよく知らないから、そんなものは無視しても良いと考えているのではないでしょうか?
 ある政策を決定する場面で、現代にいたるまで過去の政権がどういう議論と決定をしてきたか、そのプロセスを知ることは非常に重要なことです。しかし、安倍首相はそういう過去の世代へのリスペクトがまったくないんです。

 日本国憲法というのは、戦争で400万人もの人が亡くなり、その犠牲者たちに対する義務感で作られた側面があるわけです。歴史を学ぶというのは、過去の人々のアイデアを学ぶことで、憲法制定までには、敗戦直後から多くの学者や政治家が必死になって頭を使ってやってきたわけです。

 憲法議会ではまさに丁々発止の議論をして憲法を作っていきました。押しつけ憲法なんて言う人もいるけど、私が影響を受けた政治哲学者の南原繁(憲法制定時の貴族院議員で元東京大学総長)は、「(憲法制定に関わった)メンバーを見たまえ、そんなケチなヤツは一人もおらんよ」と言っていました。人から押しつけられて自分たちのことを決めるようなヤツは一人もいないから、メンバーを見てものを言えと言いたかったのでしょう。
 さらに、これまで70年間、憲法を改正しようという動きはほぼ封じられてきました。これは、憲法を自分たちの手で掴み取り、そして定着してきたという証拠でしょう。
 安倍さんが戦後70年に渡って議論を積み重ねてきた流れを汲み取って、それを踏まえているとは到底思えませんし、個人的にも、現行憲法で十分だとは思いませんが、その原理を簡単に捨てるの愚かなことだと思います。

 もうひとつ、安倍首相のshamelessの「無恥」についてお話しましょう。一言で言って、安倍さんはずる賢いんです。立憲主義とは、最高規範が権力を縛る、というのが基本的な考え方です。いまでいう最高規範は憲法ですよね。憲法が政策決定に影響を与えるのは当然のことなのです。しかし、安倍首相は自分の考えに同意する人物を登用し、反対する人はクビにしてしまう。

 つまり、安倍政権のやり方というのは、「法による支配」ではなく「人」による支配なんです。現在、政策の違憲性について指摘するのは最高裁判所と内閣法制局です。安倍さんは、これまで集団的自衛権について違憲だと唱えていた内閣法制局長官をクビにし、自分に都合の良い人物を据えた。

 内閣法制局長官が解釈すれば、それが法ですから、形としては法の支配です。しかし裏を返せば、実際には人の支配なんですよ。これまでの歴代の内閣はこれだけはやってこなかった。人事に手をつけて自分の都合の良い解釈を引っ張り出して後のことは考えない。実に危険な考え方です。無恥としか言いようがない。

 安倍さんは、7月の参議院選挙で消費税増税再延期を争点として国民の信を問うと言っています。ここでは、安倍さんが、アベノミックスによって増税を可能にする経済状況を作り出せなかったのではないか、増税延期の理由にサミットでは合意されなかった議論を政治的に利用したのではないかという点についてはふれません。私は安倍さんの政治手法や政治姿勢をめぐる問題点を二つ指摘しておきたいと思います。

 消費税の増税は、特に次の世代のために社会保障の充実をはかるための財源を確保するという共通認識の下、国会という立法部で合意し、決定した政策でした。首相は行政府の責任者として立法府のこの決定を忠実に執行する義務を負っています。それをしないということは、安倍さんが三権分立という近代国家の大原則を認識していないのではないかと考えざるをえません。

 何度となく自分を「立法府の長」と公式の場で語った安倍さんの発言とともに大変気になるところです。これが指摘しておきたい第一の点です。第二に指摘しておきたいのは、消費税増税を選挙の争点として国民の信を問うという安倍さんの姿勢の問題性についてです。
 国民の多数も野党の多くも賛成している消費税増税再延期は選挙の争点にはなりえません。むしろ、消費税増税が次世代への責任という政治家が負うべき重要な責任に基づくものであるならば、その責任に忠実に、むしろ増税の実施をこそ争点として国民の信を問うことが、政治家に求められる態度であり見識であるはずです。それを示すことのできない安倍さんには、次世代を含む国民の豊かな人生の設計に責任を負うべき政治家としての資質や姿勢に大きな問題があると感じられてなりません。

 先般の伊勢志摩サミットに際して日本のマスコミで取り上げられなかった問題点を一つ指摘しておきたいと思います。それは、安倍さんが、伊勢神宮の門前で各国首脳を出迎えるというパフォーマンスを行ったことです。この点については、外国の多くのメディアが注目して本国に配信しました。そこに、神道という宗教の政治的利用の匂いを敏感に感じ取ったからです。

 政教分離という日本国憲法も掲げている近代法の原則に照らしてみて、そこには、宗教の政治的利用という憲法に触れる側面があったように感じられてなりません。昨年来、立憲主義や法の支配、三権分立といった近代国家の原則を蹂躙する傾向を強めてきた安倍政権が、宗教に対してどういう態度を取るかを、政教分離という原理的な視点から今後とも注視して行かなければと思います。

 過去の世代が議論し築き上げてきたものへの敬意と次世代への責任。その二つを考えるなら、もっと重要な案件はたくさんあります。少子高齢化、原発、地震など国民の存続に影響する重要議題は山積しています。きちんと過去と向き合い、次世代につなぐ政権運営をするべきなのです。


総理の恩師(成蹊大・加藤節教授) 安倍首相の無知と無恥を叱る!
 
【出典】 FRIDAY 2016/6/3

出典: FRIDAY 2016/6/3

安倍は「南スーダンは永田町より危険」、 稲田は自衛隊員の報告を無視して「状況は安定」… こいつらは自衛隊を殺す気だ!
駆けつけ警護で、自衛隊が相手にするのは、こんな少年兵だ。

安倍は「南スーダンは永田町より危険」、 稲田は自衛隊員の報告を無視して「状況は安定」… こいつらは自衛隊を殺す気だ! LITERA 2016.10.18

 現在、日本政府があらたに「駆けつけ警護」の任務を付与しようとしている、自衛隊の南スーダンPKO。これをめぐり、12日の衆院予算委でまたもや安倍首相の“珍答弁”が飛び出した。
「南スーダンは、たとえばわれわれがいまいる永田町と比べればはるかに危険、危険な場所であってですね。危険な場所であるからこそ自衛隊が任務を負って、武器も携行して現地でPKOを行っているところでございます」

 “南スーダンは永田町より危険”──。安倍首相のトンデモ発言の数々を取り上げてきた本サイトですら、この答弁にはさすがに一瞬思考が停止してしまった。ようするに安倍首相は、“永田町よりは危険だろうが、それくらいでなぜ「駆けつけ警護」をやめる必要があるんだ”と言いたいらしい。

 そもそも、「駆けつけ警護」とは、自衛隊が現地の武装勢力などから直接攻撃を受けなくとも、国連やNGO関係者が襲撃された際に現場に駆けつけて救助するというもので、武器使用が認められる。これまで、日本政府は9条が禁じる武力行使にあたるとして「駆けつけ警護」を認めてこなかったが、安倍政権は新安保関連法の成立によってこれを可能とした。

紛争下にある南スーダンの様子(セントリー提供)

 安倍政権がその“先例”にしたい舞台が南スーダンなわけだ。しかし、南スーダンは政府軍と反政府軍の対立によって緊張状態にあり、停戦も事実上崩壊している。今年7月には首都ジュバで大規模な戦闘が起き、民間人を含めて200名以上が死亡。また、AFP通信などによれば、今月14日から15日にかけても、南スーダン北部の都市マラカル近郊で政府軍と反政府軍との間で激しい戦闘が発生し、少なくとも60人が死亡したとみられている。

 にもかかわらず、安倍政権は「南スーダンは安定している」と嘯いて譲らない。今月8日、ジュバを視察した稲田朋美防衛相はわずか7時間の滞在にもかかわらず「状況は落ち着いている」と述べ、11日の衆院予算委員会でも7月の大規模戦闘を“戦闘ではなく衝突”と言い換えた。

しかし実際のところ、稲田防衛相はジュバで自衛隊員から「この辺で戦闘が起きたというところです」と説明を受けていたのだ。ようは、その耳で直接「戦闘」と聞いておきながら「衝突」と言い換えていたのである。これが、自衛隊員の命を預かる大臣のやることなのか。

国連、南スーダン軍の残虐行為を非難 住民殺害や強姦

 しかも、この「駆けつけ警護」はもっと恐ろしい事態を引き起こす可能性がある。7月、実際に自衛隊による「駆けつけ警護」のモデルケースとなる事件がジュバで発生している。ホテルに泊まっていたNGO関係者が襲撃を受けたのだ。だが、その現実は、あきらかに安倍政権の想定を超えたものだった。

 15日放送の『報道特集』(TBS)が、ホテルに宿泊していたNGO職員ら3名へのインタビューを報じた。そこで繰り広げられていたのは、政府軍による略奪、殺人、そしてレイプ。『報道特集』の取材に対し、匿名かつ音声を使わない条件で応じたNGO女性職員は、このように語っている。

「兵士がひとつの部屋に入るよう私に指示しました。部屋に入るとそこには数人の兵士がいました。私は『お願いです、やめてください。お願いです』と懇願しました。すると思いっきり殴られ床に押し倒されたんです。そして、首を拳で殴られました。私は息ができなくなりました。その部屋で、3人の兵士にレイプされたのです」

 そして、レイプされた後、兵士の指示で下の階段に降りると、殺害された地元NGO職員の遺体が転がっていたという。この地元NGO職員は、政府軍と対立する反政府軍の部族出身という理由で、政府軍兵士に射殺されたのだ。

「私は自分も殺されるんだと思いました。そこに別の兵士がやってきたのです。そして私を部屋の中に押し込みました。その部屋には友だちの外国人女性がいました。彼女もレイプされていたのです。私も床に押し倒されました。

 そのとき彼女と目があいました。言葉は交わさなくても『殺されないためには抵抗したら駄目』とお互いに理解し合いました。私はその後、さらに2人の兵士にレイプされたのです。最後の兵士は部屋を出て行くときに殺虫剤を私の顔に吹きかけました。口笛を吹きながら。私は息ができなくなり、その場に嘔吐しました」

 こうした兵士によるレイプ被害や略奪は、現地の一般市民も数多く被害にあっているという。安倍政権は「南スーダンは落ち着いている」と言い張るが、現実は真逆で、凄惨というほかない、完全に戦争状態そのものなのだ。

安倍政権がこのまま自衛隊に「駆けつけ警護」の新任務を付与すれば、自衛隊員はこうしたケースで救出に向かうことになる。すると何が起こるか。安倍首相は昨年8月25日の参院安保法制特別委でこのように述べていた。

「(「駆けつけ警護」において)国家又は国家に準ずる組織が敵対するものとして登場してこないことは明らかでございまして(略)。自衛隊が憲法の禁ずる武力の行使を行うことはなく、駆け付け警護の実施が憲法第9条との関係で問題となることはないわけであります」(国会議事録より)

 しかし、この7月のケースでNGO職員を襲撃し、殺人やレイプ行為を働いたのは南スーダン政府軍の兵士だった。しかも、南スーダン政府軍は国連の介入に不満を溜めており、今後、同じような状況が発生する可能性は低くない。つまり、安倍首相の説明とは反対に、自衛隊が「国家又は国家に準ずる組織」と敵対し、武器を使用した戦闘の発生が現実になるのだ。そうすれば、自衛隊員に戦後初めての“戦死者”が出るのはもちろん、憲法が禁じる「戦争放棄」を空文化させることになる。

 安倍首相や稲田防衛相は表向き、南スーダン情勢を「落ち着いている」と言い張り、さらに追及されると「永田町よりかは危険」などと意味不明なことを言っているが、実際は、こうした事態を織り込み済みなのは間違いない。いや、その姿勢を見ていると、むしろ、積極的に自衛隊と政府軍とを戦闘させようと考えているとしか思えない。

 いずれにしても、安倍首相が目論む「駆けつけ警護」の真の目的が、邦人や国連関係者の保護ではなく、“戦争の既成事実化”であることを忘れてはならない。
(宮島みつや)

【出典】 LITERA 2016.10.18

出典: LITERA 2016.10.18

稲田朋美、南スーダン視察中止の無責任

稲田朋美防衛相が南スーダンで自衛隊を“戦死の危機”に晒しながら 自分は“アレルギー”で視察中止の無責任 LITERA 2016.09.20

稲田朋美防衛相 (写真)NNN

 稲田朋美防衛相が、今月17日に予定されていた南スーダンでPKOの任にあたっている陸上自衛隊の視察を急遽取りやめた。訪問予定日の2日前という突然の発表で、防衛省は抗マラリア薬服用の副作用とみられる「アレルギー症状」が現れたとしている。テレビ朝日の報道によれば、稲田氏はじんましんを発症したという。

 そんななか、一昨日18日頃から「自衛隊が南スーダンで襲撃をうけた」なる情報が出まわり、ネット上が騒然としている。

警戒に当たる軽装甲機動車 (写真)Wikipedia

 調べてみると、この「自衛隊が襲撃された」という情報の出所は「Pars Today」というウェブサイトだった。「Pars Today」は2016年1月に活動を開始したイランのニュースサイト(同サイトより)。18日付で「日本自衛隊、南スーダンで襲撃を受けたか」なるタイトルの記事を公開、このように報じていた。

〈ジャパンタイムズによりますと、自衛隊員が駐留している国連のキャンプ付近にて、武装勢力の襲撃が発生したということです。〉
〈また、南スーダンの治安筋の話では、日本の自衛隊員は、武装勢力の狙撃兵からの銃撃を受けたとされています。〉(「Pars Today」より)

 しかし、結論から言えば、「自衛隊が襲撃された」というのはガセの可能性が高い。記事が言及している英字新聞「Japan Times」は、たしかに18日付の記事(“Gunfire occurred near Japanese GSDF camp in South Sudan”)のなかで、南スーダンの自衛隊宿営地のすぐそばで政府軍と反政府軍の武力衝突があったことを伝えているが、これは今年7月に起きた戦闘を指し、共同通信などが同様のことを報じている。

〈日本の自衛隊員は、武装勢力の狙撃兵からの銃撃を受けた〉とする「治安筋」の話については、「Japan Times」その他通信社や新聞報道でも一切見当たらないので「Pars Today」の独自情報の可能性もあるが、ディテールはなく、やはり「Pars Today」の報道の信憑性は低そうだ。実際、本サイトでも取材してみたが、裏付けはとれなかった。全国紙の防衛省担当記者が言う。

「一応、防衛省関係者にあててみたところ、完全に否定されました。他紙も取材したみたいですが、どこも確認できなかったようです」
 とはいえ、「隊員が無事でホッとした」などと胸をなで下ろしている場合ではない。南スーダンでは自衛隊宿営地の目と鼻の先で銃撃戦が行われるなど、いつ、「自衛隊襲撃」という事態が起きてもおかしくない状態にある。

虐殺の止まないスーダン  (写真)ライブドアブログ

 前述のように、南スーダンは内戦によって治安が悪化しており、これまで市民を中心に5万人ともそれ以上とも言われるおびただしい数の死者を出している。11年にスーダンから独立した南スーダンに対し、日本は12年よりPKO参加による自衛隊の派遣を始め、主にインフラ整備を中心に活動している。だが、13年には政府側と反政府側の内戦に突入し、14年に一度は停戦合意が成立したものの、今年7月には首都ジェバで大規模な戦闘が勃発。この戦闘だけで兵士や市民300人以上が死亡したとみられている。

 ところが、日本政府はこうした事実を徹底して隠してきた。今年3月、陸上自衛隊福知山駐屯地の史料館が、南スーダンの日本隊宿営地で13年12月16日に着弾した小銃弾を展示していることがわかった。防衛省は「着弾したことは確認していない」としたが、こうしたかたちで問題が発覚するまで、宿営地で銃声音を複数の隊員が聞いていたことなどは伏せられたままだった。

 そして、今年7月10〜11日にかけては、あわや陸自が戦闘に巻き込まれかねない事態も発生した。2日間にわたって、陸上自衛隊の宿営地付近にある建設中のビルに立てこもった反政府軍と政府軍との間で銃撃戦が断続的に続いたのだ。少なくとも政府軍に2名の死者が出たと報じられているが、これは陸自宿営地からたった100メートルという目と鼻の先での戦闘だった。いうまでもなく、自動小銃の射程範囲内だ。

 この銃撃戦による弾頭が、陸自宿営地内で複数発見されたことも判明している。岡部俊哉陸上幕僚長は7月21日の会見で、「宿営地近くでの発砲にともなう流れ弾が上空を通過しているという報告は受けていた。弾頭は日本隊を狙って撃たれたものではないとみている」と述べたが、朝日新聞の報道によれば、銃撃戦の最中、自衛隊員は宿営地内で防弾チョッキやヘルメットをつけ、身を低く構えていたという。陸自が戦闘時における態勢をとっていたのは疑いようがなく、これは戦闘に巻き込まれる一歩寸前だったことを意味すると言える。

内戦状態の南スーダン

 また、同月8日には国際協力機構(JICA)の車両が走行中に銃弾を受けている。菅義偉官房長官は会見で「人的被害はなかったとの報告を受けている」と説明した。同月13日、悪化するジェバの情勢を受け、JICA関係者ら計93人が民間機で隣国に退避。その翌日には航空自衛隊が輸送機を出動させ日本人4名を避難させた。国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)によれば、戦闘が再燃した7月8日〜8月28日にかけて、スーダン国内の約12万人が周辺国に逃れ、難民数は約98万人に達したという(毎日新聞9月13日付)。

 誰がどう見ても、これは武力紛争状態であり、PKO派遣の条件である「停戦合意」は事実上、崩壊している。これ以上の自衛隊員の危険を考えれば、まずは即刻 PKOの引き上げを図るのが当然のはずである。
 ところが、安倍内閣は「活動地域において我が国のPKO協力法上の『武力紛争』が発生したり、(PKO)参加5原則が崩れたりしたとは考えていない」」(菅官房長官)と強弁し続けている。

 どういうことか。1992年に成立したPKO協力法の「参加5原則」には、〈紛争当事者の間で停戦合意が成立していること〉という条件が含まれているが、毎日新聞9月9日付によれば、ここでいう「停戦合意」は南スーダンが11年に独立した際のスーダンとの停戦合意を指す。したがって、スーダンとの合意が崩れない限り、どれだけ南スーダンで戦闘が発生しても「紛争当事者による武力紛争」とは見なさないという。むちゃくちゃな屁理屈としか言いようがない。

内戦状態の南スーダン (写真)ANN

 しかも、政府は強行成立から1年が経った新安保関連法に基づく自衛隊の「駆けつけ警護」などを南スーダンにおける新たな任務として課そうとまでしている。「駆けつけ警護」とは、自衛隊が現地の武装勢力等から直接攻撃をうけなくとも、国連やNGO関係者が襲撃された際に現場に駆けつけて救助するというもの。当然、武器使用が想定されており、戦闘による隊員の死傷者が出ることが予想される。また、「駆けつけ警護」による武器使用で、結果的に一方の勢力に加担することになれば、これは《国際紛争を解決する手段として》武力行使等を禁じた憲法9条に明らかに違反することになる。

 しかし繰り返すが、安倍政権には、南スーダンを「駆けつけ警護」の先例とすることしか頭にない。事実、政府は早ければ来月10月にも国家安全保障会議(NSC)でその可否を判断する見通しで、今月14日には自衛隊がこれを想定した訓練を開始している。
 また、15日に行われた日米防衛相会談でも、稲田防衛相が訓練開始をカーター国防長官に伝えて「歓迎する」との言葉を引き出しているように、安倍政権にとって自衛隊の「駆けつけ警護」は、日米同盟強化のための“みつぎもの”の側面も強い。また、海外での武力行使の実例をつくりあげることで、9条を骨抜きにし、悲願の改憲につなげる狙いも透けてみえる。

内戦状態の南スーダン 戦う少年兵

 言うまでもなく、自衛隊派遣だけが国際貢献や平和活動ではない。いずれにせよ、安倍政権の政治的な配慮や思惑によって、自衛隊員の生命を危険にさらす行為に対して、わたしたちはこのまま黙っていていいわけがないだろう。

 しかも、自衛隊員にはこうした無茶を強要する一方で、そのトップである稲田防衛相は前述のように、南スーダン訪問をドタキャンした。15日のアメリカでの防衛相会談には予定通り出席し、同日にはオスプレイにも試乗したにもかかわらず、その2日後の南スーダンの陸自視察は「アレルギー」を理由に取りやめてしまった。

 稲田防衛相はこれまで、「自分の国を守るためには、血を流す覚悟をしなければならない」「靖国神社は『祖国に何かあれば後に続きます』と誓うところでないといけない」などと、盛んに“国のために命を捧げろ!”と号令をかけてきた。それが、自分はアレルギーで取りやめとは……。

内戦状態の南スーダンで戦闘

 すでにネット上では〈怖くて逃げたか〉〈国の為にと威勢のいい事を言っていたがこの始末〉〈稲田センセーは安全地帯から戦争を煽る典型〉などという批判の声があがっている。
 また、防衛省周辺では、稲田氏の取りやめは、「アレルギー」ではない別の理由があったのではないか、とも言われている。

「稲田氏は7月に銃撃戦のあった宿営地も訪れる予定だった。もしかしたら、現地で再び大規模戦闘が行われるという情報をつかんでやめたのではないか、という憶測も流れてますね」(防衛省担当記者)

 いずれにしても、安倍首相や稲田防衛相は自衛隊員を“戦死”の危機に晒しながら、自分たちは安全地帯にいて「命をかける」気なんてさらさらないのは間違いない。しかもそれでいて、連中はさらに、危険な状態をつくりだそうとしているのだ。

内戦状態の南スーダンで戦闘 (写真)AFP

 改めて繰り返しておく。今回の「自衛隊が襲撃された」という一部報道は事実でなかった可能性が高いが、これは近い将来、現実となり得る。自衛隊が紛争地域で死と隣り合わせの任務に従事させられている一方、「国民はお国のために死ぬのが当然」と雄叫びをあげ続ける安倍政権。その恐ろしさを、私たちはよくよく自覚するべきだろう。
(宮島みつや)

【出典】 LITERA 2016.09.20

出典: LITERA 2016.09.20

天皇「生前退位」有識者会議メンバーの 宮崎緑に経歴詐称疑惑!

天皇「生前退位」有識者会議メンバーの宮崎緑に経歴詐称疑惑! そもそもなぜ皇室問題のド素人が選ばれたのか LITERA 編集部 2016.09.29


 本サイトでは昨日、天皇の「生前退位」の意向に対する、安倍政権の“宮内庁報復人事”の裏側を暴く記事を配信したが、その際、生前退位問題を検討する首相の諮問会議「天皇の公務の負担軽減等に関する有識者会議」(以下、生前退位有識者会議)のメンバーの人選についても厳しく批判した。

 すると、早速、このメンバーのひとりに、皇室問題を検討するメンバーとは思えないスキャンダルが浮上した。
 その人物とは、“女性キャスターの草分け”として知られる宮崎緑千葉商科大教授。本日発売の「週刊文春」(文藝春秋)10月6日号が、「宮崎緑に『経歴詐称』疑惑」と題する記事を掲載したのだ(外部リンク)。

 宮崎氏といえば、1982年、NHKの『ニュースセンター9時』に起用され、“美人女性キャスター”“クールビューティ”として話題に。だが、同番組を6年間勤め、その後90年代にはテレビ朝日『ニュースフロンティア』や『朝まで生テレビ!』に出演していたが、2000年代以降はテレビからめっきり消え、今年8月、相場操縦の疑いで令状が出されていた元夫が逃亡先のタイで逮捕されたときに週刊誌の片隅でその名を見かけたぐらいだった。

 そんな宮崎氏は前述の通り、現在、千葉商科大学国際教養学部の教授および同学部長を務めているのだが、「週刊文春」によると、実はその学者としての経歴には重大な“詐称疑惑”があるという。首相官邸のホームページの他、複数のプロフィールによれば、宮崎氏は1988年、東京工業大学で「講師」あるいは「非常勤講師」を勤めていたとされる。ところが、その東工大出身の研究者から「週刊文春」にこんな内部告発が寄せられているのだ。
 「九〇年代に彼女が計画理論の分野で有名な故・熊田禎宣教授(当時)の研究室に週一回程度出入りしていたのは確かです。ただ、彼女が講師として教鞭をとっていたということはなかったはずです」(「週刊文春」より)

 他にも記事では、別の東工大関係者の、宮崎氏が2000年に熊田教授と同時に東工大から千葉商科大に移籍し助教授になった当時「学術的な実績はほとんどなかった」というコメントや、千葉商科大関係者によるこんなコメントが掲載されている。
「当時、宮崎先生は東工大の非常勤講師を名乗っていました。それについて、熊田先生が『東工大に非常勤講師なんていないんだけどなぁ』と言っていたのを聞いたことがあります」

 これはどういうことなのか。「週刊文春」が東工大に問い合わせたところ、その回答は「もう資料が現存していないので確認できない」というもの。さらにこの経歴詐称疑惑について宮崎氏自身に自宅で直撃しているが、直撃の翌日、宮崎氏から「週刊文春」編集部に送られてきた名簿は〈彼女が同大の非常勤講師だったことを証明するものではなかった〉という。

 宮崎氏にきちんとこの“経歴詐称疑惑”を説明する必要があるだろう。というのも、宮崎氏は前述のように、生前退位有識者会議のメンバーだからだ。この有識者会議は、政府が政策決定に先立って、その分野で高い識見を有する人々の意見を聞くという目的で開催するものだ。そこで宮崎氏の学者としての経歴の正しさが問われるのは、当然のことだ。
 ただ、宮崎氏の有識者会議入りには経歴詐称以前の疑問もある。それは、彼女に皇室制度について意見を述べるだけの知見があるとはとても思えないからだ。千葉商科大ホームページによれば、専攻は国際政治学、政策情報学。ジャーナリストとしての経歴を見ても、皇室問題とほとんど関係がないし、憲法や法律の専門家でもない。

 歴史学や皇室問題に関する著作も見当たらない(というか、国際政治学に関するまともな著作もほとんどないのだが)。それがなぜ、「生前退位」という前例のない議論をする有識者会議に呼ばれることになったのか。政界関係者がこう解説する。

「宮崎さんは学問的業績やジャーナリストとしての実績はたいしたことがないんですが、政財界の人脈がすごい。例の逮捕された元夫との結婚式には、当時『NC9』のキャスターでありながら、中曽根康弘や宮沢喜一、竹下登、後藤田正晴など政界の大物、他にも当時の東電会長や経団連会長まで招待して『ジャーナリズムの風上にも置けない』『これじゃ、ただのジジ殺し』と顰蹙を買っていたくらいです。しかも、権力者に媚び、意に沿うようなことばかり言うタイプなので、政府の審議会や有識者会議に人数合わせでよく選ばれるんです。安倍首相にもかなり接近しているという話でしたね」


 実際、宮崎氏は2013年に、やはり専門外である日本版NSC設置を検討する有識者会議のメンバーになっている。このときの他のメンバーは、先の参院選で自民党から立候補して当選した青山繁晴氏や、“安倍首相の極右思想の指南役”とも言われる中西輝政京都大学名誉教授など、ウルトラ右翼のオトモダチばかりだった。

 しかも、安倍政権は、今回の生前退位有識者会議の人選にかなり苦慮していており、宮崎氏のような“ド素人”にまで頼らざるをえない事情があったらしい。

 というのも、周知のように、安倍首相の支持基盤である日本会議などの右派は皇室典範改正に強硬に反対をしており、安倍首相も生前退位を一代限りの特措法で対処する方針だからだ。しかし一方、天皇は皇室典範改正によって恒久的な生前退位制度の構築を望んでいる。つまり、今回の有識者会議は、天皇の希望を否定して官邸の言い分を代弁してくれるメンバーを集める必要があった。

 だが、実際に人選に入ると、皇室問題や歴史学の専門家からは、ことごとく依頼を拒否されたという。

「保守系の人からもことごとく逃げられてしまったようです。そりゃそうでしょう。歴史的に見ても生前退位はあり得る制度。それを天皇の希望を無下にするようなかたちで、否定できる専門家はそうそういない。まあ、日本会議系の極右の学者なら引き受けたでしょうが、そんな連中を人選したら、今度は世論の反発を招くのは必至。そういう意味では、なんの定見ももたず、政権の希望通りの結論を導いてくれる宮崎さんのような人材はうってつけだったんですよ。女性の意見も聞いたというアリバイづくりにもなりますしね」(ベテラン皇室記者)

 とんだ茶番な人選というわけだが、しかし、これは宮崎氏だけではない。他のメンバーを見ても、皇室問題の専門家はまったくおらず、安倍政権の意に沿う発言しかしないような顔ぶれで固められている。


 たとえば、座長の今井敬・経団連名誉会長は首相の側近中の側近と言われる今井尚哉政務秘書官の叔父で、安倍首相とも頻繁に会食を重ねている。また、御厨貴東京大学名誉教授は論壇誌に頻繁に登場する保守派論客で、第一次安倍政権での「防衛省改革に関する有識者会議」のメンバー。

 清家篤慶應義塾長も同じく保守派で、第二次安倍内閣の「社会保障制度改革推進会議」の議長を務めている。イスラムを専門とする歴史学者の山内昌之東大名誉教授は、教育再生実行会議(委員)や国家安全保障局顧問会議(座長)、そして昨年の戦後70年談話有識者会議など、安倍政権による有識者会議の常連メンバーである。

 おそらく、この生前退位有識者会議では、議論は形式的なものにとどまり、最終的には官邸のコントロールで、一代限りの特措法へと進むだろう。

 改めて指摘しておくが、世論調査では、圧倒的多数の国民が恒久的な退位の制度を求めているという結果が出ている。国民の意思を無視し、なんの専門的知見ももっていない、ましてや経歴詐称疑惑を指摘されるような“御用達有識者”を使ってまで、安倍政権はいったい何を守ろうとしているのか。

 少なくとも、それは“皇室の伝統”などとはまったく関係のないグロテスクなシロモノであることは確実だろう。(編集部) 

【出典】 LITERA 編集部 2016.09.29


『参考資料』
明仁天皇の「生前退位の意志表明」は安倍政権と日本会議の改憲
=戦前回帰に対する最後の抵抗だった!

出典: LITERA 編集部 2016.09.29

日本一厳しく、的確な安倍批判を見つけた

日本一厳しく、的確な安倍批判を見つけた。 天木直人のブログ

Photo by : 加藤節 成蹊大学名誉教授  茨城キリスト教大学 看護学科

 安倍首相に対する批判や罵詈雑言は数々ある。
 私も安倍批判においては言いたい放題、書きたい放題だ。
 しかし、これほど厳しく、なおかつ、的確な安倍批判は、後にも先にもないだろう。
 そう私が思う、いわば「日本一の安倍批判」を見つけたので紹介したい。
 まず黙って次の文章をお読みいただきたい。

 「安倍さんは、ずるい政治家です。政治の世界では、人を欺いたり、裏切ったり、ずる賢く立ち回ったりというのはありますが、それは政治家同士の権力争いで行われること。政策決定が国民の生活なり人生設計に影響がある場面で、そういうズルをやっちゃいけないんです・・・安倍さんを表現するとき、私は、二つの『ムチ』に集約できると思うのです。
 ひとつはignorantの無知、もうひとつはshamelessの無恥です。無知については、彼はまず歴史を知らない。戦後の日本人が築いてきた歴史を踏まえていないんです。ある政策を決定する場面で、現代に至るまで過去の政権がどういう議論と決定をしてきたか、そのプロセスを知る事は非常に重要な事です。しかし、安倍首相はそういう過去の世代へのリスペクトがまったくないんです。
 日本国憲法というのは、戦争で310万人もの人がなくなり、その犠牲者たちに対する義務感で作られた側面があるわけです・・・もうひとつ、安倍首相の無恥についてお話ししましょう。一言で言って、安倍さんはずる賢いんです・・・安倍首相は自分の考えに同意する人物を登用し、反対する人はクビにしてしまう。
 つまり、安倍政権のやり方というのは、『法による支配』ではなく、『人』による支配なんです。現在、政策の違憲性について指摘するのは最高裁判所と内閣法制局です。安倍さんは、これまで集団的自衛権について違憲だと唱えていた内閣法制局長官をクビにし、自分に都合の良い人物を据えた。
 内閣法制局長官が解釈すれば、それが法ですから、形としては法の支配です。しかし、裏を返せば、実際には人の支配なんですよ。これまでの歴代の内閣はこれだけはやってこなかった。人事に手をつけて自分の都合の良い解釈を引っ張り出して後の事は考えない。実に危険な考え方です。『無恥』としか言いようがない・・・」


 その批判はこう締めくくられている。

 「過去の世代が議論し築き上げてきたものへの敬意と次世代への責任。その二つを考えるなら、重要な案件はたくさんあります。少子高齢化、原発、地震など、国の存続に影響する重要課題は山積しています。きちんと過去と向かい合い、次世代につなぐ政権運営をするべきなのです」

 これほど厳しく、それでいて、罵詈雑言ではなく、これほど的確な批判があるだろうか。
 しかもこの批判をした人物はただの批判者ではない。大学の名誉教授である。
 しかもただの名誉教授ではない。
 安倍首相の政治思想史の恩師である加藤節成蹊大学名誉教授なのだ。

 恩師からこのような批判を受けるようでは、もはや安倍首相は、まともな神経の持ち主なら、日本の首相にとどまるわけにはいかないだろう。
 いくら野党が不在でやりたい放題出来るとしても、首相にとどまること自体が恥だ。
 それにしても、このような批判を、身分を明かして公言した加藤節名誉教授の勇気は凄い。
 きょう発売の週刊フライデーは国民必読である(了)


【出典】 天木直人のブログ

出典: 天木直人のブログ

【安倍政権の景気刺激策にはもう期待しない! 日本企業の95%

【 安倍政権の景気刺激策にはもう期待しない!日本企業の95% 】 梶本哲史 / ロイター 8月21日

 安倍政権の大規模景気刺激策、借金を大幅に増やすだけ、成長のためのどんな効果も発揮しない。これ以上の公共工事は不要、技術開発と構造改革に予算を振り向けるべき必要なのは、少子化と労働人口の急激な減少を解決するための抜本対策。

梶本哲史 / ロイター 8月21日


 ロイターが行なった聞き取り調査の結果、日本の各企業の担当者は安倍政権が行なおうとしている最新の景気刺激策は、日本経済の回復にどんな効果も発揮しないだろうと口をそろえて回答しました。
 さらに日本銀行は、もうこれ以上の金融緩和を行うべきでは無いとも指摘し、政府担当者が行なっているデフレーション、スタグネーションの解決策にノー!が突き付けられることになりました。

 安倍晋三首相は8月、さらなる公共事業の拡大と補助金交付などに13兆5,000億円の財政出動政策を発表しました。
日本経済の復活のため日本銀行との共同政策を展開し、基本的に政府が行なう財政出動の資金的な裏づけは日本銀行の融資によるものです。

 しかしロイターが8月1~16日に行った調査によれば、安倍政権のこの政策によって日本経済が活性化する、あるいは成長につながると考えている企業は全体の5パーセント未満でしかないことが明らかになりました。

 「今回の刺激策が公共事業にだけ集中している点はまったくの期待外れです。この政策は本当の意味で将来の成長につながっていく工業とテクノロジーを開発促進することに対する視点が欠如しています。」
 こう語るのは精密機器メーカーの部門責任者です。


 安部首相が政権の座に就いたのは3年半前ですが、大規模な金融緩和策と多額の財政出動、そして構造改革とを組み合わせた経済政策、『アベノミクス』により日本経済の立て直すと公約しました。
 その出だしこそ急激な円安によって国内総生産の増加と企業の増収増益が実現しましたが、現在日本経済は再び低迷し、物価も下落を続けています。
 日本で20年以上続いているデフレーションと経済成長の著しい鈍化を解決することが、いかに難しい課題であるかを物語っています。

 「日本経済を低迷させている根本的な問題、すなわち少子化と労働人口の急激な減少を解決するための対策が実際に採られない限り、安定成長など実現できるはずがありません。持続的成長が無いまま、今すでに巨額に上っている公的負債だけがどんどん積み上がっていくことになるだけです。」
 電気機械メーカーの担当者がこう答えました。

 こうした指摘と同時に、回答した企業の63%が、国の財政出動を最新の技術開発に振り向けることを求めています。具体的にはインターネット、人工知能の開発などです。
各企業は個人消費支出が低迷したままの状況と日本経済全体の今後の展望が見通せていない状況に懸念を表明しました。


 そしてこの状況を打開するためにも、安倍政権に対しほとんど実現されていない、『アベノミクス』政策の核心部分であったはずの構造改革の実行を加速するよう求めています。
 『アベノミクス・第3の矢』構造改革については、多くの経済学者がこれまでほとんど実行に着手されないままだと判断しています。

 この調査はロイターが日経リサーチに依頼し、日本国内533社の大企業・中堅企業を対象に行われ、各社の部門責任者が匿名で回答することになっています。
今回回答を寄せたのは約260社でした。


▽ 日銀頼みの突破口に対する評価

 日本銀行がさらなる金融緩和策を行うことに対し、日本の各企業が懐疑的であることが解りました。
 回答企業の60%以上が、日本銀行はこれ以上の金融緩和策を行うべきでない、あるいは現在行っている金融緩和策を撤回すべきだと答えています。

 日本銀行が政府が発行する国債を大量に買い入れている現状について、基本的に『ヘリコプターマネー』政策を行っているのと同じだという批判が強まっています。
日本政府が不要不急の公共事業に多額の国の予算を浪費している状況を、日本銀行が裏で支えているという指摘がなされています。
 「ヘリコプターマネー、すなわち極端なばらまきにつながる政策は避けなければなりません。」
 総合機械メーカーの担当者がこう語りました。


 今回の調査は8月初旬、安倍政権が新たな景気刺激策を発表したタイミングで、そして世界で3番目に大きな規模を持つ日本経済の第2四半期の経済実績が再び不振に陥っていることが明らかになった直後に実施されました。

 日本銀行が前例のない大規模金融緩和策に打って出てすでに3年以上が経過しましたが、今年に入り、民間銀行が日本銀行に預金する場合に手数料を徴収するマイナス金利を導入しました。
 しかしこれは民間の銀行の利益を広く損なうものとして批判が集まっています。

 日本銀行は3年以上に渡り日本政府が発行する国債を買い続けていますが、狙うところのインフレの実現の気配は一向に有りません。
取材に答えたある担当者は、9月に開催される日本銀行の政策会議においては、金融緩和という目標そのものの妥当性が問われることになるかもしれないと語りました。

 「多くの日本企業がもはや金融緩和策は限界に達したと感じている一方、政府の経済政策について財政刺激策ではなく、構造改革と規制緩和に焦点を当てるよう求めているようです。」
 みずほ研究所のシニア・エコノミストの徳田秀信氏がこう語りました。

原文

【出典】 梶本哲史 / ロイター 8月21日

出典: 梶本哲史 / ロイター 8月21日

「抵抗論 国家からの自由へ」

「抵抗論 国家からの自由へ」 - 辺見庸 Yo Hemmi -

■ 安倍政権の暴走

 安倍政権の暴走が止まりません。日本中の多くの人がこのままではまずいことになるのではないか?そう不安になっているずです。(2014年1月)

 それでも、日本にはアメリカからもたらされた民主主義があり、人々の多くは馬鹿ではないのだから、そのうち彼らの暴走には待ったがかかるはず、そう思っている方もまた多いかもしれません。しかし、すでに民主主義の母国アメリカの政治状況自体すでに新たなタイプの全体主義国家になってしまったという意見もあります。元々「民主主義」とは、自由であるがゆえに、国民さえ望めば「ファシズム」へも簡単に方向転換できるものなのです。


■ 逆全体主義の時代

 「・・・今生まれつつある政治システムを「逆全体主義」と名付けることにする。なぜ逆かというと、現在のシステムとそれを動かしている要員は、無制限の権力への欲求と攻撃的な膨張という点ではナチズムと同じであるが、手段や行動は逆転しているからである。
 例えば、ナチスが政権を取る前、ワイマール・ドイツでは、『街頭』は全体主義的志向のあるごろつき集団によって占められており、デモクラシーがあるとしたら、それは政府の中に限られていた。しかしながら、合衆国では、デモクラシーが最もいきいきしているのは街頭であり、いよいよ暴走しつつある政府こそが最も危ないのである」
シェルドン・ウォーリン(米国の政治学者)

 僕がなぜアメリカが好きかと言うと、アメリカの自由主義が素晴らしいからです。しかし、そんなアメリカの政治体制は、国民の自由に逆行するように一部の権力者が支配するファシズム体制に限りなく近づいてしまっています。(軍産複合体はその中心)それが今のアメリカを動かしている「システム」です。

 この傾向は今の日本にも、そのままあてはまります。いや、今やアメリカ以上に日本はその傾向が強まりつつあります。この状況は変えられないのか?それ以前に、なぜ今こんな状況になってしまったのか?新聞記者として働いた後、芥川賞受賞作「自動起床装置」(1991年)で小説家デビューをし、さらに講談社ノンフィクション賞受賞の「もの食う人びと」(1994年)でノンフィクション作家としての地位を確立した辺見庸の「抵抗論」を読みながら考えてみたいと思います。

 この時代、いずこにあっても議論、争論、激論のたぐいが、まるで忌むべき病のように避けられていることも知っている。怒りでも共感でも同情でもなく、嘲りや冷笑や、せいぜいよくても自嘲が話しに常につきまとい、議論の芯のことろをすぐに腐らせてしまう時代であることも私は知っている。

 じつは感覚がどこかやられてしまったのではないかと私は目星をつけている。私もあなたも、怒りをつかさどる感覚が機能不全におちいっているのではないか。いや、機能不全におちいらなければ、すなわち怒りを無化することなしにはやっていけない時代がすでにきているのではないか、と私は感じている。


 「怒り」のない時代だからこそ、その怒りが弱者に向けられるのが21世紀の日本だといえます。しかし、いつから日本人は怒ることを忘れてしまったのでしょう。少なくとも1970年代ぐらいまでは日本にはまだ「怒れる若者」は存在していたはずです。

 今、思い返すと、あの頃、「蒲田行進曲」や「熱海殺人事件」の作者・演出家のつかこうへいは、「テレビは馬鹿になる光線を発している」と警告を発していました。それに寺山修司もまた「書を捨てよ街に出よう」と叫んでいました。でも、僕も含めて日本人の多くはテレビにどっぷりとつかるようになり、いつしか思考停止の状態に安心感すら覚えるようになっていました。

・・・私たちはあまりに多くのことを思わないほうがいいとされるような時代に生きています。テレビや新聞は日々われわれに「思うな!」「考えるな!」といいきかせているようでもあります。あまりに深く、多くを思うと、生きること自体辛い時代です。むしろ、だからこそ「思え!」は大事ではないでしょうか。

 こうした状況の中、少しずつ日本型のファシズムが浸透し始めているようです。いや「浸透」ではなく我われが「招き入れた」というべきなのでしょう。

 マスメディアが深く深く介在するそこに、強権発動を少しも要しない協調主義的な日本型ファシズムが生成される微温かく湿った土壌がある。
 個体知の怒りはメディア知によって真綿で首を絞めるように殺され、消去されていく。おそらく犯意はどこにもない。

 日本型ファシズムを生み出した主体は右派政権ではありません。その右派政権を選んだ普通の日本国民であり、そうした意志をもつように世論を動かしたマスメディアの責任でもあります。(もちろん意識的に行ったとはいえません)それを著者は「国家にまつわる意思のように見えるもの」と称しています。

 こうした内面の自由の領域を侵害するものとは、いったいどのようなものなのか。・・・それこそが、「国家にまつわる意思のようなもの」なのではないか。やや抽象的だが、政府や警察権力や特定の行政機関の具体的意思そのもののみを意味するのではなく、それらを広く包摂する、国家幻想を背負った者たち相互の関係性の総体から醸成される空気に似たなにかである。


■ 国家とは何か

 では「国家」とはそもそも何なのでしょうか?
 「国家」とは「ある国土に住む国民を守るために選ばれ組織されたシステム」といえるかもしれません。では国民を守るための国家は抜本的に「善」なるものと考えられるのでしょうか。そのことについて、エンゲルスはこう書いています。

 「ひとびとは世襲諸君主国にたいする信仰から解放されて、民主的共和国を信奉するようになりでもすれば、まったくたいした大胆な一歩をおし進めたかのように思っている。
 しかし実際には、国家は、一階級が他階級を抑圧するための機関にほかならず、しかもこのことは、民主的共和制においても、君主制におけるとすこしも変わりはないのである。もっともよい場合でも、国家はひとつのわざわいであり、このわざわいは、階級的支配を獲得するための闘争で勝利をえたプロレタリアートにもうけつがれる」
エンゲルスによる「フランスにおける内乱」序文より

 元々「国家とは悪である」これは無政府主義思想のことでしょうか?いや、著者は「国家は悪であったとしても、存在を否定されるわけではないと考えているようです。
 考えてみれば、国家が悪だと考えるからこそ、「三権分立」という民主主義の基本が生まれたわけだし、その暴走を防ぐために「憲法」があるわけです。すべては、ここから始めるべきなのです。


■ 憲法の存在意義

 ここで、国家を永遠の災厄とする考えにくみするのならば、なぜ、国家存立の基本的条件を定めた根本法である憲法を受容するのか、という問いに再び戻る。私の正直な答えはこうである。

 それは、日本の現行憲法の根幹が、言葉のもっともよい意味において、すぐれて「反国家的」だからだ。国家の根本法が反国家的とは、なんとすばらしいことであろうか。国家の最高法規が自身に制約どころか掣肘をくわえている。未来の暴走を予感してあらかじめみずからを厳しく拘束している。国家の基本法が国家の幻想を戒めている。

 日本国憲法における第九条は、そうした日本の目指すべき方向性を定めた重要な部分ですが、少しずつそのまわりは切り崩されつつあり、いつその改正案が国会に出されるかわからなくなりつつあります。1947年に文部省が発行し、1952年まで中学校で使われた社会科教科書の「新しい憲法のはなし」の中にこうあります。

 「・・・このまえの世界戦争のあとでも、もう戦争は二度とやるまいと、多くの国々ではいろいろ考えましたが、またこんな大戦争をおこしてしまったのは、まことに残念なことではありませんか。

 そこでこんどの憲法では、日本の国がけっして二度と戦争をしないように、二つのことをきめました。その一つは、兵隊も軍艦も飛行機も、およそ戦争をするためのものは、いっさいもたないということです。これからさき日本には、陸軍も海軍も空軍もないのです。これは戦争の放棄といいます。

 「放棄」とは、「すててしまう」ということです。しかし、みなさんは、けっして心ぼそく思うことはありません。日本は正しいことを、ほかの国よりさきに行ったのです。世の中に、正しいことぐらい強いものはありません」
 なんと美しく志の高い思想でしょう!「積極的平和主義」とはこのことをいうはずです!
 ただし、そんな理想論でいざという時、本当に国が守れると思うのか?今や、そんな声が大勢をしめつつあるかもしれません。確かに北朝鮮はもちろんのこと、中国の最近の政治姿勢は危険に見えます。

 しかし、「理想」を捨てた瞬間から、もう残されるのは「暴力」だけになるでしょう。そして、日本の方向転換はさらに事態を危機的な方向に向かわせ、負のスパイラルは歯止めが利かなくなるでしょう。どこかで誰かがその流れを変えなければなりません。現状では、そうした時代の流れをかろうじて止めることができる最後の砦が「憲法九条」です。

「・・・国軍を持たないこと、そして国が開かれていること、いざとなれば国民が自由に政府をリコールできる法的装置が整い、国民にその実質的な力が備わっていること、これが僕の考える理想国家の条件です」
吉本隆明「わが『転向』」より

 国家は他者から見て初めて国家としての姿をもつ。だからこそ、周囲から見た日本の姿を常に意識する必要があるはず。他国からどう見えようと関係ないと思った時、その国は方向性を失い、全体主義という思い込みからなる愚かな「裸の王様」になってしまうのだと思います。

「国家は共同幻想だというのは、内部から見た時にのみ言えることです。国家は、何よりも他の国家に対して国家なのです。共同幻想という考えは、そのような外部性を消してしまいます」 柄谷行人「倫理21」より


■ マスコミへの批判

 著者はこうした状況を許しているマスコミの現状について、厳しく批判しています。例えば、9・11以後に行われたアメリカ軍によるイラクへの報復攻撃とそれに対するイラクでのアメリカ軍へのテロ攻撃?についての報道はどうだったでしょうか?

・・・イラクで今起きていること、あれは単なるテロでしょうかね。家族を殺され、自国を理不尽に占領された者たちのレジスタンス、抵抗運動じゃないですか。日中戦争のときの八路軍、のちの人民解放軍、あれはテロリストですか。、南ベトナム解放戦線の反米闘争、あれはブッシュがいうような意味でのテロですか。
・・・新聞はなぜそれを抵抗と書けないのか。宿命的に権力的だし、政府的なんですよ。マスコミというのは。

 結局イラクには疑われていた大量破壊兵器など存在しませんでしたが、アメリカは散々国を破壊し、多くの一般市民を殺しても裁かれることがありませんでした。そのことを新聞はほとんど書いていません。著者が新聞社を辞めたのはそうした現状に自らけじめをつけたかったこともあるのでしょう。

・・・例えば大学もテレビ局も市場原理のなかにある今日的メディアであるということ。そこの空気では批判的言説が育たない、ということ。というより、批判的言説は居場所がない。大学もテレビも、もっぱら「非政治的」というあざとい政治性と愚昧な思想を外の世界に発信している。

・・・マスメディアを人間個体のように人格的存在のように考えるのは錯覚だと思います。個体は内省したり反省したりしますが、メディア総体は反省したりしないし、「良心」なんかもちあわせちゃいない。だから、期待をつなげるとしたら、個別の新聞社などの報道機関ではなくて、群に固化しない例外的な記者個人だとぼくは考えています。・・・

 著者は新聞も含めたメディア全体と大学も含めた教育機関に絶望しているのですが、自分も含め最後には個人の意識の問題としています。そして、改めて重要なこととして「国家からの自由」について書いています。

・・・大学やマスメディアがすでに失いつつある自明性のなかでも、もっともかけがえのない理念とはいったい何でしょうか。ぼくは、「国家からの自由」というじつに尊い共通認識といいますか理念がそれだと思います。

 「国」を愛することは、その国の自然、文化、国民を愛すること。それに対し、「国家」を愛することは、その国の「システム」を愛することであり、根本的に違うことです。ましてや「国家を愛せ」という強制や教育が行われる時代は、「国」を動かすシステムを愛せということであり、人を愛することではありません。

 税金をちょろまかして懐に入れる政治家よりも、「国家を愛せよ」と自らの愛国心を押し付け、その行為に酔う不気味な政治家の方がずっと怖いし、危険です。それをいち早く見分けなければ。また日本は安倍さんの祖父の時代へと退行してしまうことになりかねません。

【出典】 辺見庸 Yo Hemmi

石川栄一著
石川栄一著
出典: 辺見庸 Yo Hemmi

自民党のネット応援部隊が「植松容疑者の主張は間違ってない」 「障がい者は死んだほうがいい」と障がい者ヘイト!
(写真)ロイター/アフロ

自民党のネット応援部隊が「植松容疑者の主張は間違ってない」 「障がい者は死んだほうがいい」と障がい者ヘイト! LITERA 2016.07.30

■ネットで広がる「植松容疑者の主張はわかる」の声

 神奈川県・相模原で発生した障がい者大量殺害事件について、本サイトではその背景に、ヘイトスピーチなど排外主義の蔓延や、自民党による弱者切り捨て政策の影響があると指摘してきた。すると案の定、ネット右翼からは「ジミン叩ければあんな悲惨な事件でも利用するのか」「左翼はなんでも体制批判の道具にするからクソ」「さすが糞アカヒのリテラ」などという反応が寄せられた。

 であれば、あらためて事実を確認しておこう。報道によれば植松聖容疑者は「障害者は死んだ方がいい」「何人殺せば税金が浮く」などと主張していたとされるが、いま、ツイッター上ではその主張に同調する声が広がっている。

〈そうやってみんなすぐ植松容疑者が異常だと言い張るけど行動がよくなかっただけで言ってることは正論だと思う〉
〈植松の言ってることはこれからの日本を考えるとあながち間違ってはいない〉
〈穀潰しして連中に使われる予定だった税金を節約して、国の役にたったよ彼は。弱いものって誰? 精神障害者はどんなに暴力や暴言はいても罪に問われない無敵の強者だよ?〉
 しかも、これは複数のアカウントによる発言だが、彼らは〈自民と公明が勝ってるのみるとマジでせいせいする〉〈安倍総理を応援してる自分がいる〉〈【拡散】安倍晋三に総理大臣を辞めて欲しくないと思う人はRT〉などともツイートしている。こうした障がい者ヘイトを垂れ流している連中の多くが自民党支持者、あるいは安倍政権が醸成させている空気を身にまとっていることは、もはや疑う余地がない事実なのだ。

(写真)ANN NEWS

■自民党ネトサポ会員が「植松の言うように障害者はいなくなるべき」

 さらに、「自民党ネットサポーターズクラブ会員として愛国という視点から自らの意見を論理的に述べる」という副題のついたあるブログが、事件後、「重度障害者を死なせることは決して悪いことではない」なるタイトルの文章を公開していることも確認できる。自民党ネットサポーターズクラブ(J-NSC、通称ネトサポ)とは自民党公認のネットボランティア組織。政策ビラ配りやネットでの世論工作などを担当する部隊で、安倍首相はその最高顧問のひとりに名を連ねている。

 その“自民党のネット別動部隊”の会員を自称する人間のブログが、植松容疑者の“虐殺思想”に共鳴している事実は重い。まず、このネトサポは、植松容疑者が「障がい者なんていなくなればいい」という趣旨の供述をしていることについて、〈植松の言葉自体には実は聞く価値のある部分もある。

 それは「障害者は邪魔である」という観点だ〉と書いている。以下、吐き気をもよおす障がい者差別やジェノサイドの扇動が続く。紹介するのもためらわれるが、コアな自民党支持層がどのようなことを考えているのか確認するためにも、このネトサポの文章をそのまま引用する。

〈考えてみてほしい。知的障害者を生かしていて何の得があるか?まともな仕事もできない、そもそも自分だけで生活することができない。もちろん愛国者であるはずがない。日本が普通の国になったとしても敵と戦うことができるわけがない。せいぜい自爆テロ要員としてしか使えないのではないだろうか?つまり平時においては金食い虫である。
 この施設では149人の障害者に対し、職員が164人もいる。これではいくら職員を薄給でき使わせたところで採算が取れるはずもない。そんな状況では国民の税金が無駄に使われるのがオチである。無駄な福祉費を使わなくて済ませることが国家に対する重大な貢献となる。だからこそ植松が言うように障害者はいなくなるべきなのである。〉

 要約するまでもない。「自爆テロ要員としてしか使え」ず、「いなくなる」ことが「国家に対する重大な貢献」などとのたまうこのネトサポは、障がいをもつ人たちが「生きる」ことを、直裁的に否定しているのだ。


■石田純一や野田聖子にも「障害者の子ども殺せ」と迫るネトサポ

 しかもこのネトサポは、植松容疑者の供述ににわかに感化された結果、“障がい者抹殺思想”をさらけ出しているわけではない。事件前の投稿でも、障がい者やその家族に対するヘイトをぶちまけているのだ。たとえば、7月9日にはタレント・石田純一の都知事選立候補の意向の報を受けて、〈もしも都知事になりたいならばまずは自分の子を死なせてからにするのが筋であろう〉と書いている。

〈石田には東尾理子との間に子供が1人いるが、そいつはダウン症である。つまり育てるのにカネがかかる。東京都知事は言うまでもなく公務員である。公務員は国民のために尽くすのだから無駄遣いをしてはいけない。だからこそ無駄遣い以外の何物でもない子供は死なせるべきなんだ。無駄な医療費を使わなくて済むのだからこれは国家に対する重大な貢献となる。政治家なのだから率先して自分の子供を見殺しにできるようにならなければいけない。〉

 念のため言っておくが「石田純一と東尾理子の子はダウン症」というのはデマだ。いずれにせよ、この自民党支持者の“障がい者は税金の無駄遣いだから殺すべき”という考え方は、かなり根深いものがある。7月19日には、野田聖子衆議院議員についても、〈絶対に総理にしてはならない人物だ。その理由は野田の子どもの存在である〉などと述べている。
〈野田議員の子どもは重い障害をもっており、1年で9回の手術を受け、脳梗塞になり産まれてからずっと入院、人工呼吸器を装着し、経口摂取は不可、右手右足に麻痺があるという体たらくである。当然この子供にかかる費用はバカにならない。総理大臣として意味のない支出は実に致命的だ。国会議員は言うまでもなく公務員である。公務員は国民のために尽くすのだから無駄遣いをしてはいけないのだ。

 だからこそ野田は総理大臣になりたければ、無駄遣い以外の何物でもない子供の治療を即刻辞めるべきでなのだ。もちろん死んでしまうが無駄な医療費を使わなくて済む。これこそ総理大臣に求められる国家観なのだ。政治家なのだから率先して自分の子供を見殺しにできるようにならなければいけないのだ。〉(原文ママ)

 なお、この投稿の冒頭で、野田氏が安倍首相の総裁任期延長をけん制する発言を行ったことに対して、〈1議員の分際で自民党にたてつく発言をしてのである。大変許しがたい〉(原文ママ)としていることから、このネトサポは、熱烈な安倍晋三シンパと見るべきだろう(ちなみに、このブログの「愛国リンク集」には安倍首相の公式HPがリンクされている)。

ヘイト暴力のピラミッド図 (出典)Brian Levin, Anti-Defamation League 

■自民党支持者が障がい者排除の根拠にしているのは自民改憲案

 さらに2013年9月3日にも、同様に野田氏に関して〈自分の子供を見殺しにできるようにならなければいけない〉と述べているのだが、注目すべきは、その投稿がこのように結ばれていたことだ。

〈こういう自分勝手な人間が増えたのも日本国憲法のせいである。自由を謳い、権利を行使しなくてよいという天賦人権論が日本人を堕落させたのである。だからこそ自民党は天賦人権論を否定する憲法案を出したのである。この憲法が通れば国民の血税を使っても他人に対する感謝の心を持てるようになる。

 自民党は野田議員と改憲案の矛盾を解消するために野田議員に子供の延命治療を中止するよう勧告するべきだ。どうせこのまま生きていても長生きはできないし、治療費がさらにかさんで国民が迷惑を被るだけである。それよりも子供なんかさっさと死なして日本のために死んだと持ち上げたほうが自民党の勝利に貢献することになる。だから野田議員は決断をするべきである。母親としてよりも国家公務員としての立場が優先されるのは当然なのだから。〉

 ある意味でこのネトサポが述べていることは“正しい”。もちろん「子供なんかさっさと死なして」などという、どうかしているとしか思えない主張のことではない。いささか逆説的だが、この暴論は、自民党が2012年に発表した改憲草案の本質を、的確に説明しているのである。

 いうまでもなく、天賦人権説とは、すべて人間は生まれながら自由にして平等であり、誰もが幸福を追求する権利をもつというもの。日本国憲法のいわゆる三大原理のひとつ「基本的人権の尊重」の根底をなす思想だ。しかし、自民党改憲草案では、起草委員である片山さつき参院議員が〈天賦人権論をとるのは止めよう、というのが私たちの基本的考え方です〉(片山氏ツイッターより)と発言しているように、これをすべての人間から剥奪すべく企図されている。

 事実、自民党改憲草案は、個人の権利に対して〈責任及び義務が伴う〉と強調し、現行憲法が個人の権利利用の目的や幸福追求の条件として付す《公共の福祉》を軒並み〈公益及び公の秩序〉なる文言にすげ替えている(草案12、13、29条)。

 上述のネトサポが障がいを持つ人間を「死なせるべき」なのが「国家に対する重大な貢献」であると繰り返すのは、まさにこの《公共の福祉》から〈公益及び公の秩序〉への変更の本質をつく解釈だろう。その意味において、このネトサポが述べる“障がい者の存在は、自民党憲法草案と「矛盾」する”というのは、まったく正しい認識と言わざるをえない。
 言い換えれば、このコアな安倍支持者は、“すべての人間が平等に有す権利を剥奪し、国家の元に人権を制限すべき”という自民党改憲草案のストレートな体現者なのである。
 そして、今、安倍首相の周りにいる自民党の極右政治家たちも、直接、口には出さないものの、おそらく、このネトサポと同じく「障がい者や役に立たない老人はいなくなった方が国家のためである」くらいのことは考えているはずだ。

 実際、石原慎太郎や石原伸晃、麻生太郎らは、過去に障がい者や高齢者に対して安楽死を口にしたり、「いつまで生きているつもりなのか」などといった暴言をはいてきた。植松容疑者、それに同調して「障がい者は死なせろ」と叫ぶネトサポ、そして障がい者を邪魔者扱いする自民党の極右政治家……この三者は完全に同一線上にいる。そのことを指摘することのどこが「政治利用」なのか。

レイシストのデモ

■事件を利用して人権を制限しようとする自民党の政治家たち

 ネット右翼たちは「左翼はなんでも体制批判に結びつける」「相模原の事件を政治利用している」などとほざくが、これは完全に逆だろう。実に、自民党はこの大量殺害事件を受けて、早くも人権否定の思想を法で具体化させる意向を示している。

 28日、元参院副議長の自民党・山東昭子参院議員が、今回の事件に関して“犯罪を犯した人間や示唆をした人間にはGPSを埋め込んで把握するようなことを考えるべき”との趣旨を記者団に伝えた。その上で、山東氏はこのように発言している。

「人権という問題を原点から見つめ直すときが来ている。ストーカーもそうだが、人権という美名の下に犯罪が横行している」(毎日新聞7月29日付より)
 何度でも言うが、上のネトサポによる“障がい者抹殺思想”も、山東氏の“人権白紙化発言”も、まさに今の自民党の本質を表したものだ。

 しかもこれは、ひとりのラディカルなネット右翼による戯言や、いち自民党議員の暴言では決して片付けることはできないだろう。実際、前述したネトサポの野田聖子氏に対する投稿には7000を超える「いいね!」がついている。

 また、テレビメディアなどのマスコミは、この障がい者大量殺害事件の容疑者の供述にネットでこれだけ賛同の声があがっている現実を無視して、「植松容疑者の心の闇」などとごまかし続けている。そして当然のように、この機に乗じた山東氏のトンデモ発言についても、まったく追及するそぶりを見せていない。

 一部の冷笑主義者は「言うほど日本は右傾化していない」「左翼の妄想」などと呑気なことをのたまっているが、いい加減に気がつくべきだろう。私たちはいま、こうした“弱者抹殺発言”や“人権白紙化発言”が許容され、しかも多くの共感まで得られている社会を生きているのだ。もはや「右傾化」どころではない。その異常性に真剣に向き合わなければ、この国は本当に後戻りできないところまでいってしまうだろう。
(梶田陽介)

【出典】 LITERA 2016.07.30

出典: LITERA 2016.07.30

瀬戸内寂聴がさらに激烈安倍批判
瀬戸内寂聴が安倍支持ネトウヨの攻撃にも怯まずさらに激烈批判! 「安倍首相は世界の恥」「悪名が歴史に残る」
瀬戸内寂聴

瀬戸内寂聴が安倍支持ネトウヨの攻撃にも怯まずさらに激烈批判! 「安倍首相は世界の恥」「悪名が歴史に残る」  LITERA 2015.07.22

 安保法制が衆院で強行採決されたが、それでもなおこの“戦争法案”に反対する声は日に日に高まっている。だが一方で、戦争反対、集団的自衛権反対を表明する著名人たちへの誹謗中傷やバッシングが巻き起こるという卑劣な事態も同時に起こっている。

 先日もタレントSHELLYがツイッターで強行採決について疑問をつぶやき大炎上した。また胆のうがんなどを患い満身創痍の体調ながら度々デモや集会に参加している作家の瀬戸内寂聴も、「ババアは死ね!」「戦争反対というなら中国に言え!」などと批判を浴びせられた。挙げ句は「不倫していたくせに」「金をもらって集会に出ている」という聞くに堪えない誹謗中傷さえ飛び出す始末。

 しかし瀬戸内がこんなことで怯むわけがない。最近になってもますますその活動、舌鋒鋭く安倍政権と安保法案の大批判を展開している。
 今週発売の「女性自身」(光文社)8月4日号では「美しい憲法を汚した安倍政権は世界の恥です」と題し、こう語った。

「安倍晋三首相と、与党議員たちが強行採決した安保法案は、日本国民を世界中で死なせ、家族を不幸にし、国まで滅ぼすものだと思います」
「これだけ国民に反対されていることを自覚しながら、“戦争法案”を押し通した安倍首相の神経は理解しがたいですね」

 安保法制に反対する作家、有名人の中でも、ここまで強い調子で安倍首相を非難できる人間はそう多くないだろう。そして、瀬戸内はこう言い切った。
「多くの国民が安保法案に反対したという事実、そして安倍首相と政府与党がどれだけ横暴なことをしたのかという事実は、歴史に刻まれます」

 瀬戸内はこの「女性自身」のインタビューに答える少し前、7月10日にも京都の寂庵で定例説法を開いているが、ここでも「可愛い息子や孫が戦争に連れて行かれ、行けば殺さないと殺される。沢山殺せば褒められる」、それが戦争というものの実態だと訴え、そしてこう断言した。
「安倍首相がいかに悪い政治家だったか歴史に残る」

瀬戸内寂聴

 ネットでは、こうした発言について今も「単なる妄想」「なぜそこまで妄想できるのに中国が戦争始める妄想はしないのか不思議」という声が浴びせられているが、これは妄想ではない。

 現在93歳の瀬戸内は青春期に戦争を体験している。大学1年生の時に真珠湾攻撃があり、普通の国民のように、「東洋の平和を守るため」という言葉を信じ、大きな感激を覚えたという。

 だが、その2年後、瀬戸内は結婚して北京に移り、そこで日本人が中国人を抑圧している様を目の当たりにし、戦争に疑問を感じ始めたのだ。そして敗戦を迎え、苦労して日本に引き揚げてみると、故郷の徳島は焼け野原、母や祖父は亡くなっていた。

 こういう体験が「戦争にはいい戦争も悪い戦争もない」という言葉につながっている。瀬戸内は先の「女性自身」のインタビューでこんなことも語っている。
「(7月15日のデモで)必死に声を上げる彼らを見て、私が連想したのは、昭和18年10月に行われた神宮外苑競技場で行われた学徒動員出陣の壮行会です」

 この壮行会は戦場に赴く2万5千人の学生と、5万人の女子学生らが集まり、「海行かば」を大合唱して見送ったというものだ。デモを見ながら、その光景がオーバーラップするというのは、彼ら安保法制に反対する若者までが安倍首相の戦争政策に呑み込まれてしまうという恐怖をリアルに感じているからだろう。
 この言葉を我々は真剣に受け止める必要がある。
(伊勢崎馨) 

【出典】 LITERA 2015.07.22

出典: LITERA 2015.07.22

明仁天皇の「生前退位の意志表明」は安倍政権と日本会議の改憲 =戦前回帰に対する最後の抵抗だった!

明仁天皇の「生前退位の意志表明」は安倍政権と日本会議の改憲 =戦前回帰に対する最後の抵抗だった! LITERA 2016.07.14

 いったいこれはどういうことなのか。昨日、 NHKが報じた「天皇が生前退位の意向」。NHKの情報源は「宮内庁関係者」ということだったが、その直後に宮内庁の山本信一郎次長が「そうした事実は一切ない。陛下は憲法上のお立場から、皇室典範や皇室の制度に関する発言は差し控えてこられた」と完全否定した。
 さらに、時事通信によると、深夜には、風岡典之宮内庁長官も「(皇室の)制度については国会の判断にゆだねられている。陛下がどうすべきだとおっしゃったことは一度もなく、あり得ない話だ」と否定した。また、菅義偉官房長官もオフレコながら「承知していない」と事実を認めなかった。

 では、NHKは何を根拠にこの「生前退位の意向」報道に踏み切ったのか。常識的に考えると、NHKのような官僚的なメディアがこうした重要な情報を宮内庁長官のオーソライズなしに報道するというのはありえない。もしそれができるとしたら、天皇周辺から直接、情報をとっているというケースだろう。
 実際、今回のNHKの情報源は、天皇本人にきわめて近いスジではないかといわれている。
「今回、スクープしたのはNHKの宮内庁担当のHという記者なんですが、彼は秋篠宮に食い込んでいる。そんなところから、天皇が秋篠宮を通じて意志を伝えたのではないかといわれています。実際、秋篠宮は数年前、記者会見で「(天皇の)定年制が必要になってくると思います」と述べたことがあり、このときも天皇の意向を代弁したものだといわれました。天皇はこのころからしばしば生前退位の制度を作るよう要望を出されていたのですが、1年前くらいからその意向が非常に強くなったようです」(全国紙宮内庁担当記者)
 たしかに、NHKがここまで踏み込んで報道したというのは、それくらい天皇の意志が強いということだろう。実はNHKは参院選を前にこのニュースを出そうとしたものの、官邸からストップがかかって、一旦、報道を断念している。普通ならそれでたち消えになるところを、NHKはもう一回、参院選が終わったタイミングで出してきた。これは、官邸を超える存在、つまり天皇サイドからの絶対的な後押しがあったとしか考えられない。

 では、なぜ、天皇は改めて、生前退位の姿勢を強く示したのか。新聞・テレビはたんに「自らの体調を考慮」などと報じているが、そんなことでこの行動は説明できない。なぜなら、現行の皇室典範でも天皇が公務に支障がある場合は、摂政をおくことができるからだ。
 実は、宮内庁関係者の間では、今回の「生前退位の意志」報道が、安倍政権の改憲の動きに対し、天皇が身を賭して抵抗の姿勢を示したのではないか、という見方が広がっている。
 というのも、生前退位こそが、今、安倍政権や日本会議が復活を目指している大日本帝国憲法の思想と真っ向から対立するものだからだ。

 実は、生前退位というのは江戸時代後期までの皇室ではしばしば行われていた。ところが、明治になって、国家神道を国家支配のイデオロギーと位置づけ、天皇を現人神に仕立てた明治政府は、大日本帝国憲法と皇室典範によって、この生前退位を否定、天皇を終身制にした。「万世一系」の男性血統を国家の基軸に据え、天皇を現人神と位置づける以上、途中で降りるなどということを許すわけにはいかない。終身制であることは不可欠だったのだ。

 つまり、明仁天皇はここにきて、その明治憲法の真髄とも言える終身制をひっくり返し、真逆の生前退位を打ち出したのである。天皇が生前に退位するということは、天皇は国家の「役職」にすぎないということを示すことだ。役職だから、時期が来たら退位する。役職を果たせなくなったら交代する。もし、これが制度化されたら、天皇をもう一度、現人神に担ぎ上げ、国民支配のイデオロギーに利用することは難しくなる。そのために、天皇はこの「生前退位の意志」を明確にしたのではないか、というのだ。

 これはけっして、妄想ではない。天皇と皇后がこの数年、安倍政権の改憲、右傾化の動きに危機感をもっていることは、宮内庁関係者の間では、常識となっていた。実際、第二次安倍政権が発足し、改憲の動きが本格化してから、天皇、皇后はかなり具体的で踏み込んだ護憲発言を何度も口にしている。


 たとえば、2013年には、天皇が誕生日に際した記者会見で、記者の「80年の道のりを振り返って特に印象に残っている出来事を」という質問にこう答えている。
「戦後、連合国軍の占領下にあった日本は、平和と民主主義を、守るべき大切なものとして、日本国憲法を作り、様々な改革を行って、今日の日本を築きました。戦争で荒廃した国土を立て直し、かつ、改善していくために当時の我が国の人々の払った努力に対し、深い感謝の気持ちを抱いています。また、当時の知日派の米国人の協力も忘れてはならないことと思います」

 日本国憲法を「平和と民主主義を守るべき、大切なもの」と最大限に評価した上で、わざわざ「知日派の米国人の協力」に言及し、「米国による押しつけ憲法」という右派の批判を牽制するような発言をしたのである。
 また、美智子皇后も同年の誕生日に、憲法をめぐってかなり踏み込んだ発言をしている。この1年で印象に残った出来事について聞かれた際、皇后は「5月の憲法記念日をはさみ、今年は憲法をめぐり、例年に増して盛んな論議が取り交わされていたように感じます」としたうえで、以前、あきる野市五日市の郷土館で「五日市憲法草案」を見た時の思い出を以下のように記したのだ。

「明治憲法の公布(明治22年)に先立ち、地域の小学校の教員、地主や農民が、寄り合い、討議を重ねて書き上げた民間の憲法草案で、基本的人権の尊重や教育の自由の保障及び教育を受ける義務、法の下の平等、更に言論の自由、信教の自由など、204条が書かれており、地方自治権等についても記されています。当時これに類する民間の憲法草案が、日本各地の少なくとも40数か所で作られていたと聞きましたが,近代日本の黎明期に生きた人々の、政治参加への強い意欲や,自国の未来にかけた熱い願いに触れ、深い感銘を覚えたことでした。長い鎖国を経た19世紀末の日本で,市井の人々の間に既に育っていた民権意識を記録するものとして,世界でも珍しい文化遺産ではないかと思います」
 日本国憲法と同様の理念をもった憲法が日本でもつくられていたことを強調し、基本的人権の尊重や法の下の平等、言論の自由、信教の自由などが、けっして右派の言うような「占領軍の押しつけ」などでないことを示唆したのである。


 また、天皇、皇后は日本国憲法の精神に沿った新しいかたちの皇室作り、皇室の旧弊の改革にも熱心に取り組んできた。小泉政権のときに、女性・女系天皇が検討されたのも、実は明仁天皇の意向があったとされているし、皇居や御用邸を一部開放、最近は、自分の葬儀や墓について、陵墓を縮小して、埋葬を土葬から火葬へ切り替えたいという希望も表明している。
 しかし、安倍首相やそれを支える右派勢力にこうした天皇皇后の姿勢を真摯に受けとめようという気配はまったくない。それどころか、八木秀次など御用評論家に天皇批判をさせる一方、改憲の動きをますますエスカレートさせた。そして、先の参院選ではとうとう改憲勢力が3分の2を超えた。

 しかも、安倍政権の背後に控える改憲の発信源は、戦前回帰を狙う日本会議だ。日本会議の改憲の究極の目的は、まさに、明仁天皇が脱却を目指してきた大日本帝国憲法の復活であり、自民党の改憲草案もその明治憲法回帰の延長線上にある。
 もし、そんな方向での改憲が進められれば、これまで進めてきた護憲と皇室改革が水泡に帰す。天皇はこれに相当な危機感を抱き、再び天皇が「現人神」として利用されることがないよう「生前退位」の制度化の流れを作り出そうとしたのではないか。

 こうした見方は、まったく報道されていないし、これからも報道されることはないだろうが、皇室取材をしている記者やジャーナリストの間では、一般的な認識になっている。海外メディアの中には、今回の行動が安倍首相の改憲に対するものであると書いている新聞もある。

 たとえば、米「ニューヨークタイムズ」は13日付けの紙面で、「生前退位の知らせは、まさに安倍晋三総理の自民党が参議院で圧勝した3日後のことだ。安倍総理は改憲発議の要件である3分の2議席を獲得したのである。安倍氏は長年にわたり、日本の完全な戦争放棄を謳う憲法の条文を覆したい(overturn)という野望を抱いている」と書いた上で、「天皇は公的な政治的権限を有していないにせよ、今上天皇が生前退位によって皇位を継承させる徳仁皇太子の存在は、安倍首相が目指す憲法改正と好対照をなしているかもしれない」と指摘している。


 一方、安倍官邸や日本会議は逆に、この報道に苛立ちを隠せない。官邸は、一旦は報道を天皇の強い希望ということで、渋々参院選後の報道をOKしたものの、オフレコで、菅官房長官がNHKに激怒するコメントを発しているという。

 また、安倍政権の御用学者で、日本会議常任理事でもある百地章日本大学教授は朝日新聞に「明治の皇室典範をつくるときにこれまでの皇室のことを詳しく調べ、生前退位のメリット、デメリットを熟考したうえで最終的に生前譲位の否定となった。その判断は重い。生前譲位を否定した代わりに摂政の制度をより重要なものに位置づけた。そうした明治以降の伝統を尊重すれば譲位ではなくて摂政をおくことが、陛下のお気持ちも大切にするし、今考えられる一番いい方法ではないか」と、困惑を隠しきれないトーンで生前退位を否定するコメントを出した。
 天皇の身を賭した最後の改革への試みは果たして実を結ぶのか。安倍政権は官邸に渋々、皇室典範の改正の検討チームをつくったといわれているが、明治憲法を否定する「生前退位」に本気で取り組むとは思えないのだが……。
「ただ、安倍さんは歴史に名前を残すということにものすごい執着がありますからね。皇室典範を改正し、自分の任期中に生前譲位ということになれば、元号を自分の手で変えることができる。意外と深く考えずにそっちに乗る可能性もあります」(政治評論家)
 いずれにしても、安倍の頭の中にあるのは天皇を政治利用することだけ。こういうのをきっと連中の用語では「君側の奸」というのだろう。
(エンジョウトオル)


【出典】LITERA 2016.07.14

出典:LITERA 2016.07.14

国民が葬った民主主義…改憲へ衆参独裁政権誕生の絶望<1>
やりたい放題の巨大与党の独裁がついに完成(C)日刊ゲンダイ

国民が葬った民主主義…改憲へ衆参独裁政権誕生の絶望<1> 日刊ゲンダイ 2016年7月11日


■ 大マスコミの裏切りで全く伝わらなかった本当の争点

 10日、投開票された参院選はやりきれない結果だった。野党共闘はある程度、奏功し、1人区で野党は11勝(21敗)した。しかし、この程度の善戦ではどうにもならず、終わってみれば、自民党が56議席と圧勝。公明党も14議席を確保した。おおさか維新の7議席を加えれば、改憲勢力は77議席を獲得。非改選の無所属議員のうち改憲賛成の4人を加えると、自公プラス改憲勢力が参院で3分の2を制してしまった。

 与党は衆院ではすでに3分の2を確保しているから、これでいよいよ、国家統制を前面に押し出した改憲が現実味を帯びてくる。安倍首相はテレビで慎重姿勢を見せていたが、こんなものはポーズだ。今回の選挙結果とは、もっとも危ない暴君に、とてつもない数を与えてしまったのである。

 高千穂大の五野井郁夫准教授は「2016年7月10日は歴史に刻まれる日になるだろう」と言い、こう続けた。

「日本の民主主義が形式的なものになってしまった日だからです。衆参で与党や与党協力勢力が3分の2を制するなんて、日本の民主主義の歴史においてはほとんど未踏の領域です。今でもこの政権はメディアに平気で圧力をかける。公平・中立報道をしなければ、電波停止をにおわせる。今後も言論機関に圧力をかけてくるでしょう。本来であれば、『それはおかしい』と言う野党もここまで負けてしまうと、手も足も出ない。与党議員や閣僚に疑惑があっても証人喚問はもとより、質問時間すら制限されてしまう。安倍政権は『今がチャンス』とばかりにやりたい政策を加速化させていくでしょう。グズグズしていたら、高齢化が進む安倍応援団、日本会議が許さないからです。かくて、あっという間に国の形が変わってしまう恐れがある。後世の歴史家は、この日が歴史の分岐点だったと分析するかもしれません」

 それなのに、有権者の能天気だったこと。投票率は戦後4番目に低い54.7%だから、どうにもならない。大マスコミが安倍の姑息な争点隠しに加担したものだから、民主主義を賭した選挙だという自覚もなく、盛り上がらない選挙になった結果がコレなのである。民主主義は死んだも同然だが、そのことすら大マスコミは報じようとせず、従って有権者はいまだに気づかない。安倍の思うツボである。

1人区は野党2ケタの勝利だったが(C)日刊ゲンダイ

■ 比例統一名簿に失敗した野党の致命的大失態

 返す返すも悔やまれるのは、野党4党が比例区で統一名簿を作れなかったことだ。1人区で野党統一候補は11議席を獲得。特に東北地方は5勝1敗と共闘効果を発揮し、メディアの最終情勢調査を大きく覆すほど善戦しただけに、なおさら惜しまれる。比例区で野党票が分散した結果、自民党の比例獲得議席は19と、圧勝した前回の18議席を上回ってしまった。

「野党共闘が比例区でも実現していれば、自民党から少なくとも5、6議席を奪えたはず。確実に改憲勢力3分の2議席は阻止できました」(政治ジャーナリスト・鈴木哲夫氏)

 政治評論家の野上忠興氏は「決断できなかった民進党の岡田代表の“オウンゴール”」と語ったが、まさにその通りだ。昨年夏の安保法の成立以降、憲法学者の小林節・慶大名誉教授らは野党の大同団結を呼びかけ、社民・生活も統一名簿実現に前向きだった。消極姿勢は民進だけで、小林教授はしびれを切らして「国民怒りの声」を立ち上げた後も「統一名簿が実現すれば、いつでも降りる」と強調していた。

「最後は連合まで統一名簿に積極的となったのに、岡田代表が踏み切れなかったのは『民進党のエゴ』といわざるを得ません。全ての1人区で野党共闘が実現しても、比例統一名簿がないことで“画竜点睛を欠く”状況になってしまった。決断しなかった岡田代表の歴史的責任は重くなりそうです」(鈴木哲夫氏=前出)

 統一名簿をフイにした野党は、この国の民主主義を見殺しにしたも同然だ。後世の歴史家に「致命的大失態」と評価されるのは間違いない。
 

【出典】日刊ゲンダイ 2016年7月11日

出典:日刊ゲンダイ 2016年7月11日

浜矩子氏が警鐘 「EUショックはコストカットの口実に」
浜矩子同志社大大学院教授

浜矩子氏が警鐘 「EUショックはコストカットの口実に」 日刊ゲンダイ 2016年7月5日


 日本企業の多くは、「欧州の玄関口」である英国に進出しても、奥の間の大陸欧州に上がろうとはしませんでした。理念とレトリックを並べ立てる大陸よりも、成り行き任せで実利を求める英国の方が、ビジネスをしやすかったからです。EU離脱が決まったといっても、生産活動の拠点を構える日本企業が押っ取り刀で逃げ出すことはないでしょう。

 大陸側に新たな拠点をつくるのもコストがかかります。日本人スタッフを送り込み、現地スタッフもかき集めなければなりません。相当な手間がかかるし、リスクだって大きい。それよりも、離脱に伴う英国の制度変更に細かく対応していく方が現実的です。

 外国企業に出ていかれると困る英国は、出血大サービスをするはず。それこそEUの縛りが解かれたので、自由に引き留め策を講じられます。日本企業が大きなダメージを受けるような姿は想像しにくいですね。

 それでも日本で暮らす人たちの生活は影響を受けるでしょう。少しでも理由が見つかればコストを削ろうとしている人たちからすれば、今回の事態は格好の口実になります。「こんな状況では賃金を上げるのが難しい」と言ったり、本当は10人が必要なのに「とりあえず5人で」と判断したりするケースも出てきそうです。雇用環境の悪化は避けられません。中小企業も無理難題を突き付けられかねない。しわ寄せは、いつも弱いところになりますからね。


■「びびった雰囲気」が広がっている

 この先、しばらくは世の中が荒れます。離脱交渉はスムーズに進みません。首相交代で保守党内もガタガタします。その先は総選挙で民族主義政党が台頭する恐れも排除できない。嫌なムードはどんどん広がっていきます。

 株価がリーマン・ショックを超える大幅下げになったように、日本国内もかなりびびった雰囲気になっています。消費増税を先送りする際に「リーマン」を口にした安倍首相は、このような事態を想像していなかったと思いますが、「サミット議長国の日本は、すでに準備をしていた」と吹聴しています。チームアホノミクスは、内需の腰折れ防止を優先し、分配に回されるはずの予算を減らして帳尻を合わせにかかる。もともと財政赤字削減の本丸を社会保障費ととらえているのだから、EU離脱を神風として、医療や福祉の予算を刈り込むわけです。「まずは成長」と叫び、生活保護の基礎的な部分なども削るつもりでしょう。

 直接的な影響はなくても、生活は苦しくなっていく。そんな覚悟が必要だと思います。

【出典】日刊ゲンダイ 2016年7月5日

大橋巨泉が臨死の床で綴った“最後の遺言” 「安倍晋三に一泡吹かせて下さい」 しかしテレビは巨泉の思いを一切報じず…


大橋巨泉が臨死の床で綴った“最後の遺言”「安倍晋三に一泡吹かせて下さい」しかしテレビは巨泉の思いを一切報じず…
LITERA 2016.07.01


 大物司会者の大橋巨泉氏が、一時意識不明状態に陥り、5月下旬より集中治療室に入っているとの報道があった。巨泉氏自身が、20年近く続けてきた「週刊現代」(講談社)の連載コラム「今週の遺言」で、明らかにしたものだ。
 巨泉氏は2005年に早期の胃がんが見つかったのを皮切りに、13年には中咽頭がんが見つかり摘出手術。また、14年にはリンパ節、15年には右肺、16年には左鼻腔内にもがんが見つかるなど、長らく闘病生活を続けてきた。連載によると、3月半ば頃から体力の落ち込みがひどく、4月には意識不明の状態に陥り、2週間ほど意識が戻らず、5月からは集中治療室に入っていたというのである。

 そのためこの「週現」の連載も、4月9日号を最後に休載となっていたが、今週発売の7月9月号をもって最終回とするという。その最終回の原稿でも、
〈体力が戻ってこず衰えた〉
〈何時まで生きられるかわからない〉
〈老いた体をベッドに横たえ、たまに車椅子で外に出れば直ぐに高熱を出す始末である〉〈ボクにはこれ以上の体力も気力もありません〉

 と、死をも意識する重篤な病状にあることを繰り返し綴っている。巨泉氏の豪放磊落なイメージからは想像できないほど、深刻な状態にあるようだ。この最終回の原稿も、妻と弟のサポートを受けて何とか完成までもっていけたものだという。その最終回の原稿の最後は、こんな文章で締められている。

〈今のボクにはこれ以上の体力も気力もありません。だが今も恐ろしい事や情けない事、恥知らずな事が連日報道されている。書きたい事や言いたい事は山ほどあるのだが、許して下さい。しかしこのままでは死んでも死にきれないので、最後の遺言として一つだけは書いておきたい。安倍晋三の野望は恐ろしいものです。選挙民をナメている安倍晋三に一泡吹かせて下さい。7月の参院選挙、野党に投票して下さい。最後のお願いです〉
「何時まで生きられるかわからない」「ボクにはこれ以上の体力も気力もありません」と死を意識する壮絶な状況のなか、巨泉氏がまさに最後の力を振り絞って綴った、「最後の遺言」。それは、「改憲」を争点からひた隠しにして参院選を行い、着実に日本を戦争へと向かわせている安倍政権への痛烈な批判だった。

 巨泉氏の状況を思えばその言葉の重みもより増すが、もちろん巨泉氏は突然こんなことを言い出したわけではない。民主党議員だった2001年に、アメリカの同時多発テロを非難し「アメリカを支持する」との表明に民主党でたった1人反対するなど、巨泉氏は徹底して反戦を掲げ続けてきた。安倍政権に対しても、第二次政権が発足した当初より、安倍首相の危険性を訴え続けている。

「僕は、ポピュリズムの権化のような安倍首相をまったく信用しない。(略)本当にやりたいのは憲法改正であり、日本を『戦争ができる国』に変えることでしょう。実際、ニコニコして、口当たりの良いフレーズを並べておきながら、国民の過半数が反対した特定秘密保護法を強引に通してしまった。法衣の下に鎧を隠しているような男の言動にだまされてはいけません」(「日刊ゲンダイ」/2014年5月12日)

 また、昨年4月19日には『爆笑問題の日曜サンデー』(TBSラジオ)にゲスト出演し、安倍首相主催の「桜を見る会」に言及。自身も招待を受けていたがそれを断ったと告白して、さらに、巨泉氏とは逆に出席する道を選んだ太田光をこう批判している。
「お前利用されてるんだよ。今日のスポーツ紙に出てたよ。『ああ、安倍さんって心の広い人だなあ』って(大衆に)思われちゃうんだよ」

 さらに同番組では、テレビ朝日とNHKが自民党に呼び出された一件についても「とにかく、自民党に呼ばれて行ったテレ朝とNHKはいかん。なんで一政党に呼ばれて、言論の自由を守らなければいけない放送局が出て行く? これが陰ながらの圧力なんだ」「俺は戦いたい。(略)言論の自由っていうのはね、命をかけて守るべきものなんだよ」と発言。政権に忖度して自粛を繰り返すメディアの姿勢を痛烈に批判した。

 また、同じく15年の「週刊朝日」(朝日新聞出版)9月18日号では、1934年生まれで実際に先の戦争を見てきた自身の経験を踏まえ、戦争がいかに人の命を軽んじるものであるかを痛切に訴えている。

〈何故戦争がいけないか。戦争が始まると、すべての優先順位は無視され、戦争に勝つことが優先される。昔から「人ひとり殺せば犯罪だけど、戦争で何人も殺せば英雄になる」と言われてきた。

 特に日本国は危ない。民主主義、個人主義の発達した欧米では、戦争になっても生命の大事さは重視される。捕虜になって生きて帰ると英雄と言われる。日本では、捕虜になるくらいなら、自決しろと教わった。いったん戦争になったら、日本では一般の人は、人間として扱われなくなる。

 それなのに安倍政権は、この国を戦争のできる国にしようとしている。
(中略)
 ボクらの世代は、辛うじて終戦で助かったが、実は当時の政治家や軍部は、ボクら少年や、母や姉らの女性たちまで動員しようとしていた。11、12歳のボクらは実際に竹槍(たけやり)の訓練をさせられた。校庭にわら人形を立て、その胸に向かって竹槍(単に竹の先を斜めに切ったもの)で刺すのである。なかなかうまく行かないが、たまにうまく刺さって「ドヤ顔」をしていると、教官に怒鳴られた。「バカモン、刺したらすぐ引き抜かないと、肉がしまって抜けなくなるぞ!」

 どっちがバカモンだろう。上陸してくる米軍は、近代兵器で武装している。竹槍が届く前に、射殺されている。これは「狂気」どころか「バカ」であろう。それでもこの愚行を本気で考え、本土決戦に備えていた政治家や軍人がいたのである。彼らの根底にあったのは、「生命の軽視」であったはずである〉

 このように巨泉氏は、いかなる戦争も個人の尊厳を破壊するものとして一貫して反対する姿勢を貫き、「戦争のできる国」作りを画策する安倍政権に対し批判を続けてきた。その姿勢は、病に倒れた後も決して変わることはなかったのだ。

 大橋巨泉が集中治療室に入り、長らく続けられていた「週刊現代」の連載が終了したことは各テレビ局でも大きく報道された。しかし、巨泉氏が最も伝えたかった〈安倍晋三の野望はおそろしい〉〈選挙民をナメている安倍晋三に一泡吹かせて下さい〉というメッセージを放送した番組はひとつたりともなかった。巨泉氏が危惧していたメディアの萎縮は残念なことにここでも起きてしまったのだ。

〈書きたい事や言いたい事は山ほどある〉
〈このままでは死んでも死にきれない〉
 と自身でも綴っているように、現在の閉塞した言論状況にあって巨泉氏は貴重なリベラル論客であり、まだまだ語ってほしいことがたくさんある。巨泉氏の「最後の遺言」を胸にきざむと同時に、なんとか回復しまた舌鋒鋭い批判を繰り出してくれる日が訪れることを祈りたい。
(新田 樹)
出典:日刊ゲンダイ 2016年7月5日/LITERA 2016.07.01

英国はEUを離脱したが,日本は米日安保から 「乳離れできない国」のまま,21世紀を過ごしていくのか?
日本会議と安倍晋三に共通する幼児的依存性
英国はEUを離脱したが, 日本は米日安保から 「乳離れできない国」のまま, 21世紀を過ごしていくのか? 日本会議と安倍晋三に 共通する幼児的依存性
社会科学者の随想 2016年06月25日


【日本会議「本会員」という匿名を名のる人間の脅迫行為,警視庁はこの犯罪を取り締まれるのか?】
【自民党政権の閣僚たちも多数会員である日本会議関係者の刑法犯罪】



 ①「日本会議批判の菅野 完氏が脅迫被害 留守電に『ぶっ殺す』 (『日刊ゲンダイ』2016年6月23日)

 安倍内閣の主要閣僚の約8割が関連団体に名を連ねる右派団体「日本会議」を徹底解明した新書『日本会議の研究』(扶桑社)。約2カ月前の発売直後から注目を集め,いまやベストセラーとなっいる。その著者・菅野 完氏が脅迫被害を受ける“衝撃事件”が起きた。本人が語る。

 「今〔6〕月20日,日本会議の正会員を名乗る人物から脅迫電話がありました。警視庁麻布警察署に被害を申告するとともに録音データなどの証拠を提出してきました」。菅野氏は日本会議を,さまざまな場所で〈巨大な組織にみえるが中身は空っぽ〉〈言説があまりに幼稚でレベルの低い組織〉などと一刀両断にしている。


◆ 卑劣な言論弾圧には屈しない ◆


 一方で著書に自分の住所と携帯電話番号を公表しており,「右派団体を敵に回して大丈夫なの?」という声も一部で上がっていた。ただ,これまで抗議の電話などはいっさいなかったという。 「出版元の扶桑社に『日本会議事務総長・椛島有三』名義で出版の差し止め書が届いたりはしましたが,私個人に対する攻撃や嫌がらせはありませんでした」。

 そんな状況が一変した。「携帯電話に着信があり,出ると『おまえの本を読んだ。あれを出版したことで身辺におかしなことが起きていないか?』というのです。いちおう,相手は名乗りましたが,突然のことだったため,メモできませんでした。それでも私が日本会議の仕業と確信したのは,相手が『俺は正会員だ』といったからです。日本会議には “正会員” “維持会員” “篤志会員” など会員の種別があり,いわゆるタダの “会員” はいないのが特徴です」。

 菅野氏が「これは脅迫電話ですか?」と相手に問いただすとガチャリ。しばらく出られないでいると,留守電に「おいテメー。ぶっ殺すゾ,この野郎」という怒鳴り声が残されていたという。恐怖を感じ,その足で警察に向かい,被害届を出したそうだ。

  「私は逃げも隠れもしないという意味を含めて,自分の電話番号を公表しています。いつかこのような脅迫があるかもしれないと覚悟していました。というのも,日本会議の取材を通じ,運動に参加してる人たちの多くが物事を多角的にみられず,レベルが低いことをしったからです。案の定,彼らは私の言論に対して脅迫行為に出た。ただ私は筆を曲げるつもりはいっさいありません。野蛮で卑劣な言論弾圧には徹底的に抗議し続けてまいります」。

 安倍首相もマスコミ相手にしばしばブチ切れるが,政権の “黒幕” と称される日本会議も根っこは同じ。今回の事件で馬脚を現したのだ。警視庁は近く,菅野氏の被害届を受理し,捜査に乗り出すとみられている。

 注記)http://www.nikkan-gendai.com/articles/view/news/184160
    http://www.nikkan-gendai.com/articles/view/news/184160/2
    http://www.nikkan-gendai.com/articles/view/news/184160/3

 ここで,今日〔2016年6月25日〕朝刊の『日本経済新聞』6面と7面に出稿されていた雑誌(極右月刊誌)の広告紙面を紹介しておく。『朝日新聞』の今日朝刊には,まだ出ていない広告である。


 前段,『日刊ゲンダイ』の記事は最後できちんと,菅野 元を脅迫した人物は,その根っこにおいて判断すれば「日本国首相である安倍晋三」と同類だと断言している。本ブログは,2016年06月04日の記述でつぎのような主題・副題をかかげて,日本会議のことを論じてみた。リンクも張ってあるので,興味をもたれる人は,こちらさきに読んでくれるよう乞いたい。
 主題:「『古俗の祭天』を『明治の大典』にすり替えた明治期発祥の国家神道と皇室神道が抑圧してきた教派神道・民俗神道-過ちを繰りかえす日本会議の『国家神道』観」
 副題1: 日本会議の時代錯誤と無知蒙昧,デッチ上げられた明治帝政時代を郷愁する宗教的反動性に,宗教本来の真意義はみいだせない

 副題:2 日本の古きよき伝統を破壊する日本会議,その明治帝国主義風の幻想的な国家神道路線は時代錯誤であり,百害あって一利なし
 副題:3 皇室にのっとられた「伊勢神宮」,日本国内のみならずアジアの人びとにまで宗教対立をもちこんだ「日本の神社」

 副題:4 古代史風の大型古墳をわざわざ復活させた明治天皇陵,そして同じように孝明天皇陵まで造営した倒錯の「陵墓」思想

 副題:5 敗戦が撃滅させたのはその明治期帝国主義であり,それ以前における大和国ではないにもかかわらず,なぜか〈明治期だけを懐かしがる愚か者たちのエセ神道観〉は,日本古来から伝わる神道宗教ではなく,邪道・異教としての国家神道・皇室神道を妄想している。

 ② 日本会議における「本物の思想性」の不在・欠落

 日本会議が郷愁する「日本の大昔物語」は,本当の日本古代における「昔の物語」ではなく,明治帝政時代に捏造されたそれのことでしかない。
日本古来の伝統も歴史もよく理解しない(しりもしない)で,「明治に創られた幻想の:伝統らしき偶像」に倒錯的にこだわる単純極右の思想対象,というよりは,きわめて素朴な考えの持主たちが抱いているその想像物である。
この人たちに真正面からまともな議論を期待しても,当初より無理難題であるとみるほかない。

 おまけに,その代表格である安倍晋三のふだんにおける態度・発言などを観察していれば,なおさらそうであると断言するほかなくなるような「明瞭な実例」を,われわれはすでに存分にみせつけられている。
2016年7月10日に実施される参議院選挙では,安倍晋三政権とこれに融和的な雑党の当選者が一緒になれば,衆参両院で改憲に必要な議員勢力を確保する線までをうかがう様子であると,6月23日の各紙朝刊がそろって報道していた。

 菅原 元のこの本『日本会議の研究』は2016年5月1日が発売日であったが,Amazon のブックレビュー欄にはすでに100件を超える批評が投稿されている。
このなかから,本日:2016年6月23日に投稿された,それも★を5つ付けていた感想文から,そのひとつに聞いてみたい。


◇ 大日本帝国に憧れる安倍政権 ◇ =投稿者ウィンドサーフィン=


 特定機密保護法や安保法制にみる憲法解釈の歪曲,メディアへの言論弾圧など,かねてから安倍政権の政策や手法に不安を感じていましたが,なぜそのような行動をとるのかの答えを本書は示しています。

 このような内閣を生み出し てしまったのは,低すぎる投票率と政治への無関心であったと一国民として反省しています。安倍内閣の誕生によって日本は確実に悪い方向に向かっていると思います。
 経済政策の失敗のみならず,憲法を解釈の変更によって骨抜きにしようとする態度は,戦前の陸軍の態度となんら変わるところはありません。

 日本会議は明確に大日本帝国憲法の復活を望んでおり,そのような組織に内閣メンバーの8割もの人間が所属していることは恐怖としかいいようがありません。この本が安倍内閣や日本会議の圧力によって絶版にならないことを祈っています。

 ③ 日本会議を考えるためのいくつかの材料

『週刊金曜日』2016年5月27日(1089)号は,特集「日本会議-『戦後憲法』を敵視する保守運動-」を編んでいた。この「右派の統一戦線としての日本会議」を特集した記事の目次・要旨は,以下のとおりである。


 ☆-1 魚住 昭「日本会議-復古主義だけではない 現実の怖さとは」
 近年,国内外で日本最大の右派運動団体とされる日本会議が注目されている。「安倍政権の黒幕」「日本を支配」といった評価も目立つ。だが,誰がその内部を動かしているのか,どのような経過で生まれてきたのかといった点についてはあまりしられてはいない。その実像を追う。

 ☆-2 「一水会元顧問・鈴木邦男氏に聞く-左翼との闘いが日本会議の核をつくった」 鈴木邦男氏はかつて生長の家信者で,全国学協の初代委員長だった。その経験から,日本会議の誕生に至る経過と,内部事情を語る。生長の家が政治から手を引かなければ,日本会議は生まれなかった。

 ☆-3 能川元一「『反米』か? 『東京裁判史観』批判の荒唐無稽-幼稚な陰謀論と歴史修正主義」
日本会議の代表的な論客の1人,高橋史朗氏。戦後になって戦争を反省したのは「占領軍の洗脳」のためだという。こんな「理論家」が幅を利かせているのが日本会議なのだ。
 ☆-4 「本当の神道の姿を説く三輪隆裕宮司インタビュー -明治時代の天皇崇拝は神道の長い歴史では特殊」
 日本会議は,「伝統」こそがあらゆる価値の中心とみなす。改憲も,「現行憲法は日本の伝統に合わない」からという。だがその「伝統」とは,神道では異端である明治時代の国家神道なのだ。

 補注)なおこの三輪隆裕の見解については,前掲,本ブログ2016年06月04日の記述のなかで,『週刊金曜日』のこの記事からではなく,三輪のブログから直接引用するかたちで,その主旨を紹介してある。日本会議の宗教「的」な思想が,いかに日本伝統でもなんでもない,あくまも明治帝国主義の時代に淵源を求めるとすればそうできる「近代の奇形宗教」であり,しかも宗教とはいいえないようなエセ宗教の立場にあることが理解できるはずである。

 ☆-5 「図解,日本会議を生んだ右派宗教の潮流-神社本庁,生長の家からはじまる反憲法運動70年」(成澤宗男・週刊金曜日編集部)
 近年,注目を集めている日本会議。だが,1997年5月に結成されるはるか以前から,全国の大半の神社が加盟する神社本庁,及び生長の家を筆頭とした新興宗教の運動が,そこへと至る伏流として形成されていた事実がある。戦後のこれら右派宗教勢力の動向を知ることなしに,日本会議の本質は理解できないだろう。(これは『週刊金曜日』22・23頁)

 
 ④ 時代錯誤・支離滅裂-過去の幽霊が徘徊するこの日本国土-

※「生長の家『与党支持せず』…宗教と政治,うつろう関係」※ (『朝日新聞』2016年6月16日朝刊)

 来〔6〕月の参院選を前に,宗教法人「生長の家」は与党とその候補者を支持しない方針を発表した。安保法制などに反対する姿は,1980年代前半までのナショナリズム路線とは大違いだ。なぜ宗教が政治に関わる姿勢を変えることがあるのだろうか。

 山梨県北西部,八ケ岳山麓に広がる北杜(ほくと)市の山林のなかに,生長の家の国内外の拠点を束ねる本部はある。3年前,本部機能を東京・原宿から移した。ログハウス風の施設のすべての屋根には,太陽光を利用した発電と集熱のパネル。宗教的理念に基づく独自のエコロジー路線を歩んでいる。元信徒らが,改憲運動を進める「日本会議」の中枢に。そんな文脈で生長の家は注目されている。だが,教団はかつてとは様変わりだ。

出所)画像は谷口雅宣
http://blog.livedoor.jp/seimeinojissoh/archives/11031807.html
  生長の家は30年に立教された新宗教で,国内の信徒数は公称52万人。創始者の谷口雅春氏は戦後,「反左翼」の運動を進めて1964年には生長の家政治連合(生政連)を結成した。「屈辱の現憲法を排し明治憲法復元の立場を明らかにしましょう」とスローガンにかかげた。

 だが,しだいにゆきづまり,1983年に生政連の活動は停止する。「政治が前に出て宗教は後ろ,と主従が逆転してしまっていた。その弊害を反省し,宗教に専念していったのです」と広報担当者は振り返る。

 谷口雅宣(まさのぶ)現総裁は自著で,宗教は不変の「真理」という中心と「それを伝える手段・方法」である周縁の二層構造だとし,周縁は変わりうると論じている。教団が6月9日に発表した方針では,時間をかけて歴史認識などの間違いを正し,「時代の変化や要請に応えながら」運動の方法を変えてきたと説明。「立憲主義を軽視」する安倍政権への反対を唱えた。

 宗教が政治的な路線を変える理由はさまざまだ。カトリック教会は「開かれた教会」をモットーとする第2バチカン公会議を1962~1965年に開いたのが転機となった。二つの大戦で無力だった反省などを背景に,宗教間の和解や国家間の紛争・対立の仲介に積極的にかかわるようになった。

 創価学会が支持する公明党は1970年代,一時的ながら「日米安保の即時廃棄」を打ち出したこともある。やがて現実主義に傾き,1999年には自自公連立政権にくわわった。昨〔2015〕年の安保法制が成立するまでの過程でも,創価学会は公明党を支えた。反対に,1990年代まで自民党を中心に支援してきた立正佼成会は,自自公政権以降は自民党と距離を置き始める。来〔7〕月の参院選比例区では民進党の2人を推薦する。

 宗教と政治のかかわりを研究する国学院大学の塚田穂高助教はこう話す。「伝統宗教の場合でもその教えにもとづき,戦争協力にも平和路線にも向かう。新宗教でも,ときの指導層が創始者の世界観の一部をよりどころに以前とは別の路線をとる可能性はつねにある」。
 ただし,そのときに重要なのは「寛容さ」と「個の自律」だと指摘する。路線変更が内外の異論の排撃につながっていないかが問われるべきだという。「教団宗教の多くは停滞・縮小傾向にあり,1人ひとりのかかわり方にも濃淡がある。教団が政治的方針を示し,無理に従わせようというのは時代錯誤的。社会の側も『宗教団体は一枚岩』といった固定的なイメージを問いなおす必要がある」(磯村健太郎)。

 --この記事は「生長の家」に関する最新の動向を紹介している。日本会議との関係がとりざたされるほかないこの宗教団体を,あらためてしってもらうための記事であった。

 ⑤ 日本会議研究に関する3編連続の「解説的な記事 」

 1)「〈日本会議研究〉憲法編:上 改憲へ,安倍政権と蜜月」(『朝日新聞』2016年3月23日朝刊) 2016年6月13日,東京・高輪のホテル。安倍晋三首相は自民党大会の後,参院選の立候補予定者への公認証交付を終えると,同じホテル内の宴会場に姿をみせた。新憲法制定をかかげる「日本会議」の地方議員連盟の総会だ。約160人が集った非公開の会合に,首相は15分とどまった。複数の出席者によると,あいさつで憲法改正への決意と国民投票に向けた世論喚起の重要性を強調し,「憲法改正は党是だ」と語った。

 a) 会合,異例の配慮 --3月に入り,首相は憲法改正に積極的な国会答弁を繰り返していた。ところが党大会の20分のあいさつでは一言も触れず,「参院選前に拳を振りあげる必要はない」(自民党参院幹部)とする党内や公明党を意識したものと映った。その数時間後,一運動団体の非公開の会合で首相がみせた異例の配慮。

 日本会議によると,第2次安倍政権の発足後,首相が日本会議の公式行事に出席するのは初めてだった。首相,正副官房長官,閣僚,首相補佐官,衆参両院議長,自民党役員,派閥領袖。「部外秘」とある《日本会議国会議員懇談会の名簿》(昨〔2015〕年9月15日現在)には,政府・自民党幹部の氏名が並ぶ。首相が特別顧問を務め,当時の会員281人のうち246人を自民党が占める。衆院の6割,参院の5割が属する。

※参考画像※
出所)http://matome.naver.jp/odai/2143424055925855801/2143428925280965603
http://hbol.jp/25122/takahagiin

 これまでも島村宜伸氏,麻生太郎氏と自民党の大物議員が会長を務めたが,いまほど日本会議が政権中枢と接近し,注目された時代はなかった。「彼らは高揚感のなかにある」と同党の閣僚経験者はいう。

 政権との蜜月を背景に,日本会議の田久保忠衛会長は昨〔2015〕年11月の講演で「われわれが安倍さんについていくのではなく,先兵になったらどうか。明治維新も下級武士がやった」と述べ,憲法改正の牽引役を務める自負を示した。今〔2016〕年2月,憲法改正を訴える集会では,ジャーナリストの櫻井よしこ氏が「こんな憲法,破り捨てようではありませんか!」と呼びかけた。
 補注)「明治維新も下級武士」を譬えにもちだすところからして「?」である。明治維新へのこだわりがあるらしいが,明治志向の人びとの頭で想像しうるのは,この程度の比喩しかないのか?

 日本会議は1997年,新憲法の提唱や新しい日本史教科書づくりにとり組んだ「日本を守る国民会議」(1981年発足)などが統合してできた。事務局の中枢を担うのは,1960年代後半に全共闘などの学生運動に対抗した椛島有三事務総長ら,当時は反共的な主張をしていた宗教団体「生長の家」の出身者だ。多数の協力団体があり,会員は約3万8千人。国旗国歌法の制定や教育基本法の改正を推進し,夫婦別姓や外国人参政権には反対してきた。

 補注)簡単に一言。「国旗国歌法の制定や教育基本法の改正を推進し,夫婦別姓や外国人参政権には反対」すれば,日本がいい国になれるというのは,完全に妄想である。

 そもそも,国旗国歌法は強制力がない法律であるのにこれを強制し,夫婦別姓に反対するのは家族の絆が保てないなどと妄想し,外国人参政権に対しては極端に恐怖している。それほど日本の伝統はかよわいものでしかなかったのか?

 日本社会のあらゆる方面において, “日本相撲協会「化」する現象” が発生する事態が,それほど怖いのか? それほどまで,自分の国に自信がもてない連中が日本会議には集まっているのか?

 b) 首相支える存在 --一方の首相は1993年に自民党初の下野を体験した。河野洋平総裁のもと,結党以来の党是である「自主憲法制定」の見直しが検討されると,学生時代に生長の家で活動していた衛藤晟一衆院議員(当時)らと反対。

 1996年,衛藤氏らとの共著で「心を込めた保守による『革命』を提唱したい」と書いた。1997年にすべての中学歴史教科書に「慰安婦」に関する記述が載ることになると,故・中川昭一氏,衛藤氏と「日本の前途と歴史教育を考える若手議員の会」を立ちあげた。

 補注)従軍慰安婦問題を「臭いモノにはふた」のやり方で封印しておかないと,「心を込めた保守による革命(?)」ができないかのように妄想する感覚そのものが,低劣な思考方式である。こういうことを主張する人びとは,自国の矜持に関してやはり自信をもてないでいるのか? 従軍慰安婦問題などひとまず認めてからのほうが,より「心を込めた保守による革命(!)」も達成できるのではないか? ただし,以上の話題のなかでは,革命ということばが不適切に安売りされている。 

 首相とともに歩み,いま補佐官として首相を支える衛藤氏は2014年10月,「美しい日本の憲法をつくる国民の会」の設立総会で,1990年代を振りかえりつつ述べた。「安倍内閣は憲法改正の最終目標のため,みんなの力をえて成立したといっても過言ではない」。衛藤氏が語りかけた国民の会を主導する団体こそ,日本会議だった。

 安倍政権の足元で,政権と響きあうように運動を展開する日本会議。その実像を追う。〔この〕憲法編は全3回。

 2)「〈日本会議研究〉)憲法編:中 国民投票へ,賛同拡大運動」(『朝日新聞』2016年3月24日朝刊)

 初詣客でにぎわう年始,東京都杉並区の大宮八幡宮の境内。日本会議が主導する「美しい日本の憲法をつくる国民の会」のポスターが貼られ,「賛同署名」の用紙が置かれていた。東京都神社庁は憲法改正の推進宣言をホームページにかかげる。神社本庁の田中恒清総長は日本会議の副会長で,国民の会の代表発起人の1人でもある。

 a)「1千万人」名簿 --国民の会は「現在の憲法は『占領憲法』だ」として,前文に伝統文化を書きこむことや,天皇を元首と明記することなどを主張する(パンフレットから)。活動の柱が「1千万賛同者拡大運動」。
みすえるのは,国会で憲法改正が発議されたあとの国民投票だ。
 補注)現憲法が占領憲法だと断定するのであれば,明治憲法は天皇の神格性を前面に出して,人民(臣民)に一方的に押しつけていた憲法だったゆえ,「ふつうの国」に常識である民主主義の観点から観れば,ことのほか「もっともタチの悪い憲法」であった。
 自由民権運動を弾圧・破砕したうえでの「天皇は神聖にして冒すべからず」を中心に置いた,まさしく半封建制的の形成不全の,まったきの未熟憲法であった。この程度の,憲法に関する歴史さえしらないで,そのように叫んでいるとしたら,ただ単純に「歴史への無知」をみずからさらけ出しているだけのことである。

 投票数を6千万と設定。1千万人に2人ずつ声かけをしてもらうことで,過半数をうかがうが,日本会議幹部は「組織力がなければ,憲法改正に反対する『九条の会』などの運動に対抗できない」と話す。国民の会の内部資料には「1千万人の名簿をもって,国民投票の際には,家庭訪問・電話作戦によって全国一斉に行動を開始する」とある。今月末の達成をめざす「1千万」の内訳はどうなっているのか。

 「議員21万,神社5万の確約数」「神社4万,隊友会1万の確約数」……。「部外秘」と書かれた昨〔2015〕年10月の「賛同者拡大事務局通信」では,複数の県の報告のなかに「確約数」との記述がある。日本会議の村主真人広報部長によると,いまは確約数という用語は使っていないが,国民投票に向けて「団体や個人が名簿の提出を約束した数も含めている」という。

 集計の仕方はさまざまだ。日本会議国会議員懇談会の幹部の秘書は確約数について「協力団体が機関決定した数も合算している」と説明。東日本の「県民の会」の幹部は「会員の地方議員は,1人数百として自動的にカウントしている」。また,別の日本会議関係者は「氏名の重複は精査していない」とする。

 わかりやすい言葉で浸透を図ろうと,憲法改正集会では著名人も講師を務める。元力士の舞の海秀平氏は昨〔2015〕年10月の講演で「日本人力士は相手も真っ向勝負でくると信じてぶつかるから負ける。『諸国民の公正と信義に信頼して』という憲法前文と同じことが相撲界でも起きている」と訴えた。今〔2016〕年2月からは作家の百田尚樹氏が総指揮を執った「憲法改正ドキュメンタリー」も上映する。

 補注)舞の海修平は,最近「横綱白鵬をとらえて〈力が落ちてきた〉と」発言したことがあった。どうも,外国人力士が現状のように活躍しつづけている事情に関しては,なにか困ることがあるのだとでもいいたげな語感が出ていた。ただし,白鵬に関するこの発言は,その後もこの横綱が優勝していることによって,軽はずみな妄言となっていた。

 ※ 2015年各場所の優勝力士⇒「白鵬・白鵬・照ノ富士・白鵬・鶴竜・日馬富士」
    (このあたり〔 ↓ 〕で舞の海が以上のごとき要らぬ発言をした)
 ※ 2016年各場所の優勝力士⇒「琴奨菊・白鵬・白鵬」

 b) 議会では意見書 --これらと並行して,日本会議は2014年から,全国の地方議会で「憲法改正の早期実現を求める意見書」の採択を推し進める。「33都府県議会,つまり70%の地方議会で,憲法の早期改正をという意見書が採択された。国民の間でも議論が広がりつつある」。今月,国会議員懇談会の憲法改正プロジェクトチームで,山谷えり子・前拉致問題相は採択数を国民的な議論の広がりだと紹介した。

 地方議会の議決を重ねることで,憲法改正の機運を高め,国会議員に対して発議を迫る。「地方から中央へと攻め上がる手法は,1970年代の元号法制化運動で成功を収めた」と村上正邦・元自民党参院議員会長は振り返る。

 戦後,憲法の施行で旧皇室典範が廃止され,元号の法的根拠が失われた。これをとり戻そうと,村上氏らは各地に組織をつくり,地方議会決議運動で1979年の元号法成立につなげた。村上氏は日本会議の結成に大きくかかわった人物で,「生長の家政治連合」の出身だ。
 国民の会は昨〔2015〕年11月,47都道府県すべてに地方組織をつくり終えた。

 3)「〈日本会議研究〉憲法編:下 家族尊重,条文明記を主張」(『朝日新聞』2016年3月25日朝刊)

 親が子を虐待したり,子が親を殺してしまうといった痛ましい事件も後を絶たない。原因はさまざまだが,憲法に問題はないか。ナレーションに続き,百地 章・日本大学教授が「いまこそ憲法に家族の保護を明記し,家族の強い絆をとり戻す必要がある」と訴える。直後,百地氏が

「3世代7人の大家族」と紹介した「サザエさん」一家の銅像の映像に切り替わる。「美しい日本の憲法をつくる国民の会」が上映する「憲法改正ドキュメンタリー」の一コマだ。

 補注)いまどき「3世代7人の大家族」と紹介した『サザエさん』一家」の「模範型(理想型)」が「なければいけない」と想像できる神経からして,根本的にどうかしている。「婚姻(結婚)しない」,あるいは「できない」人たちが,なぜ急増しているかの原因も理解していない反動的な憲法学者がのたもうた意見である。

出所)2015年5月30日,札幌パークホテルにおいて開催された「櫻井よしこさん講演会」(主催;日本会議北海道本部)の風景,
http://www.nipponkaigi-hokkaido.org/info/20150625b.html

 いまどき,3世代家族という理想像(?)が,美しい国:日本の必須条件になるとでもいうのか? いかにも,家族社会学的な現状認識などいっさい踏まえない, つまり,現実の様相とは無縁のままに「おめでたい空想」だけが,勝手気ままに飛びまわっている。
 経済的収入が低い夫婦の場合,子どもがほしくても儲けられない状況を余儀なくされている。というよりその前に,結婚すらできない状況にもある若者たち(そしてすでに中年)も多くいる。
 むろん,以上の例は,仕事があっても非正規労働者の場合が多い。しかも,その以前においてそもそも,仕事がえられなくて失業中である若者たちも大勢いる。

◇ 「〈ココハツ〉『恋人なし』は自己責任?」◇
=本日〔2016年6月25日〕『朝日新聞』夕刊の解説記事=

 
注記)雨宮処凛・萱野稔人・赤木智弘・阿部彩・池上正樹・ほか
『下流中年- 一億総貧困化の行方-』SBクリエイティブ,2016年4月。
藤田孝典『下流老人-一億総老後崩壊の衝撃-』朝日新聞出版,2015年6月。

 あるいは,非正規労働者であり年収が低いがために,結婚相手を探すことに関してすらその気にもなれず,初めから問題外という心境に追いやられている人たちも多数いる。こういう現状のなかで「戦前風を志向するような,それも家族主義をやたら美しく郷愁するような旧態依然の家庭像」が夢想されている。空想(追想)ばかりである。このような「現実に足の着いていない」作り話は,いいかげん,ほどほどにしたほうがよい。
 考えてもみよ。なにゆえ 「3世代7人の大家族」と紹介した「サザエさん」一家が銅像になっているのか,この事実の意味がまだ分からないのか? いまでは,銅像でしか観られにくいような家族・世帯のかたちがこの3世代大家族「像」でもある。少なくとも,現在における日本社会のなかでは代表的な家族の態様ではない。もちろん,この家族形態が存在していないというのではなく,いつかの時代のようにどの家庭にあっても,広範によく存在していたのではないということである。

出所)http://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/k-tyosa/k-tyosa13/dl/02.pdf
安倍晋三の政治や日本会議がいかに力んでがんばったところで
このような時代における人口統計全般の諸趨勢を思う方向に変
更させようとしても無理である。時間と手間ひまかけてもこの
趨勢はそう簡単には止めることはできず至難である。いまの政
権にはとうてい無理であり,日本会議にもできない相談……。

 いまは寿命も延びて長生きの時代であるが,高齢者の孤独死が増大している。3世代家族ウンヌンの問題とはまったく別次元の方向性に向かい,すでに日本社会における家族構成の実態は大きく変質してきた。つぎの悲惨な事件は,3世代家族を一般的に想定することが,いかに無理であるかを実証する一例である。いうなれば「老父母⇒娘⇒(子どもはいない)」という家族構成も増えている,ということ。


◆ 入水心中,三女に懲役4年…さいたま地裁判決 ◆ = YOMIURI ONLINE,2016年06月24日 00時17分 =


 埼玉県深谷市で昨〔2015〕年11月,親子3人が車で利根川に入り,高齢の両親が死亡した事件で,認知症の母に対する殺人罪と父の自殺ほう助罪に問われ た三女で同市稲荷町北,無職波方敦子被告(47歳)の裁判員裁判で,さいたま地裁は23日,懲役4年(求刑・懲役8年)の判決をいい渡した。

 松原里美裁判長は「経緯や動機に酌量すべきものはあるが,主体的,積極的に犯行を行い,生命を軽視したといわざるをえない」と断じた。判決によると,波方 被告は昨年11月18日,首の病気が悪化して仕事を辞めた父の藤田慶秀さん(当時74歳)から「3人で死んでくれるか」と頼まれ,心中を決意した。
 
 この事件の場合,3世代家族ならば助かるのではなく,3世代だからこそ(実は高齢の父母をかかえた3世代家族を形成する以前の段階において,その中間に居る2世代目が介護などで苦労しているが,これが現在ではすでに大きな社会問題になっている),起きた事件ではないか。

 もちろん以上の話題においては,この父母(3世代)の子どもたち(2世代)がさらに結婚して実際に家庭をもっているのか,くわえてまた孫(1世代)がいる世帯なのかどうかは不詳である。報道で読むかぎり,そのあたりの事情の関連は,ほとんど伝わってこなかった事件の内容である。この記事からはその程度に判断しておくほかない。

 a) 論文で24条批判 --憲法改正の議論では9条や緊急事態条項が注目されがちだが,日本会議は「家族保護条項」も重視する。日本会議が2013年11月にまとめた憲法改正の「3カ年構想」。それを記した内部文書には「軍事力増強」「緊急事態条項」と並んで「家族保護条項」が挙がっている。
 「いまの憲法は『家族』よりも『個人』のほうが重い」。百地氏が監修し,日本会議が運動への活用を勧めるブックレット「女子の集まる 憲法おしゃべりカフェ」にも,そうある。「家族の絆をとり戻す」のに,なぜ憲法改正なのか。

 日本会議政策委員の伊藤哲夫氏が代表の「日本政策研究センター」。機関誌での提言をまとめた書籍のなかに「いま,なぜ家族尊重条項が必要なのか」(2012年6月号)と題した論文がある。同年4月の自民党憲法改正草案は,両性の合意のみで結婚できるとする現行の24条を変更。さらに「家族は,互いに助け合わなければならない」などとする条項を追加した。

 補注)われわれは「家族は,互いに助け合わなければならない」などと,他人からいわれたくないし,ましてや憲法に定めておくような条項(要求)に関係する価値観の問題でもない。戦前の家族主義は,個人・人格そのものを否定・軽視する社会価値観であった。日本会議には,個人じたいのあり方について否定的な考えがあり,しかもこれに異様にこだわっている。このところには政治思想的に偏執した姿勢が控えている。

 論文は草案を評価し「戦後の日本社会には24条などに依拠して,極端な個人主義・男女平等イデオロギーが浸透した」と強調。「24条に盛られた『家族解体』の毒が猛威をふるっている現在,家族尊重条項の新設は,時代の要請といえるのではないか」と指摘した。

 注記)「極端な個人主義・男女平等イデオロギー」とは,いったい,なにを意味させたいのか? 戦前は個人主義はまったくなかったのか? というよりは個人本意に振る舞う人間はいなかったのか?

 ましてや,男女平等が「いけない」みたいな発想になると,男女差別の発想である以上に,もうほとんど「狂気の世界観」にまで到達している。「家族解体」の毒などいった奇怪な表現が使われているが,いまでは「解体するための家族」そのものをもたない人のほうも多い。このへんの家族観に関しては,憲法がとやかくあれこれいうような問題ではない。そもそもそれが,現代日本社会における家・家族をめぐる重要な論点ではない。

 一方,安倍晋三首相は野党時代の2010年に出版された,日本会議役員も務める高橋史朗氏の対談集で「子育ての社会化は,『個人の家族からの解放』というイデオロギーを背景とした考え方」とし,「ポル・ポトが実行し,非常にすさんだ社会が生まれました」と批判した。

 補注)ポル・ポトを引き合いに出すところなどは,ほとんど理解不能な発想としか受けとりようがない。現に,日本社会はすでに,さらにどんどんすさんでいく兆候をみせている。いうなれば「アベノミクスのおかげ」もあって,その速度を速めてもいる。こういうふうにいわねばならない関連の事情が,いまの社会状況のなかでは間違いなく存在している。

 日本政策研究センターの主張は,首相の考え方と重なりあう。代表の伊藤氏と首相をつないだ存在が,衛藤晟一首相補佐官だ。

 b) 首相のブレーン --衛藤氏の議員会館の部屋には首相の父・晋太郎氏の写真が飾られている。1986年の衆院選で落選した衛藤氏は晋太郎氏らに支えられ,1990年に初当選を果たす。関係者によると,翌年晋太郎氏が死去すると,衛藤氏は「自分のもっているすべてを晋三氏に伝え,首相にする」と誓ったという。

 その衛藤氏が19960年代,冷戦下で反共的な主張をしていたころの宗教団体「生長の家」でともに活動したのが伊藤氏だった。「衛藤が政治家になってからは,伊藤が政策的な支柱となった。伊藤の政策が,衛藤を介して首相に伝わるのは必然だった」(衛藤氏周辺)。日本会議政策委員の伊藤氏は,いまでは首相のブレーンとしてしられる。

 衛藤,伊藤,日本会議事務総長の椛島有三にくわえ,百地,高橋の5氏。関係者の証言などによると,首相を支える5人はいずれも学生時代に生長の家で活動していた。

 《諸悪は悉(ことごと)く,占領憲法の各条項が,日本国家を(略)愛国心の剿滅(そうめつ)と,家庭破壊と,性頽廃(たいはい)とにより,やがては自滅の道をたどらざるを得ないように意図して起草されたるその目的の漸進的病毒の進行というほかはない》。生長の家創始者の谷口雅春氏は1972年の著書「諸悪の因 現憲法」に記している。

 この生長の家と日本会議の関係は,すでに前者から離縁状(回状)が出されており,後者を宗教的に指示する意向がないと断わられている。
 補注)生長の家と日本会議の関係は,すでに絶縁しているとのこと。

 ⑥「IMFにダメ押しされたアベノミクス失敗の衝撃」 (『天木直人の BLoG』2016年6月21日)

 IMF(国際通貨基金)が昨日6月20日,対日審査報告書を公表したらしい。そのことを今日6月21日の一部の新聞が,小さく報じている。しかし,そのニュースは衝撃的だ。この報告書はIMFが年に1回発表する各国の経済評価である。そこになにが書かれていたか。ズバリ,安倍政権がめざす経済成長や財政健全化は,現状のままでは「期限までに達成困難」と断言したのだ。

 かつて私が経済協力を〔外務省で〕担当していたとき,IMFの国別評価はその国の援助政策を決めるうえでの絶対的権威だった。いまでも,IMFの見解は,世銀の見解と並んで世界経済分析の絶対的権威に変わりはない。そのIMFに,アベノミクスは失敗に終わったと決めつけられたのだ。

 おりしも日本は明日から参院選に突入する。そして参院選の最大のテーマはアベノミクスの評価だ。その評価は与野党で正面から対立している。そんななか,このIMF報告書の公表は,安倍首相を窮地に追いこむことになる。野党に格好の攻撃材料を与えることになる。

 それにしても財務省はなにをボヤボヤしていたのだろうか。財務省はIMFの副総裁や理事に幹部を送りこんでいるはずだ。対日審査報告書の草案は事前に入手しているはずだ。書きなおさせることは不可能,不適切であるにしても,その公表タイミングは,せめて2週間ほど送らせてくれ,選挙後にしてくれと,注文をつけられたはずだ。

 財務官僚の単なる怠慢か,それとも消費税増税を二度にわたって延期されたことへの意趣返しか。いずれにしても,いまごろ財務省は安倍首相に大目玉をくらっているに違いない
 注記)http://天木直人.com/2016/06/21/post-4785/

 --こういう類いの安倍晋三政権を支持するのが,日本会議という右派団体である。ところが,この会員には,その「安倍内閣の主要閣僚の約8割が関連団体に名を連ねる」というのだから,冗談以前に,薄ら寒くなる日本政治の風景が目前に広がっている。しかし,選挙制度の問題(欠陥)はあれ,このような安倍晋三風にダメ政権を作らせているのは有権者側における選挙行動であり,こちら側における責任も重大である。

 以上は,経済面からみた日本政治の問題関連に関する現状認識であった。つぎは,政治面からアベノミクスを評価するための材料をとりあげる。昨日〔6月24日〕中には,つぎの大ニュースが報道されていた。以下は,日本会議という政治団体が,日本の政治社会のなかでどのような位置に居るのかを考えるための記述である。

 ⑦「反グローバリズム起点になる英国民EU離脱決定」 (『植草一秀の「知られざる真実」』2016年6月24日)

 英国の主権者がEU離脱を決断した。僅差での決定であるが,民主主義のルールは討論の末に多数決で決定するというものである。僅差でも決定は決定である。参院選でも僅差になる選挙区が多数出現する。このときの一票の重みは計り知れない。必らず選挙にいって投票しなければならない。
 補注)選挙にいくのが義務であり,投票にいかないと罰金する課せられる国もあるが,日本はそういう制度ではない。

 英国のEU離脱は「グローバリズムの退潮の始まり」を意味する。「グローバリズム」とは,強欲巨大資本が世界市場から収奪し尽くすためのスローガンである。「グローバリズム」によって利益をえるのは強欲巨大資本であって,市民は被害者になる。「商品を安価に入手できる」ことで市民は騙されてしまいやすいが,商品を安く入手できる」背後に,資本による市民=労働者からの収奪=搾取がある。「商品を安く入手できる」市民自身が搾取の対象になることを忘れてはならない。

 英国のEU離脱を決定したのは,英国の主権者である。この問題の論議に際して,残留を主張していた中心は資本家である。資本の利益を追求する者がEU残留を求めた。しかし,英国の主権者はEUからの離脱を求めた。EU離脱を求める理由として「移民の増加」が例示され,「移民の増加を嫌うEU離脱派は外国人排斥派である」とのレッテル貼りが横行した。これは,グローバリズムを推進する強欲巨大資本による情報操作である。

 EU離脱の根本精神には「自国のことは自国の主権者が決める」という民族自決の原則の尊重がある。第2次大戦後に世界中で広がった国家の独立は「自国のことは自国の主権者が決める」というものだった。この考え方が正当に,そして当然の主張として表面化しているに過ぎない。EU離脱派が「他国人排斥者」であると決めつけるのはあまりにも短絡的である。

 安倍政権が国民を欺いて参加しようとしているTPPは,「日本のことを日本の主権者が決められなくなる条約」である。TPPがもたらすものは「日本のことを強欲巨大資本=多国籍企業が決める」という,多国籍企業主権体制である。日本の主権者が賢明であるなら,こんな国家主権,国民主権を放棄する条約に加入するなどという選択はありえない。

 欧州ではこれから,ギリシャのユーロ離脱,南欧諸国のユーロ離脱などの動きが活発化するだろう。デンマークやオランダでも,自国の独立を重視する主張が勢いを増すことになる。英国のEU離脱は,多国籍企業=強欲巨大資本による政界制覇戦略に対する,主権者の反攻の開始を意味するきわめて意義深い決定である。

 世界は大資本のために存在しているのではない。世界は,世界に生きる,それぞれの地域の,それぞれの人びとのために存在する。それぞれの地域の人びとが,それぞれの地域のことを,自分たちで決めようとするのは当然のことだ。多国籍企業が世界を支配する正当性など,どこにも存在しない。
 注記)http://uekusak.cocolog-nifty.com/blog/2016/06/post-9c1b.html

 このような,植草一秀の「英国のEU離脱決定」に関したる論評は,これをひっくりかえして解釈しておく余地もある。つまり,「日米安保関連法」という国際政治体制の核心・要点をより正確にとらえていえば,米日軍事同盟下における「日本側の対米従属問題」がある。この軍事同盟の上下従属関係が,政治経済面における両国の関係のあり方も,否応なしに規定している。このことは,いうまでもない,ある種の「当然である両国間関係」を意味する。
 出所)右側画像は,http://minnie111.blog40.fc2.com/blog-entry-339.html

 安倍晋三は,母方の祖父が考えていた以上にりっぱな,アメリカ依存・従属の日本軍事体制国家を作ってしまった。当人は大いに得意なつもりらしい。以前までは主に自民党政権が,憲法9条との微妙な均衡をとりながら,対米従属国であるこの日本国の相対的な自主性を必死になって守り,確保する努力をしてきた。ところが,その蓄積を,いまのこの「傲慢で幼稚」「暗愚で無恥」「驕傲で無恥」なこの国の首相が,ほんの一瞬でぶち壊した。

 英国はEU離脱を決定したけれども,これとはまた違った,もっとむずかしい政治・経済問題を非常に多くかかえる日米安保条約・日米地位協定を,日本がまともに破棄できるかといえば,いまのところその期待は「絶望的であり・ありえない」といっても間違いはない。ジャパン・ハンドラーズのいいなりになっている。

出所)http://blog.goo.ne.jp/raymiyatake/e/309dd5f2095a7c8effa39f514d50d2bb

 たとえば,そのメンバーの1人リチャード・アーミテージは,安倍晋三のことを,アメリカの要求どおりに日本がなんでも軍事面の「協力ができる国家体制を創っている」日本の極右政治家なので,「とてもいい子」だと褒められていた(2016年6月3~5日「富士山会合」に関してアーミテージはそういう発言をしていた)。
この安倍晋三君を支援するというよりは,この自民党政権の中枢部に政治思想的な影響を与えているのが「日本会議」である。

 この会議は本当に「この日本・国を愛する者たち」が組織している宗教団体的な政治組織といえるのか?
結局「懐疑」的に観られるほかない人たちが集まっている。「日本を大事する」〔はずの〕自民党政権が「アメリカに自国の大事を任せる」ような基本の政治姿勢は,トンデモ風のもっとも悪しき見本である。

出所)http://woman.mynavi.jp/article/140918-42/

 アメリカに急所を完全に握られている自民党政府が,それでいて,そのアメリカから完全に「自立(独立?)」しなければ,とうてい実現できないような政治目的--「ふつうの国」「美しい国」「戦後レジームからの脱却」など--をかかげている。
だから,この光景は,ほとんど「99%以上はマンガ的に・コッケイに映る」「現状のごとき対米従属関係」のなかで,ただひたすら「畸型の構図」を提供しているだけである。

 補注)安倍晋三による国内政治(内政)の実績はといえば,「戦後レジームからの脱却」などではけっしてなく,ただ単にその深化・定着を促進させることにしかなっていない。
当人のいいぶん(主張)とはまったく真逆の方向に,この国を突きすすませているのである。これでは完全に愚かな治世だと形容するほかない。
いまの日本政治においては,主演者自身が笑劇的な演技を,悲劇的にもおおまじめに披露している最中である。

出所)東京都の警察組織「警視庁」の夜景,
http://www.yakei-kabegami.com/cgi-bin/kabegami/10282.html

 自民党を支持し応援する日本会議の「正会員を名のる人物」が,日本会議の事実を世間に教え広める著作を公刊した著者:菅野 完に向けて,留守電に「おいテメー。ぶっ殺すゾ,この野郎」との脅迫を繰り出す。たいした国である。気に入らない奴は「殺せ!」「殺してやる!!」という伝言(脅し)を放っている。さあ,被害届けを受けたはずの警視庁(東京管区の警察組織)はどう対応するか?
【出典】社会科学者の随想 2016年06月25日

出典:社会科学者の随想 2016年06月25日

安倍晋三,総理大臣としての品位・品格, この適格性に関する決定的な欠乏症
『朝日新聞』2016年6月23日朝刊オピニオン安倍晋三風刺画
出所)『朝日新聞』2016年6月23日朝刊。

安倍晋三,総理大臣としての品位・品格,この適格性に関する 決定的な欠乏症  (出典) 社会科学者の随想 2016年06月23日

【安倍晋三の「傲慢と幼稚」を実証しつつある最近の政治における諸兆候】
【大人になれなかった子どもがこの国の首相をやっている遊園地的な惨状】


【対米追随では,アメリカにいいようにあしらわれている安倍晋三だが,当人の意識ではりっぱに1人前……】

 ①「首相の『経済論戦』すり替えの自慢話通用しない」というまっとうな批判(『しんぶん赤旗』2016年6月19日から)
 2016年6月22日公示される〔された〕参院選に向け安倍晋三首相が各地の遊説で,「最大の争点は経済政策だ」と都合のよい数字だけ並べて「アベノミクス」を自画自賛し,「野党は経済政策がなしんぶん赤旗記号い」などの攻撃を繰り返しています。
 
 経済政策が「最大の争点」だというのは戦争法強行などへの批判をかわし,参院選で「訴える」としてきた憲法問題からも国民の目をそらそうというものですが,その経済問題でも自慢話を繰り返し,一方的に野党を攻撃するのはまともな論戦といえません。主権者・国民の審判を問う選挙戦で政権党を代表する首相がとる態度ではありません。

 a) 国民の実感とかけ離れて  「雇用が増えた」「有効求人倍率は改善した」「最低賃金も上げた」「農産物の輸出も増えた」…。安倍首相の演説はどこでも,判で押したように同じ内容です。安倍政権に都合のよい数字をつぎからつぎへと並べ立てます。聴衆の反応はいまひとつ……。それというのも,安倍首相が上げる数字に国民の実感が伴っていないからです。

 「雇用が増えた」といいますが,増えたのは賃金が低く不安定なパートなど非正規の雇用が中心です。求職者に対する求人の割合を示す有効求人倍率が「改善した」のも,求人の条件が悪く求職しない人が増えているのも反映しています。大企業は大もうけしているのに賃金が上がったという実感はなく,全国平均で時給798円の最低賃金では,1カ月働いても20万円にもなりません。環太平洋連携協定(TPP)を念頭に農産物の輸出が増えているという宣伝も,それ以上に輸入が増えていることには口をつぐんでいます。
 最近の世論調査でも「アベノミクス」で景気がよくなるかという質問に,「思わない」が62.2%で,「思う」の28.0%を大きく上回りました(『共同通信』調査,『東京新聞』6月14日付など)。いくら安倍首相が数字を並べても,実感に合わなければ不信が広がるだけです。

 各地の演説などで首相が絶対もち出さなかったのが,実質賃金が減り,消費が落ちこんでいるという数字です。勤労者世帯の実質賃金は2015年度まで5年連続の減少で5%も減っています。国内総生産の約6割を占める個人消費は2014,2015年度と2年連続のマイナスです。大企業は大もうけしても「アベノミクス」の効果が行き渡らず,消費税増税が消費を冷やしてしまっているのは明らかです。

 安倍首相はまず経済政策の失敗を認め,責任を明確にすべきです。失政の反省もしないで,戦争法強行や改憲策動を隠すために根拠のない経済政策の “成果” を振りまくのは言語道断です。破綻した「アベノミクス」を加速しても,それは破綻がひどくなるだけです。

 b) 野党の経済政策は明らか  安倍首相は野党に経済政策がないようにいいますが,「『アベノミクス』による国民生活の破壊,格差と貧困を是正する」が野党の共通政策です。日本共産党は格差をただし,経済に民主主義をと「3つのチェンジ」を訴えています。
 安倍首相が国民の暮らしの実態に目を向けず,野党の政策さえ読もうとしないで,一方的な宣伝と攻撃を繰り返すのは,まさに選挙を汚すものです。参院選でこうした安倍政権を追いつめ,野党共闘の勝利と日本共産党躍進を実現することが,ますます重要です。
 註記)http://www.jcp.or.jp/akahata/aik16/2016-06-19/2016061901_05_1.html
『東京新聞』2014年11月19日伊藤光晴1
『東京新聞』2014年11月19日伊藤光晴2
出所)http://ameblo.jp/m08068469/entry-11959748506.html

 アベノミクス登場以来,即座にこれをアホノミクスと名づけた同志社大学教授の浜 矩子は,最近ではド・アホミクスだとか,ミクスにも値しない『無ノミクス』だとまで,アベコベミクスを酷評しつづけている。日本共産党の大衆向け機関紙である『しんぶん赤旗』の安倍晋三批判は,的を射た内容になっている。

 そもそもアベノミクスは,レーガノミクスを猿まねして使用されたと思われる用語であるが,国際経済体制のなかに現実に存在する日本が,国内行政として経済政策をおこなおうとしたところで,円の為替問題も・貿易問題も,そして企業経営の生産・販売問題もすべてが海外との通商問題次元に深く関連する問題であるゆえ,いくら安倍晋三ががんばって・力んで,自分の姓が付いたミクスを名のって運営したつもりであっても,思いどおりにうまくいく保証はなかった(過去形でいっておく)。
伊東光晴表紙

 伊東藤光晴は2014年7月に『アベノミクス批判-四本の矢を折る-』(岩波書店)を公表していたが,つぎの『東京新聞』2014年11月19日への投稿にその要旨が説明されている。
 ただそれだけのことである。日本の株式市場は外国人株主の売り買い状況に大きく左右されているし,原油(先物)価格の動向においては「原発再稼働」を画策する連中の気分に対して,真っ向から大量に水を差すほどにまで低くなるなど〔一時期には1バレル;30ドルを割るまで下落した〕したり,また日本産業の空洞化がすでに広く浸透している国内経済の実態のなかで,旧来型の経済成長刺激策ではどうにも反応が鈍くて,いかんともしがたい産業体質になっている。これが,現在におけるこの国経済の不可避の特性である。
日本経済批評マンガ風刺絵画像
出所)http://matome.naver.jp/odai/2143766281587472701
一番上の安倍晋三の左腕には,import purchasing power が貧弱と〔←腕が細く描かれて〕書かれている。つぎの画像は拡大したもの。アベノミクス風刺漫画画像2
 出所)
http://matome.naver.jp/odai/2143766281587472701/214376641438811940

 それでもアベノミクスの効果が「一定限度でもあった」かのように,それもたしかな根拠もなく「狂ったように強調する」安倍晋三君である。冗談にもならないような自画自賛ぶりには呆れるだけ。「アベノポリティクスのアベノリスク」の方向性ばかりが前面にせり出ているのが,現時点にまで至った時点でより明白になっている「アホノミクスの一大特徴」であった。

 この「アベコベミクスのアベノミクス」性は,このいわば「無ノミクス」の恩恵を,それでも受けているとされる「一部の富裕層」や「一流大企業勤務の一部労働者」をのぞいて考える必要がある。こちらの社会集団は,アベノミクスとはほとんど無関係に,もとより恵まれてきている経済階層に位置してきた。したがって,安倍晋三の経済政策によってとくに大きな影響を受けているわけではな芹川洋一画像く,いままで以上に優遇されるような経済状況になっていたに過ぎない。このように解釈したほうが妥当である。
 『日本経済新聞』本日〔6月23日〕1面左側に配置されていた,論説主幹芹川洋一が「将来不安の解消こそ争点だ」と題した一文の最後で,こう述べていた。
 各党がそれぞれ主張を述べ合い,批判の応酬で席取り合戦にうつつを抜かしているだけでは,ほとんど意味のない選挙で終わってしまう。そんな余裕はわれわれには,もうないはずだ。

 しかし,こういう政治状況をわざわざ作り出した事実に関しては,安倍晋三の政治責任がもっとも大きいはずである。いったいに「ほとんど意味のない選挙で終わってしまう」わけではない。安倍晋三は改憲を狙っているのだから,これがなるかならないかが,むしろ大問題の争点である。「そんな余裕はわれわれには,もうない」と観るのが『日本経済新聞』の立場だとすれば,経済面からしか世の中がみえないこの新聞社の論説委員の〈営利知性的な政治経済的な限界〉がみえみえである。

 この『日本経済新聞』の社説はさらに,つぎのように主張している。この社説の途中に出ていた見出し文句が「空回りの『成長と分配』」,そして「痛みから逃げず改革を」の2つであった。そして,末尾の段落では「初めて18歳から投票できる今回の参院選は,将来世代に無責任なツケを残さない政治の覚悟が問われる。現在の世代の反発を恐れて難題を封印している与野党だか,もうごまかしは許されない」と述べていた。だが,結局,安倍晋三の基本的な責任は棚上げしたかのような論説でいただけない。

『朝日新聞』2016年6月23日朝刊1面画像
 
 ②「安倍首相が報ステで怒声『1分遅れたら飛行機乗れない』」(『日刊ゲンダイ』2016年6月22日から〈安倍晋三君の子供っぽさ〉について)

 情勢が気になるのか,体調がよほど悪いのか。参院選の党首討論で,安倍首相がブチ切れた。公示前日の6月21日おこなわれたテレビ朝日の「報道ステーション」の収録で,安倍首相はもち時間を無視してしゃべりまくり。

 そのくせ終了時刻が予定を約1分間オーバーすると,「時間を守ってもらわないと困る。飛行機に1分遅れただけで明日(熊本に)いけなくなる」と怒声を上げてテレ朝側に抗議したのだ。熊本で22日におこなう「第一声」に備え,大分空港に前夜入りする飛行機に間に合わないといいたかったらしいが,八つ当たりもいいところだ。

 首相動静によると,安倍首相は〔6月21日の〕午後5時2分に東京・六本木のテレ朝入り,午後5時14分に収録が始まった。テーマは憲法改正,消費増税延期,社会保障,アベノミクス。収録は約45分間だった。 討論で安倍首相は頻繁に挙手して「答えましょうか? いいですか?」と割りこみ,終始手を振りまわす独特のジェスチャーで持論を展開。左隣に座る民進党の岡田代表を親指でさすなど,品性のなさも全開だった。

 極めつきは終盤。富川悠太キャスターが「テレビでの党首討論は今週が最後。総理のご都合があると聞いていますが,この後もやりたい」と公示後の再出演を求めると,「それね,お答えしましょう」と前のめり。「菅政権のときにはですね,党首討論は4回ですよ。今度は5回。プラス,ネットの討論もやってますから数多いんですよ」と猛反論。続けて,「それとプラス,もう一点はですね,期日前投票がいま,4分の1増えたんですよ。だから,期日前にしっかりと議論をおいておくべきだろうというんですよ(発言ママ)」と拒否した。

 岡田代表が「総理が来ないなら,われわれだけでもやる」と発言すると,自分がダラダラ話したのを棚上げし,腕時計を何度も指さして「6時に出なきゃいけない。飛行機の問題があるんだから」と騒ぎ立てた。 放送はここまでだが,続きがあった。去りきわに「飛行機に乗るんですよ。6時までっていったじゃない」と捨てゼリフを吐き悪態をついたうえ,テレ朝側に冒頭の怒声を浴びせたのである。安倍首相は結局,予定通りの便に搭乗し,大分に入った。週末のNHK日曜討論や日本記者クラブ主催の討論でも,大興奮して場を壊した。こんな男に一国のリーダーを任せておいていいのか。
 註記)http://www.nikkan-gendai.com/articles/view/news/184071/1
    http://www.nikkan-gendai.com/articles/view/news/184071/2
    http://www.nikkan-gendai.com/articles/view/news/184071/3
日銀関係統計画像
出所)https://25-500.com/マイナス金利時系列データ日銀バランスシート/

 「こんな男に一国のリーダーを任せておいていいのか」といわれれば,もちろんのこと,よくないに決まっている。総理大臣どころか「草履番」ですらきちんとできそうもなかったこの世襲3代目の政治家に,一国の最高指導者の仕事がまっとうに遂行できるわけがないことは,いままでの彼の実績からも明らかである。もともとアベノミクスなどと呼称できるような経済政策は,実体としてない。あるのは,たとえばつぎのような画像資料にうかがえる経済の無理・無体の事象である。

『日本経済新聞』2016年6月23日朝刊4面国債統計図表
出所)『日本経済新聞』2016年6月23日朝刊4面。

 安倍晋三政権の経済政策は,イソップ物語における「蛙と牛」にたとえたらよいかもしれない。蛙はもちろん安倍晋三君である。いずれパンクする。それもみずからがそうさせる。
 ③「安倍首相,アベノミクス継続訴え=岡田氏,転換迫る―参院選22日公示【16参院選】」(『時事通信』2016年6月21日17時28分配信)

 第24回参院選が6月22日公示され,7月10日の投開票に向け選挙戦がスタートする。これに先立ち,与野党9党の党首は6月21日,日本記者クラブ主催の討論会に出席。最大の争点の経済政策をめぐり,安倍晋三首相(自民党総裁)がアベノミクスで「成果を出してきた」と継続を訴えたのに対し,民進党の岡田克也代表は政策転換を迫った。
2016年6月21日日本記者クラブ主催党首討論会

 参院選には前回の433人に比べ,40人程度少ない約390人が立候補する見通し〔最終的には389人となった〕。国政選挙では今回初めて選挙権年齢を18歳以上に引き下げる改正公職選挙法が適用される。

 首相はアベノミクスにより高校・大学の就職率や有効求人倍率が上向き,中小企業の倒産件数も減少したなどと成果を強調。「まだ道半ばだ。エンジンをふかしてしっかりとデフレから完全に脱却し経済を成長させていく」と訴えた。

 消費税率10%への引き上げを2019年10月まで再延期することについては「公約違反といわれてもしょうがない」と認めた。公明党の山口那津男代表は,「アベノミクスの成果を活用し,社会保障の充実,保育や介護の基盤整備,若者・女性の活躍に向けたとり組みを加速する」と述べた。

 補注)戦争中の木炭自動車みたくしか,よたよたと走行できない自称アベノミクスである。エンジンをふかす余裕など全然ない。このアベノ号,「空ふかし」ができるほど燃料も残っていない。この人はもともと,自分というものじたいがよくみえていない。ということでその分「反比例的に」ホラの吹きかげんもお盛んとなる。

 しかしまた,だからこそ彼は,このようなデタラメ発言を平気で放てるのである。彼にあっては,思慮の深さを測れるほどの〈深み〉も〈奥ゆき〉もない。首相と呼ぶにしても,そう呼んだ瞬間にこちらが赤面させられるほかない人物であった。

 また公明党は,自民党に対しては「正真正銘の野合用の補完政党」であり,しかも独裁政治にはよく似合った体質を有する宗教政党である。安倍晋三の独裁志向の政治手法(?)にぴったりの政党が公明党である。野合のためであればなんでもするのが,この公明党である。福祉・平和・教育の諸課題が狙いだというこの政党,信心の問題を即,政治で語れると勘違いをしている。
 
 これに対し,岡田氏は「経済政策はいきづまっている。転換が必要だ」と指摘。「人に対する投資や所得の再分配,働き方の大改革をしっかりと実現し,持続的な経済成長が初めて可能となる」と述べ,格差を是正するため,所得・資産の再分配を重視した経済政策に改めるべきだと主張した。共産党の志位和夫委員長は「安倍暴走政治ストップの期待に応える。アベノミクスによる国民生活の破壊,格差と貧困を是正する」と述べ,与党との対決姿勢を示した。

『日本経済新聞』2016年6月22日夕刊1面画像
出所)『日本経済新聞』2016年6月22日夕刊1面

 憲法改正をめぐっては,岡田氏が「参院選で憲法についてしっかり議論すべきだ」と要求。首相は「大切なことは(国会の)憲法審査会で逐条的な議論をおこない,(与野党の意見を)集約していく。そして国民投票で問うべきだ」と述べ,秋の臨時国会から具体的な議論を始めたいとの考えをあらためて示した。

 一方,首相と山口氏は,民進党が参院選で共産党と共闘を進めていることを批判した。岡田氏は「思い出すが,ある日突然,公明党は自民党と連立政権をつくった。有権者に対する裏切りだ」と反論した。討論会には,おおさか維新の会,社民,生活,日本のこころを大切にする党,新党改革の各党首も出席した。
 註記)http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20160621-00000102-jij-pol

 以上の記述中の最後で安倍晋三は,野党の野合を批判しているが,自民党と公明党の野合のほうがよほど高度にりっぱな野合である事実を棚挙げしての発言である。いわゆる「天にツバする」指摘であった。

 つぎの記述は今回の参議院選挙を迎えて,各党党首を呼んで開催されたある記者会見に対する論評である。安倍晋三に媚びる司会者〔たちなど〕が主催した会見であったということである。

 ④「古市某の下劣な傍若無人な司会ぶりに吃驚仰天,安倍のお友達はこんなのばっかり」(『まるこ姫の独り言』2016-06-21 の紹介)

 このブログ(『まるこ姫の独り言』)は,6月21日におこわわれた「記者クラブ主催の党首討論のいかがわしさ,安倍首相の引き立て役に使われた感が」あるという批判を記述している。

 a) 安倍首相はつぎからつぎへ,コロコロ発言を変えるのが趣味なのか。日本記者クラブ主催の党首討論で,「改憲争点にしないといっていない」といい出した。ニコ動の与野党9党首討論では,憲法改正を参議院で争点化する必要はないと主張していたのに,今日の党首討論では一転,そんなことはいっていないといっていた〔というのである〕。
 伊勢志摩サミットで,堂々とリーマンショック級発言をしておきながら,すぐあとで,そんなことはいっていない発言も飛び出したがそれとよく似ている。公開で発した言葉も,安倍政権にかかったらなかったことにできるらしい。

 日本記者クラブ主催の党首討論は最後のほうでしかみることができなかったが,どうも橋本五郎が仕切っていたのか,率先して安倍の首相に話を振っていたが,民進党の岡田代表がこの討論会は,政権与党の宣伝をする場になっているというような発言をしていて,それが印象的だった。詳しくは,岡田氏〔が会見中にこう指摘していた〕。
 自己宣伝の場になっていて。おかしいと思いますよ。日本を代表するメディアの皆さんがおられながら,こんなやり方をしてね。一方的に宣伝の場になってるだけじゃないですか。

 なるほど,短い時間でみた感じでは,他の党首たちはなんの質問もなくただ座っているだけのような……〔感じであり〕,安倍首相の引き立て役に利用されていただけのような〔記者会見であった〕。どうも司会の橋本五郎は,各党首に対して,答えは1分以内橋本五郎画像で終われといっていたのに,安倍首相に対しては時間を超過しても寛容だったということのようだ。

出所)画像は橋本五郎,http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q13114317863

 それで岡田代表が怒ったと〔いう結果になっていた〕。そりゃそうでしょう。なにせ橋本五郎は寿司友だもの。そのなかで橋本五郎は小沢氏に対して,「本来,中央に座っていてもおかしくないご自身の零落ぶりをどう思うか?」と聞いたのだそうだ。小沢氏「零落とは思っていない」と答えたそうだが,古市某といい橋本五郎といい,不躾な質問をする人間が多くて嫌になる。人としてあまりに失礼過ぎる。

 補注)この橋本五郎は「人としてあまりに失礼過ぎる」の総代表格であるが,その上をいくのがほかならぬ安倍晋三君であるから,なにをかいわんやである。その息がかかった人間がこの「日本記者クラブ主催党首討論会」を主催し,司会をする(橋本五郎)だったのだから,安倍晋三寄りの運営しか「できない:しようとしなかった」はずである。姑息な人間たちが安倍晋三のもとには大勢蠢いている。もっとも,この首相がいるから「そのほかたくさんの下卑た人びと」もいるという状況である。

 安倍首相は例のごとく,雇用や求人倍率を出してアベノミクスの成功を強調していたが,何人の人がアベノミクスを成功だと実感しているのか,拍手しているのか。私には,まったく実感がないのだが。それでも救いは,安倍の21兆円の税収増がカラクリであることを,数字を挙げて追及していた質問者がいて,安倍首相シドロモドロで応戦していた。安倍首相も21兆円はいい過ぎだと感じたのか,13兆円に減額していたし……。

 補注)この記者会見の場「21兆円が13兆円?」に減額する修正発言を安倍晋三がしたというのであるが,これはずいぶんふざけた話題である。国民を舐めきった安倍晋三のハチャメチャ話法がまかり通っている。

 アベノミクスで成果が上がったと自慢するときに,生活保護費の現役世代への給付,8万世帯減らしているといっているがこれも景気が良くなったというよりも,基準を厳しくして減らした数字じゃないのか。社会保障費を5000億円もカットできたといっていることを考えても,その可能性大ありだ。

 補注)この前,自衛隊がオスプレイ17機を購入するために3800億円を使っていたが,さすが軍備優先思想の安倍晋三君である。生活保護費は削って,オスプレイという「輸送にしか使えない高価格の軍用ヘリ」を,たった17機で3800億円,それも非常な割高な価格でアメリカ軍需産業から買わされていた。

 記者クラブ主催といい,橋本五郎が仕切っていたことといい,どうも安倍政権を引き立てるために,党首討論が良いように使われたとか? 改革の荒井が橋本五郎にヘコヘコしていたのが物語っている。
註記)http://jxd12569and.cocolog-nifty.com/raihu/2016/06/post-f0ac.html

 現在,マスコミ・言論界は安倍晋三らにこびへつらう者たちで充満する業界になっている。しかし,近いうちにこの首相も,間違いなく退く時期を必らず迎える。橋本五郎のようなマスゴミ記者が,そのときになって,どのような悪評を投じられ批判されるか,覚悟のほうはしっかりできているものと思いたい。

 だが,それにしても情けない,安倍晋三へのゴマ摺りしか能がない橋本五郎は,読売新聞の特別編集委員だそうである(ナベツネの部下でしかないが……)。つまり,安倍晋三応援団新聞が読売新聞の本性である。安倍晋三のための依怙贔屓記者会見を,司会となって主催し,それもえげつなく進行させるとは,まったく下の下の行為でしかない。
 それでいて,中立公正な報道を読売新聞もしているなどといいたいのだとしたら,昔風にいえば「天井に住んでいるネズミでさえ」失禁しそうになるくらいに大笑いされること必至である。

 さてつぎの話題は,財界新聞(もしくは日本経団連御用達新聞)である日本経済新聞社のみが報道する記事の紹介に移る。

 ⑤「首相『日米同盟に輝きを』富士山会合であいさつ」(『日本経済新聞』nikkei.com,2016/6/3 19:35)

 安倍晋三首相は6月3日,都内で開いた日本経済研究センターと日本国際問題研究所が主催する日米政財界の要人を集めた国際会議「富士山会合」の開会記念レセプションであいさつした。オバマ米大統領の広島訪問で「戦火を交えて敵同士だった日米は,いまや心『日本経済新聞』2016年6月3日朝刊富士山会合であいさつの紐帯(ちゅうたい)で結ばれた同盟国になった」と意義を訴えた。「日米同盟が希望の同盟として輝きを増す」ことに期待を示した。

 5月の主要国首脳会議(伊勢志摩サミット)で,中国が進出を進める南シナ海問題に関連し「国際法にもとづいて主張すべき,武力や威嚇を用いてはならない,平和的に解決するという3原則で合意ができた」と強調。「日米が協力して地域の平和と安定と繁栄につなげていきたい」と述べた。

 環太平洋経済連携協定(TPP)の発効などを念頭に「様々な課題を解決していくため手を携えて貢献したい」と語った。レセプションは岸田文雄外相や世耕弘成官房副長官,ケネディ駐日米大使らが出席。富士山会合は4~5日に都内で開く。
 註記)http://www.nikkei.com/article/DGXLASFS03H27_T00C16A6MM8000/

 --なおここで,『日本経済新聞』から関連する記事をひとつ拾うと「TPP日米早期承認,元米国務次官ら強調 富士山会合」というものがあった(『日本経済新聞』nikkei.com,2016/6/4 21:17
 註記)http://www.nikkei.com/article/DGXLASGM04H5B_U6A600C1MM8000/?n_cid=SPTMG003
富士山会合 出所)画像は,日本文芸社,2005年発行。

 以上の記事は『日本経済新聞』だけが報道するものであり,新聞・マスコミ界に通有性のある話題では,けっしてない。日本経済新聞社が噛んで開催した「富士山会合」である。つまり,アメリカ副島・中田表紙側のジャパン・ハンドラーズのいいぶんを,実質的にご拝聴するための確認用会議でしかないのが,この富士山会合である。
 
 この会議の名称から聞くと,きっと日本側の立場が十分に尊重されているものと感じたいところであるが,そうではなく,その実体は「アメリカが主,日本が従の関係性」にある。安倍晋三はその意味ではピエロに過ぎない。もっとも,このお子様宰相にあっては元来,アメリカ側をまとも相手にするだけの力量はない。

 この富士山会合(2016年6月3日~5日)を日本経済新聞社が6月21日朝刊の紙面2面を見開きで使い,報告している(下掲画像資料)。日本経済新聞の読者である筆者などにとっては,読みたくもみたくもない記事であるけれども,その会合がなにをやったのをしるうえでは,もちろん役に立つ記事である。ところが,この記事は活字をテキストで拾えないかたちにウェブ画面を加工してある。なにかまずいことでもあるのか? 広告の画面がそう加工されているのだが,どうにも解せない点である。

『日本経済新聞』2016年6月21日朝刊26・27面富士山会合

 いずれにせよ安倍晋三君は,先月(5月)の伊勢志摩サミットG7では子どもあつかい〔経済問題の主張:理解でバカに〕されていたが,この富士山会合では完全に舎弟あつかいであった。それでも,舞台の上で表面的にはいちおう安倍晋三君も1人前にあつかうように演出されているから,文句はいえまいというところであった。ただしその真相をいえば,軍事同盟関係のなかでの日本国首相は,アメリカにとっては単に『カモ=ネギ』あつかいされている。

 アーミテージは,安倍晋三のことを「たった3年間でこんなにできるリーダーを初めてみました。アメリカの観点からみれば,いままででベストだと思います」註記)と,安倍晋三をベタ誉めしていたという。語るに落ちた話である。すなわち,日本国民たちは二重に舐められている。安倍晋三がアーミテージに舐められ,そしてこの安倍晋三に国民たちが舐められ……。
 註記)https://shanti-phula.net/ja/social/blog/?p=112542


【出典】社会科学者の随想 2016年06月23日

出典:社会科学者の随想 2016年06月23日

軍艦出没で大騒ぎ 安倍自民が煽る「中国脅威論」のペテン
またぞろ出てきた脅威論(C)日刊ゲンダイ

軍艦出没で大騒ぎ 安倍自民が煽る「中国脅威論」のペテン 日刊ゲンダイ 2016年6月18日

 このところ中国軍艦が日本周辺の接続水域、領海をウロチョロしているせいで、安倍自民はやはりというか、自衛隊の強化を言い出した。永田町界隈では「軍艦の侵入に内心ほくそ笑んでいるんじゃないか」なんてもっぱらだ。

 今月9日には中国海軍のフリゲート艦1隻が尖閣諸島周辺の接続水域に初めて入り、15日には情報収集艦1隻が鹿児島県口永良部島の沖合で領海に侵入。さらに16日にも情報収集艦1隻が北大東島周辺の接続水域に入っている。

「日本の出方を見るという“挑発”もあるでしょうが、海洋進出を強めている中国にとって、潜水艦のための海底地形図を作成する必要がある。それも目的のひとつでしょう」(防衛省関係者)

旧日本軍による重慶爆撃

 これを受け、自民党は16日の国防部会で、「一気に状況をエスカレートさせる暴挙であり、極めて危険な行為だ」などと大騒ぎ。必要な防衛装備品を速やかに取得し、自衛隊の能力を強化することなどを政府に求める決議を取りまとめた。大塚拓部会長は「中国は国際法を全く理解できていない。危険な行為は断じてやめさせなければならない」などと猛アピールしていたが、意図は見え透いている。

「中国の動きが激しくなっていることは確かですが、そもそも領海内の航行は沿岸国の平和と安全を害しない限り、国際法上『無害通航』が認められています。安倍自民は自分たちを正当化するために、ことさら中国脅威論をあおっているとしか思えません」と、九大名誉教授の斎藤文男氏(憲法)がこう続ける。

「中国は脅威だとわめき散らすことで、日米同盟の強化、憲法違反の安保法制の強行も『それみたことか、われわれは正しい』とでも言いたいのでしょう。かつては北朝鮮脅威論をあおっていたように、自己を正当化するための常套手段です。参院選の公約ではコソコソ隠していますが、憲法改正を狙う安倍首相にとって、このタイミングで中国軍艦が“侵入”してきたことはもっけの幸いでしょう。そして安倍政権に乗っかる大マスコミが大衆の危機感を扇動していく。デマゴギー(悪宣伝)としか言いようがありませんね」
旧日本軍による重慶爆撃

 中谷防衛相は「非常に懸念すべき状況」なんて語っていたが、懸念すべきは、憲法改正に突っ走る安倍の方だろう。有権者は絶対にだまされてはいけない。


【出典】日刊ゲンダイ 2016年6月18日

出典:日刊ゲンダイ 2016年6月18日

自民狼狽 「舛添・沖縄・甘利」の“三重苦”で比例票が減る

自民狼狽 「舛添・沖縄・甘利」の“三重苦”で比例票が減る 日刊ゲンダイ 2016年6月12日

 参院選に向け、連日、地方遊説に精を出す安倍首相だが、内心は不安で仕方ないようだ。世間を騒がすニュースが選挙結果、特に比例議席を激減させかねない情勢になってきたからだ。
「(1)舛添(2)沖縄(2)甘利がいま自民党を取り巻く“三重苦”です。有権者の投票行動にどこまで影響するのか、官邸も党本部もヤキモキしています」(自民党関係者)
 もっとも影響が大きいのは舛添都知事の公私混同問題だ。
「『なぜ舛添をかばうのか』『参院選で投票しないぞ』という抗議電話が、都議会や都議の事務所だけでなく、国会議員や自民党本部にまでかかってくる。当初は知事個人の問題だったのに、いまや舛添与党である自公の問題として連日、ニュースで報じられている。都政とは無関係な関西ローカル番組ですら扱われている。批判は都民に限らず、全国に広がっています」(前出の自民党関係者)

 このままではマズいと、自民党は集中審議で徹底追及の姿勢を見せる方針。
 だが、15日の都議会最終日に共産党などが知事の不信任決議案を提出する見通しで、自民党はこれを「否決」するとみられる。
「そうなれば、『自民党が舛添知事を守った』という世論の批判がさらに高まるでしょう」(都政記者)


■ 15議席割れを懸念
 沖縄問題では、女性遺棄事件の余波が続いている。9日、米軍属が殺人と強姦致死容疑で再逮捕された。
「沖縄だけでなく米軍基地のある全国の自治体にも嫌なムードが広がることを懸念しています」(官邸関係者)

 米軍基地の辺野古移転で対立する翁長知事の支持派が県議選で「大勝利」したことも、安倍政権と自民党に影を落とす。


 そして、甘利問題は言わずもがなだ。甘利前経済再生相は、説明責任を果たさず、政治活動に復帰。「自民党はズルいという印象で、支援者の評判が悪い」(自民党中堅議員)という。


 こうした党イメージの低下は「政党」を選ぶ比例票に直結する。安倍首相周辺は「比例15議席割れ」も懸念し始めた。

「過去5回の参院選のデータを分析すると、自民党の比例の平均は、1740万票、16議席。118万票で1議席となる。最低は6年前の12議席。絶好調だった3年前ですら、1800万票で18議席です。今回ここから400万~500万票でも減れば、3~4議席を失う。日頃の付き合いなどを考慮して投票先を選ぶ『選挙区』と、おきゅうを据える『比例』というように有権者は使い分けをするので、15議席割れはあり得ない数字ではありません」(政治評論家・野上忠興氏)

 安倍首相は女性票がどこまで減るのかも気にしているらしい。街頭での笑顔は、カラ元気か。



ボランティアへの報酬隠し 自民新人に公選法違反疑惑浮上  2016年6月12日

 参院選の奈良選挙区で出馬予定の自民新人、佐藤啓氏(37)に公職選挙法違反疑惑が浮上だ。詐欺行為に手を貸していた恐れもあるから、ただ事ではない。

「始まりは3月中旬に佐藤氏が知人2人を事務所に入れたことです」と佐藤事務所の関係者がこう明かす。

「佐藤さんは2人が失業保険をもらっている身だったため、報酬を渡さないボランティアの扱いにしていました。ですが、実際は『交通費』という名目で、必要以上にカネを渡していたのです。交通費の実費は、10日で1万円以下のはずが、5万円以上も渡していた。誰かがハローワークにタレ込んだようで、事務所は4月下旬に勤務状況について問い合わせを受けた。すると、あろうことか佐藤さんは事務所スタッフに隠蔽するよう指示したそうです」

 報酬を隠し、失業保険を不正受給していたとすれば詐欺行為にあたる可能性があり、佐藤氏は犯罪に手を貸していた恐れがある。さらに問題なのは、労働の対価に対し、過大な報酬を与えれば寄付にあたり、「寄付行為の禁止」を定める公選法199条第2項に違反することだ。東京都選挙管理委員会によると、一般論として、無償労働のボランティアに交通費を必要以上に渡せば公選法違反になる可能性があるという。

 佐藤氏は奈良県出身。名門進学校の私立西大和学園高校を経て、東大に進学した。卒業後は総務省に入省し、首相補佐官の秘書官なども務めた超エリート。昨年11月に公募で、自民党公認を勝ち取った。そんな人物がなぜ、だ。

「会計責任者の秘書が問題にすると、『バレたらあなたに罪をかぶってもらう』と脅し、自民党本部にも隠すよう指示した。軽い気持ちで報酬を渡していたのでしょうが、あまりにも脇が甘すぎます」(前出の事務所関係者)

 疑惑を佐藤氏本人にぶつけると、「基本的にちゃんと対応していると思いますが……。詳しい手続きを把握していないので、速やかに事務所の者から連絡させます」と戸惑っている様子。その3時間後、事務所所長と名乗る人物から連絡がきた。

「4月の給与明細を見て、交通費の金額が多すぎると気づきました。佐藤は事務手続きのミスだったと話し、払いすぎた3月分の交通費の返還手続きをしたと聞いています。何ら違法行為はなかったと認識しています」

 単純ミスを強調したが、隠蔽はなかったのか。


TPPに一言も触れず 安倍首相の応援演説に山形の農家怒り  2016年6月11日

山形での応援演説(C)日刊ゲンダイ

 安倍首相が山形で墓穴を掘った。9日、山形県内で自民新人の月野薫(61)の応援演説をしたのだが、「経済政策が最も大きな争点」と強調しながら、TPP(環太平洋経済連携協定)について一言も触れなかったのだ。

 午前中に山形入りした安倍首相は、和牛農家やサクランボ園を視察、特産品のさくらんぼ「紅秀峰」も食べ、演説で「甘くておいしかった」と絶賛。農業関係者との意見交換会にも顔を出して、農家に寄り添っている印象を与えるのには熱心だった。だが、県内の農業関係者は「山形県の地元農業にも大きな打撃を与えると懸念されているTPPについて全く話さないのでは、農家への説明責任を放棄したとしか言いようがありません」と呆れていた。

 県の試算ではTPPで「農林水産物の生産額は3割減少」という結果が出ている。月野はJA全農山形副本部長だったのに、地元の農政連が自主投票を決めたのは、TPP推進の自民党に対する不満が残っているためだ。

 安倍首相は約21分の演説で約3分間、農業について話したが、空虚で抽象的な決意表明にとどまった。

「農業は大変です。毎日、土と向かいながら、時には厳しい自然と立ち向かい、闘いながら、そして、この美しい日本の田園風景を守っている。日本の地域の伝統や文化を守ってきたのは、農業に従事をしてきた皆さまだと思います」
 農家の反発が高まるのは必至だ。

(取材協力=ジャーナリスト・横田一氏)


【出典】日刊ゲンダイ 2016年6月12日

出典:日刊ゲンダイ 2016年6月12日

右翼なのか、保守なのか…今も50%「安倍支持派」の正体
アベノミクスの失敗は明白(C)日刊ゲンダイ

右翼なのか、保守なのか…今も50%「安倍支持派」の正体 日刊ゲンダイ 2016年6月7日

 参院選を目前に、安倍内閣の支持率が軒並み上昇している。メディアによっては、50%台に乗せている世論調査結果もある。

「では、極右政権に支持率を与えている50%の人が右翼なのか、保守なのかといえば、決してそういうわけではないでしょう。支持率アップの理由は伊勢志摩サミットと米オバマ大統領の広島訪問とされています。サミットでは世界経済危機をデッチ上げて天下に恥をさらしただけだし、オバマ大統領の広島訪問も内容は空虚なものでした。なのに、大メディアは大きな外交成果を挙げたように報じる。それで多くの人は、なんとなく仕事をしてそうなイメージに誘導されて、内閣支持率がハネ上がるという仕組みです。いわば大メディアの自作自演みたいなもので、多くの国民は、内心では安倍政権の戦前回帰路線に疑問や不安を感じているはずです。しかし、参院選の野党共闘に対して“民共”だの野合だのといった批判をメディアが垂れ流すから、野党の支持率は伸び悩み、ますます内閣に支持が集まる。たとえ消極的な支持であっても、この内閣に高い支持率を与えれば、国民の多くが反対する右翼政策をゴリ押しする力を与えることになる。原発再稼働や安保法がいい例です」(政治評論家・本澤二郎氏)

 ここで登場するキーワードが「日本会議」だ。安倍の政策には、ことごとく日本会議の存在がついて回る。「美しい国」も、「日本人の誇りを取り戻す」も、もともとは日本会議の理念である。集団的自衛権の行使解禁、憲法改正、愛国心教育、“自虐的”な歴史教育の是正、戦後レジームからの脱却――これらの政策もすべて日本会議が提言してきたものだ。高支持率を維持する安倍政権の“黒幕”とされる右派組織への関心が高まっている。


■ 事実より「物語」を重要視
 4月末に発売された「日本会議の研究」(扶桑社新書)は、発売前から重版が決定。たちまちベストセラーだが、著者の菅野完氏が3日付の本紙インタビューで語った真相は驚くべきものだ。日本会議は決して巨大な組織ではない。「中身は空っぽ」だというのである。

〈彼らは平気で資料を無視する。事実より「物語」を重要視する。「国家の誇り」が事実より大事だという〉
〈日本会議周辺の人々の意識には、“国家”しかない。その意味では彼らのよって立つところは、本来の右翼でも保守でも何でもない〉

〈日本会議が唱えている「改憲」「靖国参拝」「愛国教育」などは、非近代的で、思想的にも政治的にも目新しさがまったくありません。組織の中核を担っているのは70年安保の学生運動のときに左翼学生と戦った「右翼学生運動」のメンバーたちで、運動のモチベーションは突き詰めると「反左翼」「反戦後民主主義」に過ぎません。単に「壮大なる反対運動」に過ぎない。だから中身が空っぽなんです〉

 事実を直視せず、物語に酔いしれる情念の世界。そこに論理性はなく、彼らのよりどころは反左翼のみ。要するに新興宗教とネトウヨを掛け合わせたような集団なのだが、こういう人々に支えられ、戦前回帰路線を突き進んできたのが安倍政権だ。

街頭演説をきく有権者(C)日刊ゲンダイ

「なんとなく保守」をなんとなく支持する思考停止

 菅野氏の著書によれば、日本会議の会員数は約3万8000人。改憲などをテーマにたびたび「1万人大会」を開催し、その都度きっちり事前予告通りの数字を出すという。この能力が選挙でも発揮されるため、政治家が群がり、全有権者の0.1%にも満たない人数の組織が政権の政策決定に大きく関与することになる。そこが空恐ろしい。

 ジャーナリストの青木理氏による「AERA」誌上の連載「安倍家三代世襲の果てに」は、安倍の大学時代の恩師で政治学者の宇野重昭氏の〈彼(安倍晋三)の保守主義は、本当の保守主義ではない〉という言葉を紹介していた。

 宇野氏は東大卒業後、外交官を経て成蹊大学法学部の教授に就任。法学部長から学長、成蹊学園専務理事まで務めた学園を代表する最高碩学である。母校の元トップが、教え子の安倍に対し、時おり涙を浮かべながら、こう訴えたというのだ。

〈彼は首相として、ここ2、3年に大変なことをしてしまったと思います。平和国家としての日本のありようを変え、危険な道に引っ張り込んでしまった〉
〈彼らの保守は『なんとなく保守』で、ナショナリズムばかりを押し出します〉
〈もっとまともな保守、健全な意味での保守になってほしい〉


 反左翼だけで中身空っぽの日本会議が、安倍やシンパの「なんとなく保守」を後押しし、そこに大メディアもすり寄って、忖度報道を続ける。それに世論が「なんとなく」支持を与え、勝ち馬選挙の流れが決まっていく。そういういびつな構図が浮かび上がる。

■ 1億人の有権者が諦めたらオシマイ

「野党が無力だし、大メディアが政権を批判しないから、国民が問題意識を持たず、漫然と支持を与えてしまっている。本来、参院選の争点は『憲法無視の安倍政治を放置していいのか』『民主主義と立憲主義が破壊されていいのか』ということに尽きるはずなのに、争点を経済にすり替えようという政権の思惑にメディアが加担している状況です。そういう報道に騙されて、安倍政権を“なんとなく”支持していれば、被害を被るのは当の国民なのです。冷静に考えれば、アベノミクスはデタラメで、負担ばかりが増え、生活は貧しくなる一方じゃないですか。沖縄県議選の結果を見れば分かるように、有権者がマジメに考えれば、こんな政権を支持できるはずがないのです。安倍首相は支持率さえあれば何をしても許されると考えている。参院選に勝てば、ますます独裁色を強めるでしょう。改憲勢力に3分の2の議席を与えれば、いよいよ日本会議の悲願である憲法改正です。戦争をする国になるのです」(本澤二郎氏=前出)

 日本の有権者数は1億人もいるのに、わずか3万8000人の日本会議が望む世の中になっていいのか。主権者である国民が政治への関心を失い、“誰が総理になっても変わらない”と斜に構えていたら、連中の思うツボだ。

「誰がやっても同じと諦めるのは間違っています。そんなことは断じてない。政権トップの意向で経済政策は大きく変わるし、だからこそアベノミクスなどというインチキ政策がまかり通っているのです。安倍政権の経済政策を一言で表すと、日本の破壊活動です。このままでは、日本経済はメチャクチャに破壊されてしまう。国民生活を守るためには、こんな悪辣政権には一刻も早く退陣してもらうことが最大の経済対策なのです。それには選挙で引きずり降ろすしかありません」(経済アナリスト・菊池英博氏) 

 1億人が投票に行けば、自公政権を支える組織票に勝ち目はない。過半数割れなら退陣だ。
 大企業優遇で新自由主義の安倍政権では一向に生活が良くならないのに、大メディアが垂れ流すムードに流されて安倍政権に支持を与える有権者は、思考停止に陥っているのではないか。日本人はお人好しというが、虐げられてなお、お上に従順な愚鈍さは罪作りなほどだ。そういう人々が安倍の暴挙を許し、政権を支え続けている。たとえ安倍政権を不支持でも、選挙に行かなければ悪政を容認していると同じこと。政権がおかしな方向に向かっていると思えば、参院選で意思表示するしかないのだ。AKB総選挙なんぞに気を取られている場合ではない。


【出典】LITERA 2016.06.03

出典:LITERA 2016.06.03

『報ステ』古舘伊知郎“最後の一刺し”がギャラクシー賞を受賞! 安倍とヒトラーの類似性をドイツ取材で証明
テレビ朝日『報道ステーション』HPより

『報ステ』古舘伊知郎“最後の一刺し”がギャラクシー賞を受賞!  安倍とヒトラーの類似性をドイツ取材で証明

 この1年間で放送された優れた番組に贈られるギャラクシー賞の贈賞式が、昨日6月2日、都内で行われた。注目は、テレビ朝日『報道ステーション』の「特集 ノーベル賞経済学者が見た日本」(2016年3月17日放送)「特集 独ワイマール憲法の“教訓”」(2016年3月18日放送)がテレビ部門大賞を受賞したことだろう。

 ギャラクシー賞は毎年、特定非営利活動法人「放送批評懇談会」がNHK、民法放送各局から独立して審査・顕彰するが、ニュース番組が大賞を受賞するのは初めてのこと。そして、大賞を受賞した『報ステ』の特集「独ワイマール憲法の“教訓”」は、現在、安倍首相が改憲での創設に強い意欲を見せている「緊急事態条項」と、ヒトラーが独裁に利用した「国家緊急権」が酷似していることを鋭く指摘したもの。それも、古舘伊知郎キャスターが直接ドイツからレポートして、権力が暴走する歴史を丹念に検証するという力作であった。

 ご存知の通り、『報ステ』はこれまで、安倍政権からの有形無形の圧力にさらされてきた。古舘氏は今年の3月末をもって番組を降板。最後の出演で古舘氏は“圧力がかかって辞めるわけではない”としつつも、「ただ、このごろは、報道番組で、あけっぴろげに、昔よりもいろんな発言ができなくなりつつあるような空気は、私も感じています」と、放送メディアが安倍政権を忖度し、現場も自由な報道ができていない現状を率直に語った。

 その意味で、今回、古舘氏の“最後の一刺し”であった「特集 独ワイマール憲法の“教訓”」が、ギャラクシー賞の大賞に輝いた意味は大きい。さらに贈賞式では、同じく今年の3月でNHK『クローズアップ現代』を降板した国谷裕子氏に特別賞が授与され、古舘氏と二人三脚で『報ステ』を支えてきた元プロデューサー・松原文枝氏がスピーチをするなど、現在の放送メディアの苦境を現場の人間が臆さずに跳ね返そう、という強い意志を感じるものだった。

 放送メディアには、政権の圧力に屈さず、決して忖度することのない番組作りをしてもらいたいと切に願う。目前にある日本社会の危機を真摯に検証し、愚直に報道することこそが、視聴者がメディアに求めているものに他ならないからだ。
 以下に、今回ギャラクシー賞の大賞に輝いた『報ステ』の特集を、当時本サイトが紹介した記事を再録するので、ぜひこの機会にいま一度、じっくりとその内容をお読みいただきたい。
(編集部)
情報、画像ー報道ステーション

 昨夜3月18日に放送された『報道ステーション』(テレビ朝日)が、いま大きな話題を集めている。というのも、昨夜の特集は安倍首相が改憲の入口として新設を目論んでいる「緊急事態条項」。しかも、ヒトラーが独裁のために悪用した「国家緊急権」と重ね合わせるという、安倍首相が激怒すること間違いなしの内容で、古舘伊知郎キャスター自らがドイツへ渡りレポートする力の入れようだったからだ。

 まず、古舘キャスターはドイツからのレポートの最初に、こう話した。
「ヒトラーというのは、軍やクーデターで独裁を確立したわけじゃありません。合法的に(独裁を)実現しているんです。じつは、世界一民主的なワイマール憲法のひとつの条文が、独裁につながってしまった。そしてヒトラーは、ついには、ワイマール憲法自体を停止させました」「ヒトラー独裁への経緯というのを振り返っていくと、まあ、日本がそんなふうになるとは到底思わない。ただ、いま日本は憲法改正の動きがある。立ち止まって考えなきゃいけないポイントがあるんです」

 独裁の道に走らせたワイマール憲法の条文、それこそが「国家緊急権」だ。「大統領は公共の安全と秩序回復のため必要な措置を取ることができる」という条文をヒトラーは悪用、集会やデモの開催を禁止し、出版物を取り締まり、共産主義者を逮捕し、野党の自由を奪い、あらゆる基本的人権を停止させた。ここまでは教科書にも書いてあることだが、本題はここから。この「国家緊急権」が「緊急事態条項」とそっくりではないか、と言及するのだ。

 国家緊急権と緊急事態条項がそっくりだというのは、本サイトでも昨年から繰り返し指摘してきた。安倍政権は大規模な自然災害時に迅速に対応するために緊急事態条項が必要なのだと強調するが、これは建前に過ぎない。事実、自民党による憲法改正草案の該当箇所には、こうある。

情報、画像ー報道ステーション

《緊急事態の宣言》

《第九十八条 内閣総理大臣は、我が国に対する外部からの武力攻撃、内乱等による社会秩序の混乱、地震等による大規模な自然災害その他の法律で定める緊急事態において、特に必要があると認めるときは、法律の定めるところにより、閣議にかけて、緊急事態の宣言を発することができる。》

 「災害時のために」と言うわりに、自然災害が出てくるのは最後の3番目である。しかも草案では、緊急事態宣言は国会の承認が必要だが事後でもいいことになっており、これは事実上、事後承認でやりたい放題できる、ということだ。

 くわえて草案には、ダメ押しで、《この場合においても、第十四条、第十八条、第十九条、第二十一条その他の基本的人権に関する規定は、最大限尊重されなければならない。》とある。つまり、法の下の平等、身体の拘束と苦役からの自由、思想と良心の自由、表現の自由といった人類普遍の権利でさえ「最大限尊重」(厳守ではない)程度の扱いになるのである。

 夏の参院選で与党が3分の2以上の議席を獲得し、緊急事態条項の新設となれば、いよいよ本当に安倍首相はヒトラーのように独裁にひた走るのではないか──。実際、昨夜の『報ステ』では、ワイマール憲法の権威であるドイツ・イエナ大学のミハエル・ドライアー教授にこの緊急事態条項を見せたところ、ドライアー教授はこう述べていた。
「この内容はワイマール憲法48条(国家緊急権)を思い起こさせます。内閣の一人の人間に利用される危険性があり、とても問題です。

 一見、読むと無害に見えますし、他国と同じような緊急事態の規則にも見えますが、特に(議会や憲法裁判所などの)チェックが不十分に思えます。(中略)なぜ一人の人間、首相に権限を集中しなければならないのか。首相が(立法や首長への指示など)直接介入することができ、さらに首相自身が一定の財政支出まで出来る。民主主義の基本は「法の支配」で「人の支配」ではありません。人の支配は性善説が前提となっているが、良い人ばかりではない」

 良い人ばかりが首相になるわけではない。現状の安倍政権の強権的な態度を考えると、じつに含みのある話である。さらに番組ではスタジオゲストとして、昨年の安保法制の国会審議の際、与党の推薦で参考人として国会に招致され「安保法制は違憲」という見解を示した長谷部恭男・早稲田大学法学学術院教授が登場。

 長谷部教授は、「内閣総理大臣がそう(緊急事態だと)思えば(緊急事態宣言を行える)という、主観的な要件になっている。(発動要件が客観的ではなく)非常に甘い」「場合によっては怪しいと思われれば令状なしで逮捕される、そんなことになるということも理屈としてはあり得る」と緊急事態条項の危険性を述べ、また、“緊急事態条項が必要ならば憲法に入れるのではなく法律を設けたらいい話なのではないか”という見解も示した。

 このように、多角的に緊急事態条項を掘り下げた『報ステ』。しかし、古舘キャスターは番組中、「ヒトラーのような人間が日本に出てくるとは到底想定できないんですが」と何度も念を押し、さらには一度たりとも「安倍」という二文字を発しなかった。
 だが、この特集のテーマは緊急事態条項と国家緊急権の類似性のみに留まらず、緊急事態条項の新設を目論む安倍首相の危険性をも暗に伝えるものだった。

情報、画像ー報道ステーション

 たとえば、ドイツからのリポートVTRでは、ヒトラーが経済政策と民族の団結を全面に打ち出したこと、ヒトラーが「強いドイツを取り戻す」という言葉で民衆から支持を得ていったこと、そしてヒトラーは巧妙に言葉を言い換え、独裁を「決断できる政治」に、戦争の準備を「平和と安全の確保」と表現していたことを、古舘キャスター自らが紹介した。お察しの通り、これはすべて安倍首相に置き換えられるものだ。

 というよりも、ヒトラーの手法を安倍首相が多分に意識し、真似ているといったほうがいいだろう。現に自民党は、自民党東京都支部連合の事務局広報部長(当時)がヒトラーの選挙戦略を学ぼうという『HITLER ヒトラー選挙戦略』(小粥義雄/永田書房)なるナチス礼賛本を出版。高市早苗総務相が「著者の指摘通り勝利への道は『強い意志』だ。国家と故郷への愛と夢を胸に、青年よ、挑戦しようよ!」という推薦文を寄せていた(ちなみに同書は批判が殺到し、わずか2カ月で絶版回収されている)。

 まさに、日本がいま置かれた危機的状況のなかで警鐘を鳴らす、渾身の特集。既報の通り、政権からの圧力によって降板に追い込まれた古舘キャスターだが、この放送はそんな古舘氏と番組スタッフたちによる、じつに真っ当な方法による“政権への反撃”だったのだろう。

 古舘キャスターは特集の最後を、こんな言葉で締めくくった。
「とにかく立ち止まってじっくり議論をする、考えてみるということが、この条項に関しては必要ではないか、その思いで特集を組みました」
 こうした重要な情報を視聴者に伝えるのが、本来の報道の役割であるはず。だが、ヒトラーよろしく日本の独裁政権はこれを“偏向報道”と呼び、不都合な事実を伝えるキャスターたちをことごとく握り潰すことに成功した。まさしくいま恐ろしい国になりつつあるが、最後に気概を見せた『報ステ』は、古舘キャスター最終日の31日の放送まで見逃せないものとなりそうだ。大いに期待したい。
(水井多賀子)

【出典】LITERA 2016.06.03

出典:LITERA 2016.06.03

マスコミに載らない海外記事 無意味な宣伝行為に意味を与えるオバマの広島訪問
(写真) 産経ニュース

無意味な宣伝行為に意味を与えるオバマの広島訪問 Riley Waggaman 2016年5月24日 "Huffington Post"

 信頼されているアメリカの政治評論家全員、バラク・オバマ広島訪問に熱くなって、気になっている。ノーベル平和賞受賞で幻惑した大統領は、本当の軍事的価値がない都市に原子爆弾を投下するというアメリカの“現実的”判断を謝罪するのだろうか? (否。) 結局、ナショナル・レビューが素早く指摘した通り、第二次世界大戦中、我々は遥かに多くの日本人を“旧来の方法で”殺害した。二つの都市を溶かして、推計200,000人を殺害し、戦争後もずっと続く長期的な環境・健康問題を引き起こしたことに対してアメリカが詫びるのは、とんでもないことだろう。


 広島訪問時に、バラク・オバマが謝罪しないもう一つの理由は、自慢好きなバラク・オバマ発言を引用した書物によれば、バラク・オバマが“殺人が本当に得意なためだ”。これは、無名な兵役年齢の茶色い肌の人々を狩るべく、重武装した空飛ぶロボットを、遥か遠い国々に送り込む大統領の発言だ。いささか不愉快ではあるが、それも全て、ずっと昔、日本に投下した原子爆弾同様、より大きな善のためなのだ。
だから、広島の人々への(そして、核兵器競争を始めたかどで、全世界に対しての)謝罪は明らかに有りえない。オバマはその代わりに一体何をすのるだろう? 単純だ。

 1月の最後の任期満了が近づ中、オバマは“核兵器無き世界での平和と安全保障の追求に献身し続けることに彼は焦点をあてる”とホワイト・ハウスは声明で述べた。

 “彼が第二次世界大戦末の原子爆弾使用決定の判断を再考することはない。そのかわり、彼は我々の共通の未来に関する前向きな構想を提案するだろう”と、オバマのベン・ローズ国家安全保障担当副補佐官はブログに書いている。

 gospel広島で、不拡散条約を読み上げながら、オバマは、1兆ドルをかけで、アメリカの核備蓄の更新を続けるだろう。何と言おうと、この人物は、同時に複数のことをこなす上で、実に経験豊かだ。

(写真) Sputnik 日本

 障壁を打破したわけでもない彼のキューバ訪問(ラウル・カストロとの彼の“握手”が全てを物語っている)同様、オバマの“歴史的”広島訪問は、無意味な写真撮影のチャンスに新たな意味を与える、もう一つの無意味な写真撮影のチャンスに過ぎない。

 もしもオバマが、日本との入り組んだ悲劇的な過去を本当に修復したいのであれば、アメリカ兵士に、平和な島国から永久に撤退するよう命じるはずだ。沖縄における婦女暴行やレイプは、一夜にして、十分の一に減るだろう。

 今から75年間先に、人類に対するオバマの様々な犯罪に対し、最終的に謝罪がなされるべきだったかどうかを人々が議論するようになるのをお考え願いたい。短期的な解決策によって、決定的な行動を先送りにしているだけなのではあるまいか?


【出典】Riley Waggaman 2016年5月24日 "Huffington Post"

出典:Riley Waggaman 2016年5月24日 "Huffington Post"

明石家さんまが「福島のことを考えろ」と東京五輪開催を批判!  賄賂だけじゃない、五輪招致は間違いだらけ
TBSラジオ『MBSヤングタウン土曜日』公式サイトより

明石家さんまが「福島のことを考えろ」と東京五輪開催を批判!  賄賂だけじゃない、五輪招致は間違いだらけ。[LITERA 2016.05.22]


 エンブレム問題のほとぼりが冷めたタイミングで噴出した、東京五輪誘致をめぐる買収疑惑。しかも、この世界を揺るがす大問題に対して、大手メディアは裏金に深く関与している電通の名を伏せて報道したことで、ついにはマスコミ不信までもが広がっている。日本オリンピック委員会(JOC)の平岡英介専務理事は調査チームを発足させるというが、世間では「イメージ悪すぎ、黒すぎる」「東京開催は返上すべき」という意見も出ている。
 そんななか、意外な人物による“五輪批判”の過去発言が「真っ当すぎる」と注目を集めている。その人物は評論家でもコメンテーターでもない。なんと、あの明石家さんまだ。
 五輪の東京開催が決定したのは、2013年9月8日(日本時間)。メディアは無論、社会全体がお祭りムードに包まれており、さんまが長きにわたってレギュラーをつづけているラジオ番組『MBSヤングタウン土曜日』同月14日放送でも、同じくレギュラーの元モーニング娘。道重さゆみが東京五輪について「すごい盛り上がりそうですねー」と話した。だが、さんまは「いや、だからでも、福島のことを考えるとね……」と切り出したのだ。
「こないだも『福島から250キロ離れてますから大丈夫です』とかいうオリンピック招致のコメントはどうかと思って、やっぱり。俺までちょっとショックでしたけど、あの言葉はね」
 さんまがショックだったと言っているのは、同年9月4日に東京2020オリンピック・パラリンピック招致委員会の竹田恒和理事長がブエノスアイレスでの記者会見で語った言葉だ。まるで福島を切り離すかのようなこの暴言に、さんまは「『チーム日本です!』とか言うて、『福島から250離れてます』とか言うのは、どうも納得しないコメントやよね、あれは」と不信感を隠さない。

 さらにさんまは、安倍首相はじめ招致に躍起になる人びとから“お荷物”扱いを受けていた福島に、こう思いを寄せた。
「福島の漁師の人にインタビューしてはったんですけど、『7年後のことは考えてられへん』と、『俺ら明日のことを考えるのに精一杯や』って言わはったコメントが、すごい重かったですよね。だから、あんまり浮かれて喜ぶのもどうかと思いますけどもね」
 普段、時事問題を積極的には語らないさんまの、しかし静かな怒りが滲んだ発言。震災と原発事故からたったの2年半で、かつ復興もままならない状態にもかかわらず、そんなことを忘れたように東京五輪開催決定に歓喜する世間の空気を、さんまはよほど腹に据えかねていたのではないだろうか。

 当時は前述したように「五輪決定を国をあげて祝福」という全体主義的な空気が流れていたが、毅然とそのムードを批判したさんま。世間に迎合しない態度はさすがとしか言いようがないが、このさんまの発言は、感情論としてだけではなく批判としてじつに的を射たものだ。
 そもそも東京への五輪招致活動では、さかんに「五輪を東日本大震災からの復興のシンボルに」「復興五輪」という言葉が掲げられていた。たとえば前出の竹田理事長は「五輪を被災地の復興への活力とできるようにしていきたい」と勇ましく語っていた。だが、当然ながら彼らが進めるのは東京都内での五輪関連施設の大規模工事ばかりで、被災地のことなどまったく念頭にない。

 しかも、五輪関連の建設ラッシュなどのせいで労務単価が上がり、東京の工事費が高騰。毎日新聞15年9月23日の報道によれば、〈工事原価の水準を示す「建築費指数」(鉄筋コンクリート構造平均)は、05年平均を100とすると今年7月は116.5。東日本大震災前は100を下回っていたが、五輪決定後の13年秋から一気に上昇〉したという。挙げ句、〈復興工事が集中している被災地では人手不足に加え、建築資材費の高止まりにより採算が合わず、公共工事の入札不調が相次〉いでいるというから、五輪開催がむしろ被災地の復興を妨げているのだ。

 だが、工事費や資材費の高騰は、五輪開催地に立候補した11年7月の段階から、復興工事があることを前提とするのだから当然、予想できた話だ。しかし、招致活動中、当時の猪瀬直樹東京都知事は〈2020東京五輪は神宮の国立競技場を改築するがほとんど40年前の五輪施設をそのまま使うので世界一カネのかからない五輪なのです〉と説明。

 これがとんだ嘘だったことは周知の通りだが、新国立競技場の建設費が当初の1300億円から3000億円に跳ね上がるという問題が露呈すると、政府と日本スポーツ振興センター(JSC)は“ザハ・ハディド氏のデザインが特殊だから”と建築家に責任を押し付けた。これに対してザハ氏は〈東京の建設コストの高騰〉や〈労働力不足〉などが原因だと反論。新国立競技場の問題ひとつとっても、被災地の復興工事とかち合うことを無視した結果が原因となっていたと言えるのではないか。

「復興五輪」とキレイごとを並べて震災をだしに使い、そのじつ原発事故が議論の俎上にのると福島を除け者にした上、いざ開催が決まれば被災地復興を阻害する──。もはやこうしたタイミングで五輪開催を押し進めたことは“外道”と呼ぶべきだが、その裏側では、もっと醜い“五輪戦犯”ともいえる政治家たちのやりとりがあった。

 だいたい、東京での五輪開催に血筋をあげていたのは石原慎太郎元東京都知事だ。森喜朗五輪組織委員会会長と田原総一朗氏の対談本『日本政治のウラのウラ 証言・政界50年』(講談社)によると、2回目の投票で惨敗した2016年五輪招致失敗の際、石原氏は帰りの飛行機のなかで泣いていたと森氏は言う。涙の理由を森氏が問うと、石原氏はこう話した。「オレ、選挙に負けたことがないんだよ。こんな悔しいことはない。オリンピックはもう止めた」。

 石原氏は負け戦が気にくわなかっただけではない。JOC副会長でミズノ前会長の水野正人氏と反りが合わず、石原氏は「あの野郎、生意気で不愉快だから、辞めさせろ。あいつを辞めさせないと、オリンピック招致をやらないよ」と言い出したのだ。話はさらにふくらんで、石原氏は「竹田も辞めさせろ」と森氏に迫ったというが、これは元西武グループ総帥の堤義明氏が石原氏と竹田氏の仲を取りもち、矛を収めたという。

 しかし、今度は石原氏が東京都知事選への出馬を渋ったことから、五輪招致の問題は、森氏いわく「自民党の政治問題」にすり替わる。事実、候補選びに際して東国原英夫氏の名も挙がったが、「東国原は、東京オリンピック反対でダメ」(森氏)と述べている。結局、石原氏が選挙に出なければ息子である伸晃氏の立場が危うくなるからと森氏は石原氏を説得。石原氏は出馬を了承したが、「その代わり、伸晃のことを頼む」と交換条件を出した。森氏は“12年の自民党総裁選挙で同じ派閥の町村信孝氏や安倍晋三氏を応援せず、伸晃氏支持に回ったのはそういう理由”と語り、「すべて東京オリンピック招致のためだったんだ」と胸を張っている。

「日本中が「万歳、万歳」と言って喜んだでしょう。安倍くんは、日本中が一丸となって「万歳」と叫んだのは日露戦争以来だと言っていたけれど、ひとつ間違えれば、この喜びはなかったんだ」(森氏)

 五輪招致は石原氏の肥大した功名心から出発したものだが、そこに森氏が絡んだのは一説には五輪利権を一手に握るのが目的だったとも囁かれている。そして、ここぞとばかりに安倍首相が支持率アップと名声欲のために相乗りした。──こうした裏事情を見ていると、彼らは「復興五輪」など露ほども考えていなかったことはあきらかだろう。

 今月16日に森氏は『NEWS23』(TBS)に出演し、震災復興のために公共事業費が高騰したことを理由にして「(大会運営は当初予算の)3000億でできるはずないんですよ」「最初から計画に無理があったんです」とお得意の手のひら返しを披露した。繰り返すが、立候補前に震災が起こったことを考えれば、こんなことは最初から予想できたこと、いや、予想していなければおかしいのだ。要するに森氏は、端から、被災地の復興を阻害し、後で費用を増額する腹づもりで招致していたと白状しているも同然ではないか。
 さんまが語った“福島のことを考えると五輪は喜べない”という言葉を、いま一度、自分中心で招致を進めた凶悪政治家たちに投げつけてやりたい。震災復興のためにならないばかりか足を引っ張るくらいなら、いまからでも遅くはない、国民は東京五輪の返上を訴えるべきだ。
(水井多賀子)


【出典】LITERA 2016.05.22

出典:LITERA 2016.05.22

舛添都知事と自民“猿芝居” 強気居直りも追及する気なし

舛添都知事と自民“猿芝居” 強気居直りも追及する気なし 日刊ゲンダイ 2016年5月22日
2時間も会見してゼロ回答(C)日刊ゲンダイ

 「政治資金に精通した弁護士にひとつひとつ見ていただく」「厳しい第三者に公正に調査いただく」「第三者の厳しい視点で精査いただく」─―。

 政治とカネをめぐる疑惑が噴出している東京都の舛添要一知事。2時間超に及んだ20日の定例会見は同じフレーズの繰り返しだった。「第三者」という言葉を50回も連発した。

 記者から疑惑の説明を求められても、「政治資金規正法に通じた第三者の弁護士に調査を依頼する」の一点張り。あらゆる質問を突っぱねた。調査がまとまるまで自分の口で話すことはないという。しかし、それでいて弁護士の選任はおろか、いつまでにどんな調査をするのかもハッキリしない。

 どうやら舛添都知事は第三者機関を立ち上げることで、このまま追及をかわす作戦らしい。
「知事選で支援した自民幹部にクギを刺され、いつもの傲慢な態度は控えていますが、辞任する気はサラサラない。第三者調査は時間稼ぎに過ぎません。〈調査中〉をタテに、今後は一切の質問をシャットアウトしようという魂胆です。本人は逃げ切れるとニンマリしています」(都庁関係者)

 2台の中古車購入、自分の似顔絵入りまんじゅうの大量購入、事務所費還流など、新たな疑惑も持ち上がっている。都民の大半が「舛添不要」で固まっているのに、こうまで強気に居直っているのは、都議会自民党の足元を見透かしているからだ。自民党都議団は舛添を辞めさせるつもりはないという。

「自民党都議団の舛添嫌いは相当なものですが、本気で引きずりおろす気はありません。いま辞められても、適当な“ポスト舛添”がいないし、ヘタをしたら批判の矛先が自民党に向かい、7月の参院選へダメージを与えかねないからです。それに、弱った舛添知事は都議団や都庁職員には好都合。扱いやすくなりますからね。うっかり野党系の改革派の知事が後釜に座ってひっかき回されたらたまらないというわけです」(都政関係者)

 6月1日に開会する都議会は茶番劇になりそうだ。7日に代表質問、8日に一般質問、さらに9日と13日の総務委員会が予定されているが、自民党都議団は舛添知事を厳しく追及する気はない。こうなったら、野党だけでも本気で攻めないとダメだ。


【出典】日刊ゲンダイ 2016年5月22日


舛添氏、20日会見 美術品に474万円、家賃にも疑問 朝日新聞デジタル 5月20日(金)8時13分配信


舛添氏の政治団体は収入の多くを政党交付金が占める。

 東京都の舛添要一知事の政治資金の使途をめぐり、「公私混同だ」との批判がやまない。家族とのホテル宿泊費は「誤解を招いた」として返金の意向を示したが、美術品の購入とみられる支出や自宅内に置いた事務所への「家賃」なども問題視されている。一部は、税金が原資の政党交付金が充てられている。20日に再度開かれる記者会見で、舛添氏はどう説明するのか。

 「新たな疑惑も指摘されている。早急に回答を」。共産党都議団が19日、舛添氏あてに公開質問状を出した。2時間弱に及んだ13日の会見後、新たに注目を浴びているのが、インターネットオークションサイト「ヤフオク!」で美術品などを購入していたことだ。

 問題になっている舛添氏が代表の政治団体は「新党改革比例区第4支部」(2014年解散)▽参院議員時代の資金管理団体「グローバルネットワーク研究会」(同)▽都知事就任後の資金管理団体「泰山会」の三つ。朝日新聞が14年までの5年間の政治資金収支報告書を調べたところ、画廊や古美術商、骨董(こっとう)品店などへの支出と、このほかに美術品の購入が裏付けられた支出が計93件総額474万円あった。

 研究会は12年、「ヤフオク!」で神奈川県の古美術商から米国の芸術家キース・へリングの原画と手紙を3万1千円で買っていた。領収書には「現代アメリカ社会資料」とあったが、店主によると、舛添氏側からの指示で書いたという。店主は「趣味のためだと思っていた。まさか政治資金で買っていたとは」と驚く。

 研究会は同年にも大分県の古美術商から、ヤフオクで南満州鉄道初代総裁・後藤新平の掛け軸を3万3500円で購入。
 舛添氏は過去の記者会見でこれらの支出について、「海外の方と交流する際、書や浮世絵などの版画をツールとして、研究資料として活用している」と説明している。
(贄川俊、大谷聡)


■ 自宅事務所に家賃、年500万円

 事務所の家賃をめぐっても疑問が生じている。
 舛添氏の三つの政治団体の住所地は、東京都世田谷区にある舛添氏の自宅と同じ。支部や研究会などは少なくとも09年以降、「事務所賃借料」「家賃」の名目で毎月約44万円、年約530万円を計上。6年間で計3千万円超に上る。14年4~12月は泰山会が毎月約44万円を計上している。

 登記簿や舛添氏の説明によると、事務所は地上3階地下1階建ての自宅の1階と地下1階部分(計約113平方メートル)にある。最寄り駅から徒歩約3分という好立地で、近くの不動産店の店員は「同じ地区の坪単価などから計算すると、月約44万円の賃料は少し割高。30万~40万が妥当ではないか」と話した。

 家賃の支払先は、自宅と同じ場所にある舛添氏の妻が代表の株式会社「舛添政治経済研究所」だ。自宅の土地・建物はかつてこの会社が所有していたが、13年2月に舛添氏本人に移った。ただ、支払先はその後もこの会社のままだ。

 政治資金が、自宅内にある「ファミリー企業」に家賃名目で流れている形だが、舛添氏の事務所は朝日新聞の取材に19日夜までに回答していない。(小林恵士)


【出典】朝日新聞デジタル 5月20日(金)8時13分配信

出典:日刊ゲンダイ 2016年5月22日 |朝日新聞 5月20日ほか

汚職・東京オリンピックが取り消される可能性も

汚職・東京オリンピックが取り消される可能性も By globaleye | 2016.05.12 13:32

 イギリスのガーディアンは、東京オリンピック招致に絡み、東京が汚職を働いたと報じており、具体的には、以下のような報道を行っています。
『国際陸連の前会長で国際オリンピック委員会名誉委員だったラミン・ディアク氏の汚職疑惑を捜査しているフランス司法当局が2020年東京五輪の招致活動で東京側が約130万ユーロ(約1億6千万円)を支払った疑惑を捜査している』

『ラミン・ディアク氏らによるドーピング隠蔽に絡んだ汚職疑惑を捜査しているフランス司法当局は、東京オリンピック招致活動に絡んで約130万ユーロが東京側からシンガポールの銀行口座を経てディアク氏の息子でIAAFコンサルタントを務めるパパ・マサタ・ディアク氏の口座に振り込まれた疑惑が判明した』

 これが立件された場合、「東京オリンピックは金で買われた」となり、オリンピック招致が取り消される可能性が出てきます。


lamine diack ラミン・ディアク氏

 オリンピック招致に関して、噂として買収・汚職はありましたが、具体的に金額まで出てきたということは、口座まで知らべ上げられている訳であり、今後この買収疑惑が拡大するようなことがあれば、国際スキャンダルに発展することもありえ、そうなれば同じ噂がありました長野オリンピックにまで問題が波及するかも知れません。

(長野オリンピックでは、多額の使途不明金があり書類も破棄されたと言われており疑惑がくすぶっていましたが、関係者の口座を調べて日本からの送金の「事実」が出てくれば、言い逃れはできません)

 更に、パナマ文書の公開で、今後、オリンピックのみならずスポーツイベント招致にからみ多額のお金が動いたことが今後立証されるかも知れません。

 東京オリンピック招致でいったいどれくらいのお金が動いたのか、日本側から早めに公開しておくべきかも知れませんが、ただ、どちらにしましても事実として買収が証明された場合、日本は世界的に厳しい立場に追い込まれ、オリンピック返上という事態もあり得ます。


フランス当局がどこまで調べ上げ発表するのか。

 先の安倍総理とオランド大統領との会談でフランス側からこの捜査につき通報があったかも知れませんが果たしてどうでしょうか?
(フランスの司法当局の調査内容をフランスのマスコミではなく、イギリスのガーディアン紙が報じるというのは、フランス国内で規制が掛かったために、記者等がイギリスのマスコミにリークしたとも考えられます)

とんでもないスキャンダルが発覚するかも知れません。


【出典】globaleye | 2016.05.12 13:32


関連記事



東京五輪招致で金銭? 「1.6億円提供の疑い」英紙報道  (日本経済新聞)

【ロンドン=小滝麻理子】
 英紙ガーディアン(電子版)は11日、2020年の東京五輪・パラリンピックの招致活動にからんで、日本側が国際陸連関係者に約130万ユーロ(約1億6千万円)を支払った疑いがあると報じた。ドーピング隠蔽にからんだ汚職事件でフランス司法当局の捜査を受けているディアク前国際陸連会長の息子と関連のある銀行口座に振り込まれたとしている。
 2020年東京五輪・パラリンピック大会組織委員会は「報道内容は組織委の理解とは全く異なる。東京は国際オリンピック委員会(IOC)にベストな提案をした結果として、招致を獲得したものと確信している」とコメントした。

 東京五輪招致を巡っては、ロシア陸上界のドーピングを調査した世界反ドーピング機関(WADA)独立委員会が今年1月に発表した報告書で、日本側が国際陸連に協賛金を支払った疑いがあると指摘。東京側はこれを否定している。


「東京オリンピック招致委、IOC有力者に多額の現金」イギリスで報道(UPDATE) The Huffington Post | 執筆者:吉野太一郎

 イギリスのガーディアン紙は5月11日、2020年東京オリンピックの招致委員会側から、多くのスキャンダルが報じられた国際オリンピック委員会(IOC)委員側に、130万ユーロ(約1億6100万円)が渡っていたと報じた。同紙は「東京が選出された過程に深刻な疑義がわき上がった」としている。


ラミン・ディアク氏と安倍総理

 この人物は、IOC委員で、国際陸上競技連盟(IAAF)前会長のラミン・ディアク氏。同紙によると、招致委員会またはその代理人とみられる名義で、シンガポールの秘密口座に直接振り込まれたという。この秘密口座は、「電通スポーツ」の代理人を務める人物が管理しており、ディアク氏の息子、パパ・マサタ・ディアク氏らに渡ったとみられる。

 ラミン・ディアク氏は、東京オリンピック開催が決まった2013年9月にはIAAF会長も務めており、国際スポーツ界に大きな影響力を持っていた。金銭の授受については、フランスの捜査当局がすでに把握しており、父親のディアク氏はフランスからの出国を禁じられているという。

 ディアク氏はセネガル出身で元陸上選手。アフリカ陸上競技連盟会長やダカール市長などを経て、1999年から国際陸連の会長を務めた。国際スポーツ界に大きな影響力を振るう一方、スポーツマーケティング企業からの現金受領でIOCから警告を受けるなど、数々の疑惑が指摘されてきた。

 2015年に浮上した陸上界のドーピング問題を受けて国際陸連会長を辞任したが、ロシアの選手がドーピング検査で陽性になったことを明らかにしない代わりに、少なくとも20万ユーロを受けとった疑いが持たれており、同年にフランスの捜査当局が捜査に乗り出していた。
【UPDATE】2016/05/12 19:50
 東京オリンピック組織委員会は、ハフポスト日本版の取材に対し「今回の報道の内容について、組織委員会の理解とは全く異なるものです。東京は、IOCにベストな提案をした結果として、招致を獲得したものと確信しています」とコメントした。



「東京オリンピック招致委、IOC実力者に2億4800万円」 フランス検察当局認める The Huffington Post | 執筆者:吉野太一郎

 投稿日: 2016年05月13日 11時48分 JST 更新: 2016年05月13日 21時09分 JST
2020年東京オリンピックの招致委員会から国際オリンピック委員会(IOC)関係者に多額の現金が渡ったとされる問題で、フランス検察当局が金銭授受を確認したと認めた。

 イギリスのガーディアン紙によると、フランスの経済犯罪を捜査する検察当局は5月12日、200万ユーロ(約2億4800万円)以上の金額が、東京オリンピック招致委員会から、IOC委員で国際陸連(IAAF)前会長のラミン・ディアク氏の息子の秘密口座に送金されていた疑いがあるとして、「汚職とマネーロンダリング」の疑いで捜査していることを明らかにした。
 この金は2013年7月と10月に、日本の銀行口座から振り込まれていたという。同年9月のIOC総会で、2020年オリンピック開催地を決める投票があったので、その前後となる。
 同紙によると、秘密口座は、広告大手の電通の「子会社」AMSのコンサルタントとして雇われたイアン・タン・トン・ハン氏が、シンガポールに所有していた。タン氏はディアク氏の息子、パパ・マサタ・ディアク氏と親密な関係にある。パパ・マサタ氏はIAAFのマーケティング・コンサルタントを勤めており、電通は2029年までIAAFのマーケティング権を取得しているという。

 東京オリンピック組織委員会は「招致プロセスは招致委員会が取り組んだものであり、東京2020組織委員会自体はこれに関与しておりません」とのコメントを発表している。電通はAFPに対し「AMSは子会社ではなく、コンサルタントを雇ったこともない。
フランス捜査当局から捜査を受けたことも、協力を要請されたこともない」と答えた。
出典:globaleye | 2016.05.12 日経新聞ほか

亡くなった元ゼロ戦パイロット原田要氏は生前、 安倍首相を痛烈批判していた!「戦前の指導者に似ている」と

亡くなった元ゼロ戦パイロット原田要氏は生前、安倍首相を痛烈批判していた!「戦前の指導者に似ている」と
LITERA 2016.05.04

 第二次世界大戦当時、ゼロ戦パイロットだった原田要氏が、昨日3日、多臓器不全のため99歳で死去したことが報じられた。
 原田氏は元大日本帝国海軍のエースパイロットで、真珠湾攻撃、ミッドウェイ海戦などに参加。ガダルカナル島の戦いで重傷を負い帰国後は、教官となり終戦を迎えた。『最後の零戦乗り』(宝島社)など、自らの経験を記した著書もある。

 その経歴が共通することから、百田尚樹のゼロ戦小説『永遠の0』の主人公のモデルのひとりともされている人物だ。
 しかし、戦争を美化し安倍政権の戦争政策を後押しする百田とは対照的に、晩年の原田氏は湾岸戦争をきっかけに、講演などで自身の体験とともに戦争の恐ろしさ、平和の大切さを伝える活動をしていた。

 さらに生前の原田氏は安倍首相の歴史認識や戦争に対する考えについて痛烈に批判していた。それは、昨年4月の米紙「ニューヨークタイムズ」のインタビューに原田氏が応じた際のことだ。
 当時本サイトでも、「Retired Japanese Fighter Pilot Sees an Old Danger on the Horizon(元日本人戦闘機飛行士は差し迫った古い危機をみる)」と題された、その原田氏のインタビュー記事を、紹介した。


(写真) みんなが知るべき情報/今日の物語

 インタビューのなかで、原田氏は、安倍首相の歴史認識や戦争に対する考え方について、こう批判していたのである。
「安倍首相は必死で日本の戦争放棄を取り消そうとしたがっているように見える」「戦後の長い平和がひとつの達成であったということを忘れているように思えてならない」「安倍首相ら最近の政治家は戦後生まれだから、どんな犠牲を払ってでも戦争を避けなければならないということを理解していないのです」

 そして続けて、こんな危惧も語った。
「その点で彼ら(安倍首相ら)は戦前の指導者たちと似ているんです」

 インタビューの掲載された昨年4月といえば、安倍政権が日本を“戦争できる国”に変える安保法制の国会審議を控えていた時期のこと。
 その後安保法制は、憲法も民意も無視したまま強行成立してしまった。そして今さらに、安倍首相は、改憲によってまさに「戦争放棄を取り消そう」と、動いている。
 だからこそ今あらためて原田氏の言葉を、私たちは噛み締めるべきではないか。言っておくが、原田氏は決して左翼に転向したわけではなく、別の局面では愛国的な発言もしている。そんな人物が「安倍首相は戦前の指導者に似ている」と指摘したことの意味は大きい。
 ニューヨークタイムズのインタビューに対し、「私は死ぬまで、私が見てきたものについて語りたい」「決して忘れないことが子どもたち、そして子どもたちを戦争の恐怖から守る最良の手段なんです」とも語っていた、原田氏。
 その戦争と平和への思い、安倍政権への危惧を、以下に再録するので、ぜひご一読いただきたい。(編集部)


(写真) みんなが知るべき情報/今日の物語

 4月3日、米「ニューヨーク・タイムズ」に、第二次世界大戦時、零戦のパイロットだった男性のインタビューが掲載された。原田要さん、98歳。元大日本帝國海軍エースパイロットである。
 原田さんは真珠湾攻撃では上空直掩隊として艦隊上空を警戒し、セイロン沖海戦、ミッドウェー海戦に参加。ガダルカナル島の戦いで撃墜され、重傷を負いながらも帰国し、教官となって終戦を迎えた。総撃墜数は19機。自らの経験を記録したいくつかの著書を残している。

 「Retired Japanese Fighter Pilot Sees an Old Danger on the Horizon(元日本人戦闘機飛行士は差し迫った古い危機をみる)」──そう題された「ニューヨーク・タイムズ」の記事は、長野で行われた原田さんの講演会の描写から始まる。彼はゆっくりと壇上に上がると、セピアに色あせた写真を掲げたという。それは、革のフライトジャケットを着込んだ、若かりし頃の自分の姿だった。

そしてこう語った。
「戦争ほど恐ろしいものはありません」「私は、あなたたちに私自身の戦争体験を伝えたい。若い世代に、私と同じ恐怖を体験させないために」

 講演会のあと、原田さんは「ニューヨーク・タイムズ」のインタビューに応じている。
 「私は零戦のコックピットから戦争を見ました。いまだに私が殺した兵士たちの顔はよく覚えています」「戦場でのかつての敵兵もまた、私たちと同じように父であり、息子なのです。彼らを憎んだり、知りもしないでいることはできません」「戦争は人間から人間性を奪うのです。全くの他人を殺すか、殺されることを選ばざるをえない状況に置かれることによって」「私は気がつきました。戦争が、私を人殺しへと変えてしまった。私はそうありたかったわけではないのに」

 人を殺したくない、そう思っていても、人を殺してしまっている──戦場の現実を知る当事者の言葉は、重い。記事には書かれていないが、原田さんの著書『最後の零戦乗り』(宝島社)には神風特攻のエピソードも記されている。


(写真)東中 光雄 物語

 1943年1月、原田さんは霞ヶ浦航空隊に教官として着任し、海軍兵学校出身者3名を受け持つことになった。そのなかの一人が関行男大尉(2階級特進後、中佐)だった。初の神風特攻により、レイテ沖海戦で戦死した軍人である。

 そして、原田さん自身もまた、霞ヶ浦航空隊にいたころ、「参謀肩章を付けたお偉いさん」から特攻の志願を促されたことがあったという。ガダルカナルでともに死の淵に立った戦友は、「命令されたら仕方がない。こうなったら俺は志願するよ」と言って、戦死した。原田さんは「俺はいやだ」と志願しなかったと書いている。

〈ミッドウェーでの「巻雲」での経験、ガ島から病院船での出来事、とにかく私は、
「命を大事にしなくては」 と、最後まで、命はむだにしちゃいけないと思っていた。〉(『最後の零戦乗り』より)

 ──このエピソードを聞いて、なにかを思い出さないだろか。海軍のエースパイロット、教官に転身、「命を大事に」。そう、百田尚樹『永遠の0』の主人公、宮部久蔵である。原田さんと宮部久蔵は、操縦練習生出身という点でも同じだ。

 実は、百田と原田さんは少なくとも一度、会って話したことがあるらしい。『永遠の0』出版後の2010年に、百田はツイッターでそのことをつぶやいていた。実際、そんな縁もあり、前出の『最後の零戦乗り』の帯に百田が推薦文を寄せている。

 原田さんは、百田に会ったときに「(主人公の宮部は)いろいろな零戦搭乗員の話を聞いてから作った、ひとりの偶像です。このなかには原田さんも入っています」と聞かされたという。しかし、安倍首相を礼賛し、タカ派発言を連発する百田とは対称的に、原田さんはインタビューのなかで、安倍首相の歴史認識や戦争への考え方に対して、こう「鋭いジャブ」を入れている。

 「安倍首相は必死で日本の戦争放棄を取り消そうとしたがっているように見える」、そして、「戦後の長い平和がひとつの達成であったということを忘れているように思えてならない」と。


(写真) みんなが知るべき情報/今日の物語

 積極的平和主義の名の下に、日本を再び「戦争ができる国」にしてしまった安倍首相。その口から常日頃飛び出すのは「有事にそなえて」「中国の脅威は予想以上」という国防論だ。そこからは、原田さんが語る「全くの他人を殺すか、殺されることを選ばざるをえない状況に置かれる」「戦争が、私を人殺しへと変えてしまった」という生々しい血の匂いと、背負うことになる罪の重さは、まったく感じられない。

 原田さんはインタビューで、「安倍首相ら最近の政治家は戦後生まれだから、どんな犠牲を払ってでも戦争を避けなければならないということを理解していないのです」と語り、そして、こう続けている。
「その点で彼らは戦前の指導者たちと似ているんです」

 戦後、眠れないほどの悪夢に苦しめられたと語る原田さん。夢のなかで彼が見続けていたのは、自分が撃墜したアメリカの飛行士たちの怯える顔だった。自身の戦争体験をようやく語れるようになるまでに、何年もの時がかかったという。

 記事は、原田さんのこんな言葉で締めくくられている。
「私は死ぬまで、私が見てきたものについて語りたいと思う」「決して忘れないことが子どもたち、そして子どもたちの子どもたちを戦争の恐怖から守る最良の手段なんです」安倍首相や百田に、その「恐怖」は想像もできないらしい。
(梶田陽介)


【出典】LITERA 2016.05.04

出典:LITERA 2016.05.04

朝日新聞が「押し紙」で公取委から注意! 読売にも疑惑あるのに朝日だけが狙われたのはなぜ? 背後に安倍政権

朝日新聞が「押し紙」で公取委から注意! 読売にも疑惑あるのに朝日だけが狙われたのはなぜ? 背後に安倍政権
LITERA 2016.04.28

 新聞業界に激震が走った。3月末、朝日新聞社が「押し紙」問題で、公正取引委員会から「注意」を受けたのだ。
 「押し紙」というのは、新聞社が広告料金を維持するために、宅配部数以上の部数を刷って、販売店に余分な新聞を押し付け、発行部数を水増しするという手法。
全国の日刊紙の発行部数の2割がこの押し紙で、毎日1000万部が廃棄されているという話もある。また、新聞社は販売店にこの押し紙の分も代金を払わせており、明らかに独占禁止法に抵触する。
 そして、この押し紙については新聞各社がこれまでその存在を一切認めず、新聞業界最大のタブーとして隠蔽されてきた。そこに、今回、とうとう公取委が切り込んだというわけだ。

 しかし、不思議なのは、なぜ、注意を受けたのが朝日新聞だったのか、という点だ。というのも、「押し紙」は新聞全紙がやっているうえ、一番有名なのは読売新聞だったからだ。
 たとえば、2009年には「週刊新潮」(新潮社)が読売新聞の販売店主の実名告発で「押し紙」問題を連続して取り上げ、大きな注目を集めた。
「わたしは今年3月まで、滋賀県で2店のYC(読売新聞販売店)を経営していました。配達していた朝刊は約7000部。しかし、読売新聞社は一方的に毎朝8750部もの新聞を搬入し続けていました。当然、1750部は配達されないから販売収入もありませんが、その分も卸代金を請求されたのです」(09年6月11号より)

 「週刊新潮」では他にも複数の販売店主からの証言や、「押し紙」が回収され、古紙として売られる現場写真を掲載するなど追及を続けたが、しかし、一連の記事に対し、読売新聞は新潮社と執筆者でジャーナリストの黒薮哲哉氏を名誉毀損で提訴した。

 裁判は最高裁まで争われ、その過程で、さまざまな「押し紙」の証拠が提出されたが、結果は、読売側の主張が認められ、13年に読売新聞の勝訴が確定している。販売店が過剰な部数の新聞を買い取っていることは証明されたが、新聞社が買い取りを強制したことが立証不十分とされたのだという。


 しかし、それでも、当時、販売店が過剰な部数の新聞を引き受けていたのは事実で、その規模も読売新聞が一番大きかったというのは、定説になっている。

 「14年には朝日新聞が前年比48万部減、読売も66万部減と下げ幅が過去最大になったんですが、これは、押し紙を大幅整理したからといわれているんです。つまり、減らした部数を見ても、読売の方が規模が大きかったことが読み取れる。しかも、押し紙はこの時期にかなり減っていて、今は大きな問題になるようなレベルのものではないと言われているんですが」(大手新聞の動向に詳しいジャーナリスト)


 では、なぜ今回公正取引委員会がこのタイミングで朝日新聞だけに「注意」を行ったのか。
 言うまでもなく公正取引委員会は総理大臣直属の行政機関であるが、この問題を取り上げた「週刊ポスト」(小学館)4月29日号には、今回の朝日新聞「押し紙」問題と政権との関係を示唆する興味深い記述がある。
〈実は、安倍首相は押し紙問題が新聞社のアキレス腱であることを熟知している。官房長官時代、参院予算委員会でこう答弁していることからもわかる(06年3月)。

 「私の秘書のところにもある新聞社が1カ月、2カ月間タダで取ってもらいたいと(略)また、いわゆる押し紙も禁止されているのに、いわゆる押し紙的な行為が横行しているのではないかという人もいるわけでありまして、実態としてはそういうところもしっかりとちゃんと見ていく必要もあるんだろう」〉
 つまり、朝日新聞の「押し紙」問題の浮上は安倍首相の思惑が背景にあるという指摘だ。
   確かに、安倍首相の朝日嫌いは有名で、今回の問題にも大きな関心を寄せているといわれる。ある政治記者はこんな証言をする。
 「押し紙問題は、何も朝日新聞の問題ではなく、読売、毎日、産経、日経など大手紙を中心とした新聞業界全体の“闇”です。しかし今回、官邸サイドからは「朝日はけしからん」とする一方で、しかし読売と産経に関しては「自主的に押し紙を廃止させるべく努力し、この2紙の押し紙問題は解消している」と擁護するかのような情報が流されているのです」

 朝日を標的にし、親衛隊メディアである読売と産経の押し紙には目をつぶれ。そうした卑劣な情報操作を行っているフシさえあるという。
 だがこうして政権に付け入る隙を作ったメディア側の問題も大きい。朝日新聞は「強制ではないから押し紙でなく予備紙」などと主張するのではなく、誰が見てもクリーンな体制にすべきだろう。さらなる言論弾圧の口実を与えないためにも、である。
(伊勢崎馨)

【出典】LITERA 2016.04.28

出典:LITERA 2016.04.28

お呼びじゃない! 安倍首相の被災地訪問パフォーマンス

お呼びじゃない! 安倍首相の被災地訪問パフォーマンス

日刊ゲンダイ 2016年4月23日

 いったい、日本列島になにが起きているのか。「本震」から1週間が経つのに、熊本地震は終息する気配がない。

 震度1以上の地震は800回を超えた。実に、1時間に4回のペースである。しかも、震度5以上が17回、震度4が76回と、大きな揺れがつづいている。被災者は夜も眠れないだろう。体力の限界が近づいているのは間違いない。

 被災者が不安を強めているのは、いつ揺れが収まるのか先が見えないことだ。なにしろ、気象庁は「過去に例のない地震で今後の予測は難しい」と予測をあきらめ、日本地震学会も「当初の考え方とは違った推移をしている」と“地震学の常識”は通用しないと白旗をあげている。実際、震度7の巨大地震が、同じ場所で2回も起きたことは過去、1度もなかった。被災者が不安になるのも当然だろう。

 いま、安倍政権がやるべきことは、とにかく被災者の不安を取り除くことだ。まず1日も早く「激甚災害」に指定することである。熊本県知事も「早く指定して欲しい」と強く要望している。「激甚災害」に指定されれば、自治体は動きやすくなり、住民も安心する。
 3.11の時は、民主党政権が翌日に閣議決定している。

 ところが、安倍政権は、熊本県知事の要請を、「激甚指定はゴールデンウイーク前だ」と冷たくハネつけているのだからどうかしている。なぜ、大急ぎで指定しないのか。しかも、震災以降、安倍首相は記者会見も開かず、「緊急対策本部」を立ち上げようともしない。


■ 北海道5区補選の前に入る必要


 これまで被災者に冷たい態度を取ってきた安倍首相は、きょう(23日)大勢を従えて被災地に入った。前日から「現場の状況を私自身の目で確かめ、被災者から話を聞き、思いを受け止めたい」と、現地入りを大々的にアピールしている。

 しかし、なぜ今ごろ、被災地に入るのか。その狙いは明らかだ。被災地入りの裏を官邸事情通がこう言う。
「どうやら安倍首相は、被災地を見て回った後『大変な被害だ』『私の決断で激甚災害に指定したい』と、自分が“政治決断”したようにアピールしようと以前から考えていたようなのです。安倍首相は『私の決断で』というフレーズが好きですからね。1週間以上、激甚災害に指定しなかったのは、安倍首相の“見せ場”をつくるためだった疑いがあるのです。総理が本部長に就く『緊急対策本部』も、安倍首相の視察後、立ち上がる可能性があります」


 しかし、こんなバカなことが許されるのか。もし、安倍首相の“見せ場”をつくるために、激甚災害の指定が遅れたのだとしたら、とんでもない話だ。

 それでなくても、安倍首相の被災地視察は、政治的パフォーマンスがミエミエである。被災者に優しく語りかければ、支持率はアップする。単純な国民は拍手を送る。そう計算しているのは明らかだ。政治学者の五十嵐仁氏がこう言う。

「安倍首相が地震を政治利用していることは確かでしょう。オスプレイを使った米軍の輸送支援を受け入れたのが典型です。支援物資を被災地に運ぶだけなら、自衛隊の大型輸送ヘリの方が大量に運べます。実際、米軍はほとんど役に立たず、あと数日で支援をやめてしまう。それでも支援してもらったのは、『日米同盟が深化した結果だ』とPRするためだったのは明らかです」

 安倍首相は、あす北海道と京都の2カ所で行われる補欠選挙の前に、どうしても被災地に入りたかったという。被災地を視察すれば、それがそのまま補欠選挙の選挙運動になるからだ。安倍首相の被災地視察には、ドス黒い魂胆が隠されている。



被災者の声を聞かず混乱の拡大

 しかし、本気で被災者のことを考えていない安倍政権では、復旧復興は絶対に進まない。被災者の不安も強まる一方だろう。

 被災地の熊本では、4万戸以上が断水し、都市ガスも9万戸が供給停止のまま。依然、深刻な物資不足がつづいている。全国から救援物資が届いているが、必要な所に必要なモノが届かず、不要なモノが大量に届けられている状態である。

 益城町の体育館に避難している600人は、飲み水を確保するのが精いっぱいな一方、同じ益城町の避難所「グランメッセ熊本」には十分に水があるのに、2リットル入りのペットボトルが2000本も届き、避難者は困惑しているという。とくに、安倍政権が「プッシュ型」と称して、被災者の要望も聞かず、テキトーに物資を送っていることが、混乱を拡大させているという。モノを届けられた現場は「聞いていない」と戸惑っているそうだ。

 それもこれも、安倍首相が本気で被災者のことを考えていないからだ。地震を政治利用することしか頭にないからである。

「安倍首相が被災者のことを考えているなら、まず鹿児島にある川内原発の稼働をストップさせているはずです。熊本の被災者は、いつ川内原発が被災するか不安を募らせているからです。川内原発の稼働が止まったら、安心する被災者は多いでしょう。なのに、安倍首相は被災者の声に耳を傾けようとせず、建設業者を喜ばせるように、税金投入ばかりアピールしている。どうかしています」(五十嵐仁氏=前出)

 3.11から5年経つのに、いまだに東北の避難者は17万人、仮設住宅で暮らす人は岩手、宮城、福島3県で5万9000人もいる。安倍首相の震災復興が口先だけだからだ。安倍政権のままでは、熊本の被災者も救われない。



■ 国民をバカにしている裏返し

 被災地を視察した安倍首相は、この先も、地震を徹底的に政治利用するつもりだ。安倍首相と親しい、おおさか維新の片山虎之助共同代表が「大変タイミングのいい地震だ」と口にしたが、あれは安倍首相のホンネを代弁したようなものだ。

 事実、熊本の地震は、安倍首相にとって神風に近い。
 野党にリードされていた衆院北海道5区の補欠選挙も、地震の発生後、自民党候補が逆転したという。大きな震災が起きると、どうしても国民の支持は政権与党に集まりやすい。しかし、国民は絶対にダマされてはダメだ。

 政治評論家の本澤二郎氏が言う。
「地震を利用しようとしている安倍首相は、要するに、国民をバカにしているのです。被災地を視察し、政治的な決断を下せばバカな国民は支持すると思っているのでしょう。地震だけじゃない。株価を上げておけば高い支持率をキープできる、野党を悪者にしておけば政権は安泰。この3年間、そうやって政権を維持してきたのが安倍首相です。国民のために政治を行い、その結果、支持されればいいという発想は皆無です。これ以上、国民は安倍首相の手法にダマされてはいけない。庶民にとっていいことはなにもなかったはずです」

 国民の不幸を政治利用するようなことは、絶対に許してはいけない。


【出典】日刊ゲンダイ 2016年4月23日

出典:日刊ゲンダイ 2016年4月23日

失政隠し 安倍自民に「いいタイミング」だった大地震

失政隠し 安倍自民に「いいタイミング」だった大地震

日刊ゲンダイ 2016年4月22日

人でなし政権(C)日刊ゲンダイ

 「大変タイミングのいい地震」と非常識な発言をして謝罪・撤回に追い込まれたのは、おおさか維新の会の片山虎之助共同代表だが、熊本県や大分県を襲っている連続地震が、安倍自民の命運に影響を与えたことは確かだろう。

 「片山氏の発言は非常に不謹慎で、批判されるのは当然ですが、一般論として、有事の際は政権与党に追い風が吹くといわれています。米国の大統領選でも、ハリケーンが来ると現職や与党に有利に働く。ただちに補助金を出したり、軍隊を派遣したりして、政権党の強みをこれでもかとアピールできるからです。これだけの大きな地震があれば、真っ先に選挙や政局への影響を考えるのが政治家の常識なのかもしれません。長く政治の世界に身を置いてきた片山氏ですから、両院議員総会という身内の会合で気が緩んだこともあって、つい心の中で思っていることを口に出してしまったのでしょう。さすがに人前でそんなことは言いませんが、自民党内で片山氏と同じように思っている人は少なくないと思います」(政治評論家・有馬晴海氏)

 そもそも、おおさか維新は限りなく自民党と一体化した補完勢力である。片山発言は、安倍政権の本音を代弁したようなものだ。20日に民進党とおおさか維新がそれぞれ地震対策の申し入れをした際の安倍首相の対応が、それを裏付けている。

 民進党の岡田代表との会談場所が、ふだん副長官が役人を集めて会議をする殺風景な官邸3階南会議室だったのに対し、片山氏と会ったのは4階特別応接室。生花が飾られ、表敬訪問の際に使われる部屋だ。安倍首相は前日の片山発言をとがめるでもなく、「提言をまとめていただきました」と、にこやかに応じた。岡田と会った時の硬い表情が嘘のような歓待ぶりで、片山氏には強いシンパシーを感じているようだ。
 

■災害に強い与党アピールが奏功

 「不倫や暴力事件などを週刊誌に書かれる議員が続出し、不適切な発言も相次いで、巨大与党の緩みが指摘されていた最中に大地震が起きた。待機児童の問題もあって、国民の批判にさらされ下り調子だったムードが一変したのは事実です。劣勢だった衆院北海道5区補選も、地震をきっかけに一気に巻き返しました。災害に強い自民党をアピールする戦法が奏功し、勝利が見えてきた。増税延期にしても、アベノミクスの失敗ではなく、被災地のためだと言い張れる。こういう言い方は不謹慎かもしれませんが、地震で潮目が変わったんです」(自民党関係者)

 政府が答弁不能で立ち往生していたTPP承認案と関連法案も、今国会での承認・成立を見送ることが決まった。

 交渉の全容を知るとされる甘利前大臣が口利きワイロ疑惑で辞任し、後任の石原TPP担当相は、何を聞かれてもマトモに答えられない。国会にはすべて黒塗りのノリ弁みたいな資料を出してくるのに、特別委の西川委員長は官僚の協力を得てTPP交渉の内幕本を出版しようと画策。19日の委員会では、森山農相が関税の「聖域」なんて一切なくて、すべての分野で譲歩しまくりだったことを認め、農業関係者からの猛反発が予想された矢先だった。

 国民に嘘をついて合意にこぎつけたから、詳細を説明もできない。数の力で強行採決に踏み切れば、国民の怒りが爆発するのは必至。そんな条約が承認されないのは当然なのだが、そういう中身の問題ではなく、災害対策が理由で先送りになった。安倍政権にとっては渡りに船だ。


地元の豪雨ではすぐに激甚災害指定を表明したのに…


片山議員(左)発言も山本副大臣も…/(C)日刊ゲンダイ

 大地震で命拾いしたといえば、民主党政権の菅元首相も同じだった。3月11日にあの大地震が起きなければ、菅元首相は確実に総理のイスから引きずり降ろされていた。外国人からの違法献金を追及され、予算関連法案も否決確実の状況だったのだ。

 「菅元首相が、東日本大震災の発生直後にヘリで被災地を視察したのも人気取りのためでしたが、深刻な災害をあからさまに政治利用しようというヨコシマな考えが裏目に出て、批判にさらされた。ただ、決して擁護するわけではありませんが、何か大きな出来事があれば、うまく利用しようと考えるのが政治家の習性なのです。安倍首相も、今回の地震には大型補正予算などで対応するつもりでしょう。低所得の年金受給者に3万円をバラまいたり、若者に商品券を配るといった政策は批判されても、災害対策に反対する人はいない。これも予算を握っている政権党の特権です」(有馬晴海氏=前出)

 今回の地震について、安倍首相は口では「迅速な対応」「被災者の目線に立つ」と言うが、いまだに激甚災害指定もしていない。口先だけなのだ。どう利用するのが得策かしか頭にない。3年前に地元の山口県が豪雨に見舞われた時に、すぐさま激甚災害指定を表明して現地に飛んだのとはえらい違いである。

 家屋倒壊の危険があるのに全避難者に屋内退避を指示するなど、初期対応の致命的なミスがあったことも明らかだ。地震発生直後の15日から現地に派遣し、現地対策本部長をやらせていた松本文明内閣府副大臣の評判も最悪。「救援物資は足りているんだから文句は言わせない」と居丈高に語ったり、「こんなメシで戦えるか」と食事に文句をつけることもあったと「週刊文春」に報じられた。今の自民党の体質を象徴している。

 現地の本部長がこんな態度で、救援活動がスムーズに進むはずがないのだ。上から目線で、被災地の気持ちは無視。自分たちの手柄しか考えていない。そういう政府の稚拙で傲慢な対応を批判すれば、「この非常時に何を言っているのか」と封じられてしまう。ここが問題だ。


■天変地異を政治利用する最低最悪

 21日の衆院総務委でも、民進党が松本氏の言動を批判したら、おおさか維新の足立康史衆院議員が口汚くこう罵った。
「被災地で頑張ってきた副大臣を呼びつけて、週刊誌をもとに誹謗する。九州のために全力を尽くしているのが自公政権ですよ。民進党が足を引っ張っているんですよ。ふざけるなよ、おまえらホンマに」

 頑張ってきたが笑わせる。さすが、自民の補完勢力だ。松本氏がどんな狼藉を働き、救援活動の邪魔になってきたか。現地に取材すればすぐに分かる話なのだが、こういう筋違いの発言に同調しがちなのが、大災害の盲点だ。

 「本来は、政府のやり方がおかしければ、それをハッキリ指摘することが被災者のためになるはずです。しかし、非常時に政権を批判すれば非国民のように言われてしまう。それを恐れて、メディアも政権にとって都合の悪いことは報じない。地震対応に取り組んでいるフリだけで、政治パフォーマンスに明け暮れている悪辣政権にとっては、こんなに都合のいいことはありません。経済もメタメタでジリ貧だったことも国民の関心から追いやられ、ほくそ笑んでいることでしょう」(政治評論家・本澤二郎氏)

 本当に人でなしとしか言いようがないが、政治評論家の浅川博忠氏もこう言う。
「天変地異を政治に利用するなんて最低最悪です。今の政権は目先の選挙や政局しか見ていない。非常に底の浅い政治が行われています。常に、自分たちにとって何が有利かというのが判断基準で、国民の安全や生活はそっちのけ。国の将来を真剣に考えようともしない。こういう政治が続いたら、社会がおかしくなるのも当然です」

 熊本では、被災地にある民家や避難所で窃盗や置引が多発しているという。これのどこが「美しい国」なのか。“稼ぐが勝ち”の風潮のせいか。大財閥系の三菱自動車が主力軽自動車などで燃費を良く見せる不正をしていたことも、モラルハザードの典型だろう。
 国民生活には目もくれず、富裕層優遇で格差拡大を助長してきた安倍政権が地震を悪用してのさばることになれば、被災地も国民も報われない。


【出典】日刊ゲンダイ 2016年4月22日

出典:日刊ゲンダイ 2016年4月22日

熊本県の支援要請を拒否し、激甚災害指定しない安倍晋三

熊本県の支援要請を拒否し、激甚災害指定しない安倍晋三

カレイドスコープ 2016.04.19

 熊本大震災の初期、熊本県からの支援要請を拒否した安倍晋三。いまだに「激甚災害指定」しない安倍晋三。災害救助より「緊急事態条項」を優先するかのように見える安倍晋三。これらは、ある一点で焦点が結ばれる。


熊本大地震、「今度も俺はついている」と言いたげな安倍首相

 ネットではいつものごとく、ネトサポ、ネトウヨによる「さすが安倍首相の対応は迅速」、「菅直人首相や民主党政権とは全く違う」などと、称賛の“やらせ”書き込みが拡散している。
 安倍政権は、正に国難の今このときにも、自民党インターネットサポーターズクラブを使ってこうした工作をやっているようた。それにしても、国民の誰もが不可解に思っていること・・・それは、いったい、いつになったら政府は「激甚災害指定するのか」ということである。「激甚災害指定」されると、被災者への支援は自治体レベルではなく、国レベルに移る。

 愛する家族を亡くしたり、やっと建てたマイホームを破壊されたりして絶望に打ちひしがれている被災者にとっては、希望の光であり、なんとも心強い味方を得た気持ちになるものなのだ。

 リテラが書いているように、なぜ安倍晋三は「最初のうちは、熊本県からの災害支援の要請を拒否したのか」という大いなる疑惑について考えないわけにはいかないのである。民主党政権時代、菅直人は東日本大震災が起こってすぐに「激甚災害指定」した。

 安倍内閣のB層支援者や、自民党インターネットサポーターズクラブが工作しているように、「菅直人が激甚災害指定を遅らせた」というのは、またまた悪質なデマである。公党ともあろうものがここまで犯罪的なことを平気でやるようになってしまったのでは、もうこの政党は末期症状である。ここまで酷いと反吐が出切ってしまって胃液まで出てきそうだ。

 自民党政権時代、「激甚災害指定」するまで、のんびりやっていると半年かかっていた。それでは、復興が遅れるどころか、二次、三次の被害が出る恐れがある、ということから、民主党に政権交代したときに、被害の全容調査を簡略化して迅速に激甚災害指定すべきだ、という議論が国会に持ち込まれていたのである。

 そして、3.11の発災直後、それは実行された。今現在、14日深夜の時点で書いたそのとおりのことが起こっている。結局、物資は被災地に届いていない。


 自衛隊員は、家屋の下敷きになった被災者に「がんばれ」と声をかけながら、懸命になって救出作業に精を出している映像が繰り返しテレビで流されている。

 災害救助に当たらせる自衛隊員は、2万人から2万5000人に増えた。
陸の輸送ルートは、ほうぼうで寸断されている。
「早く自衛隊のヘリで、緊急物資を運べ!」の要請を受けて、自衛隊のヘリコプターが空輸するのかと思いきや、案の定、登場したのはオスプレイだった。

 ここでも、産経新聞が必死になってオスプレイの存在価値をアピールしている。
自衛隊には、高い安全性で定評のある大型輸送ヘリコプターCH-47があるにもかかわらず、である。まるで、「この災害を思う存分利用して、オスプレイに対する批判をかわす」ためのデモンストレーションをやっているかのようだ。後から、法外な請求書が来ることが分かっていながら、安倍首相は米軍の支援をすんなり受け入れた。

 これだけ大規模な災害救援体制をしいているにも関わらず、いまだに「激甚災害指定」しないのである。安倍晋三は、すでに官邸をコントロールできなくなっているようだ。安倍晋三のやっていることは、一般の常識人には、とうてい理解不能である。ただ、官房長官の菅義偉のこの言葉で、暗闇の謎が氷解するはずだ。

日本経済新聞 4月16日

緊急事態条項「極めて重い課題」 熊本地震で官房長官

 菅義偉官房長官は15日の記者会見で、熊本地震に関連し、大災害時などの対応を定める緊急事態条項を憲法改正で新設することについて「極めて重く大切な課題 だ」と述べた。「憲法改正は国民の理解と議論の深まりが極めて重要だ」とも語り、慎重に検討すべきだとの立場を示した。
自民党は野党時代にまとめた憲法草案で、緊急事態条項の新設を明記している。


 繰り返し書くが、「緊急事態条項」とは、首相が戒厳令を発動すれば、国権が首相の手に移され、議会を開かなくても国民の基本的人権を制限できるという条項である。
つまり、官邸の一存で「戦争ができる」のである。それどころか、不可逆的な独裁政治を許すことにつながっていくのである。ハフィントン・ポストがいかに危険な条項であるか簡潔にまとめている。


緊急事態条項は、緊急事態管理庁(日本版FEMA)が運用する。

 そのとおり、一朝有事の事態を理由にして、国民の生殺与奪の一切を独裁者が握ってしまうことになるのである。そのために、集団的自衛権の行使が既定路線であるかのように「日米共同」を印象付け、オスプレイを倍額で購入させられたことの正当性を説明するための機会に利用しているのである。

 自衛隊だけでは災害救助がいかに不十分なのかをマスメディアを使って国民の脳裏に刷り込みつつ、日本版FEMAという新しい無国籍の実質、世界軍隊の創設をスムーズに運ぶようにしたいのである。報道番組のコメンテーターや、ニュース・バラエティーのコメンテーターの言うことを注意深く聞かないと騙されてしまう。


 昨晩の報道ステーションの後藤謙次氏は、災害対応の遅れにやんわり触れながら、(日本版FEMAの創設が)必要不可欠であるかのような発言をしていた。しかし、宮根誠司のニュース・バラエティー番組のレギュラーコメンテーターである青木理氏は、うまくかわした。宮根誠司が、「こうした災害時にも、被災地にとどこおりなく物資を運ぶには、どうすればいいのか」といった不自然なフリに、青木氏はこう言った。

 「組織がどうのこうのではなく、現場の実態をしっかり把握して、キメの細かい対応ができる小規模な仕組みが必要かもしれない」と。日本版FEMAは、災害とは何の関係もない支配的組織である。それは、たとえば経済崩壊した時、国民を押し殺して黙らせるための組織であることは、アメリカ版FEMAの恐怖に慄くアメリカ人なら誰でも知っていることなのである。

 それはそうと、昨日の国会で、安倍晋三は「予定通り、消費税を10%に上げる考えに変わりはない」と言い切った。「リーマン・ショック級、大震災級の事態にならない限りは」と。では、熊本大地震は、安倍晋三にとって「大震災級」ではないらしいのである。しかし、米軍の支援を受け入れたことと矛盾しないのか。それでも「大震災級の災害ではない」と言い張るつもりなのか。なるほど、どおりで「激甚災害指定」を躊躇するわけだ。

 
 なんと、政府は「“早ければ”来週にも激甚災害指定」するということだ。遅い! すべてが遅い! どーしようもない怠慢だ。民主・菅直人は3.11直後に激甚災害指定した。
それでも「さすが、安倍ちゃんは菅直人などより決断が早いね」と、必死に嘘を信じ込まそうとしてまで晋三を擁護している犯罪ネットウヨクたちは、どうする?

 いったい何が起こっているのか。官僚たちは、晋三の言うことをきかなくなっている? 官邸は、安倍の政治家としての汚点を増やそうとしているとしか考えられない動きをし続けているのである。“晋三の終わりが近づいている”と見なければ、説明できない。しかし、晋三を決してあなどってはならない。最後っ屁で何をやからすか分からない本物の狂人だからだ。

 安倍晋三は、イスラム国による人質テロ事件が起きたとき、「俺はついている、とほくそえんだような男」であることを、くれぐれもお忘れなきよう。
この男こそ、日本国民にとって、もっとも危険な政治テロリストなのだから。


【出典】カレイドスコープ 2016.04.19

出典:カレイドスコープ 2016.04.19

安倍官邸が最初の地震の後、熊本県の支援要請を拒否!  菅官房長官は震災を「改憲」に政治利用する発言

安倍官邸が最初の地震の後、熊本県の支援要請を拒否!
菅官房長官は震災を「改憲」に政治利用する発言

リテラ(LITERA) 2016.04.16

「事は一刻を争う」「被災者救助、支援に万全を期す」
 安倍首相は今日4月16日、昼前に開いた非常災害対策本部会議で関係各省を前にこう宣言。菅義偉官房長官も会見で、自衛隊を現在の2千人から2万人に増やすことを決定したと胸を張った。


 これを受けて、ネットではいつものごとく、ネトサポ、ネトウヨによる「さすが安倍首相の対応は迅速」「菅直人首相や民主党政権とは全く違う」などと、称賛の“やらせ”書き込みが拡散している。

 まったく、冗談も休み休み言ってほしい。今回の熊本大地震に対する安倍政権の対応はとてもじゃないが「迅速」と呼べるようなシロモノではない。首相は今頃になって「事は一刻を争う」などと偉そうに言っているが、当初は地元の要請をはねつけ、その結果、被害をさらに拡大させた形跡があるのだ。

 そもそも、14日、1回目の地震が起きた時点で、熊本県では行政機能がマヒしている地域がいくつも出てきており、同県の蒲島郁夫知事は政府に対して、主導的に災害対策に取り組んでもらえるよう「激甚災害の早期指定」を求めていた。ところが、政府はこれを取り合わなかった。

 ちなみに、東日本大震災であれだけ対応の遅れが指摘された菅政権は地震発生の翌日、激甚災害の指定を閣議決定しているが、安倍政権は今日16日昼の時点でもまだ、指定していない。


 自衛隊の増派についても同様だ。知事側は最初から大量派遣を求めていたにもかかわらず、政府は当初、2000人しか出さなかった。そして今日未明、マグニチュード7.3の大地震が起き、被害の大きさを知ってから、ようやく増派を決定したのである。

「被災者の救出が遅れているのは、1回目の地震で行政機能が麻痺していたところに、2回目の地震が起きて、安否確認や救出が満足に行えていないから。政府が熊本県の求めに応じて、1回目の地震の直後からもっと積極的に動いていたら、もう少しこの混乱を防げたのではないかと思います」(熊本県庁担当記者)

 その後も、安倍政権は不誠実きわまりない対応を続けている。そのひとつが、 安倍首相自身の現地視察見送りだ。安倍首相は、昨日の政府会合で「現場を自らの目で確かめ、被災者の生の声に接し、今後の対策に生かす」と意気込んでいた。ところが、マグニチュード7.3に達する大地震が起きるや、視察を見送ってしまったのである。


 官邸は、現地視察を取りやめた理由を「被害の全容把握や被災者支援に万全を期す必要がある」といっているが、そんな理由は成り立たない。というのも、今日午前、与野党幹部が会って週明けのTPP国会審議を行うと確認しているからだ。政界からも「震災対応に万全を期すならTPP審議だってできないはず。それをやれるくらいなんだから、現地視察はできたはずだ」と疑問視する声が出ている。

「視察取りやめは、マグニチュード7.3の大地震が起きて、安倍首相がさらに大きな地震が起きるかもしれない、と怖じ気づいたからでしょう。安倍さんは東日本大震災、福島第1原発事故のとき、菅直人首相(当時)の対応を手厳しく批判しました。しかし、菅さんのほうがまだ、自分で危険な場所に行っただけマシ。安倍さんは被害対策を地方に丸投げし、首相公邸に籠もりっきりですからね」(全国紙政治部記者)


 安倍首相だけではない。やはり今日現地入りする予定だった石井啓一国交相は九州新幹線の脱線現場などを見て回るはずだったのに取りやめた。

 結局、政府が派遣したのは、災害担当の松本文明内閣府副大臣だけ。しかもこの副大臣、蒲島県知事と面会するなり、「今日中に青空避難所というのは解消してくれ」と切り出し、知事から「避難所が足りなくてみなさんがあそこに出たわけではない。余震が怖くて部屋の中にいられないから出たんだ。現場の気持ちが分かっていない」と怒鳴り返されるという失態を演じてしまった。

「蒲島知事は政府の後手後手の対応に相当、怒っていますからね。怒るのも無理はありません」(前出・熊本県庁担当記者)
 これだけでも信じがたい対応だが、安倍政権は、現地の要望を無視しただけでなく、当初、この地震を政治利用しようとしていたフシがある。


 1回目の地震の翌日夜、菅官房長官が記者会見で、熊本地震を引き合いに出して、憲法の新設項目として非常時の首相権限を強化できる「緊急事態条項」の必要性を主張した。
 記者から「予想もしなかった大きな地震が発生した。早急な緊急事態条項の必要性をお考えか」と水を向けられると、菅長官は「今回のような大規模災害が発生したような緊急時において、国民の安全を守るために、国家、そして国民みずからがどのような役割を果たすべきかを憲法にどのように位置付けていくかということについては、極めて、大切な課題であると思っている」と述べたのだ。


 改めて言うまでもないが、災害時の政府対応は、災害対策基本法が定める首相の「災害緊急事態の布告」でもって主導的に行うことが十分可能で、事実、東日本大震災の被災地に、政府の災害対応についての法改正が必要かどうかをアンケートしたところ、ほとんどの自治体が「必要がない」という回答を寄せている。
 菅官房長官の発言は明らかに「話のすり替え」であり、今回の地震を政治利用しようとしたとしか思えないものだ。

「しかも、このやりとりは、シナリオがあったとしか思えないようなスムースなものだった。おそらく、菅官房長官とべったりの安倍応援団メディアの記者と事前にすり合わせをして、質問させたんでしょうね」(前出・全国紙政治部記者)

 さらに、今日16日午後になって、今度は中谷元防衛相が「米軍の支援受け入れ検討」を表明し、防衛省や自衛隊にも検討を命じたが、これも、露骨な政治利用らしい。
 というのも、この米軍の支援については、今日午前の会見で、菅官房長官が「動員を拡大し、現地で活動することができるようになり始めているので、自衛隊で対応できる」と否定していた。それが、一転、受け入れに動いたのは、安倍首相周辺が強く「受け入れろ」と言ってきたからだという。


「安倍さんの周辺は、世論誘導のチャンスと考えたようです。米軍が救援に協力する映像を流させ、イメージアップし、集団的自衛権行使や米軍基地辺野古移転問題で国民の支持をとりつける。現実には、時間が経った後に、言葉や地理に不案内な米軍がきても、現場が混乱するだけで、自衛隊内部でも反対意見が根強いんですが……」(防衛省担当記者)

 この期に及んでも、頭の中は、国民不在の“謀略政治”。安倍政権にはせめてこういう非常事態の時くらいはくだらないことに頭を使うのはやめて、国民の生命、安全確保だけを考えることを強く望みたい。それこそ、「事は一刻を争う」のだ。
(高橋憲一郎)


【出典】リテラ(LITERA) 2016.04.16

出典:リテラ(LITERA) 2016.04.16

安倍晋三が今度はTPPで 「反対と言ったことは一回もない」と大嘘答弁!  マスコミはなぜ安倍の嘘を放置するのか

安倍晋三が今度はTPPで「反対と言ったことは一回もない」と大嘘答弁!
マスコミはなぜ安倍の嘘を放置するのか

リテラ(LITERA) 2016.04.08


2012年総選挙時の「ウソつかない。TPP断固反対。ブレない」
という自民党ポスター


 またしても安倍首相がお得意の二枚舌を披露した。昨日、衆院TPP特別委で、民進党・柿沢未途議員から「かつては断固反対と言っていたTPPに活路を見出そうとしているのではないか」と質問された安倍首相は、平然とした表情で、こう言い放ったのだ。
「私自身は、TPP断固反対と言ったことは一回も、ただの一回もございませんから。まるで私が言ったかの如くのですね発言は慎んでいただきたい」

 ……言葉を失うとはこのことだ。柿沢議員は、安倍氏が自民党総裁として立ち、与党に返り咲いた2012年総選挙時の「ウソつかない。TPP断固反対。ブレない」という自民党ポスターを突きつけていたが、それを見ながらなお、安倍首相は「TPP反対なんて言ってない」とシラを切ったのだ。

 ご存じの通り、この総選挙で安倍総裁はTPP反対を公約に掲げ、当然ながら安倍氏自身も「TPP反対」と何回も口にしている。たとえば、2013年2月23日の記者会見でも、オバマ大統領との日米首脳会談について問われ、こう述べている。

「私からは先の衆院議員選挙で聖域なき関税撤廃を前提とする限りTPP交渉に、交渉参加に反対するという公約を掲げ、また自民党はそれ以外にも5つの判断基準を示し政権に復帰をした、そのことを大統領に説明をいたしました」

 また、2013年に発売した自身の著書『新しい国へ──美しい国へ 完全版』(文藝春秋)でも、このように記している。
〈御承知の通り、自民党は「『聖域なき関税撤廃』を前提にする限り、TPP交渉 参加に反対」という立場をとっております。なぜなら、あらかじめ「関税ゼロ」であることを呑んでしまっては、守るべきものは守れません。「TPPは第三の黒船だ。開国しないと日本の未来はない」という感情論に流されて、現実を見失うべきではありません。(中略)今、問われているのは、交渉する上での総合力です〉



TPP交渉文書、黒塗りで開示 内容は分からない状態

 選挙のときは、大票田だった農村へのアピールのためにTPP反対を強く打ち出していたのに、与党に返り咲いてしばらく経つと現在のようにTPP賛成へと手のひら返しをした安倍首相。このほかにも「TPP反対」と様々な場面で語っていたが、恐ろしいのはそうした事実が山のように出てくるのを知っていながら、公然と「言ってない」とウソをつけてしまう神経だ。

 実際、安倍首相は今年1月の衆院予算委員会でも、こんな大ウソをついている。
 それは、「北朝鮮による拉致被害者家族連絡会」(家族会)元副代表の蓮池透氏が、著書『拉致被害者たちを見殺しにした安倍晋三と冷血な面々』(講談社)で、安倍首相が実際は拉致被害者たちを北朝鮮に帰そうとしていたにもかかわらず、自分が止めたかのような嘘をついていたことを非難。

 この記述について、民主党(当時)の緒方林太郎議員が国会質問したところ、安倍首相はブチ切れ、「拉致問題を利用したことも、ウソをついたこともない」「私が申し上げていることが真実であることはバッジをかけて申し挙げます。私の言っていることが違っていたら、私は辞めますよ。国会議員を辞めますよ」と宣言した。

 だが、先日、本サイトで紹介したように、安保法に反対する議員に対して「精神鑑定を受けた方がいいんじゃないのか」と暴言を吐いた自民党所属の札幌市議・勝木勇人氏が、じつはいまから13年前にブログで“安倍氏自身が会合で話した話”として、安倍氏が拉致被害者に「とにかく一度北朝鮮に戻れ」と言ったと記述していた。つまり、安倍首相は拉致被害者を帰そうとしたことを、自ら吹聴していたのだ。

 言っていたことが違っているのだから、さっさとバッジを外して国会議員を辞めていただきたいものだが、息を吐くようにウソをつける彼が自身のウソを認めることなどないだろう。

 だが、今回の「TPP断固反対と言ったことはただの一回もございません」というウソは、投票者を愚弄する、あまりに悪質なものである。しかし問題は、この発言を追及するメディアがない、ということだ。テレビにせよ新聞にせよ、安倍首相が2012年の総選挙時、TPP反対と表明していたデータは山ほどあるはずなのに、それを掘り出すことさえせず、昨日の国会での発言すらも取り上げない。

 それは、民進党・山尾志桜里政調会長のガソリン代問題でも顕著だ。ガソリン代は安倍首相のほうが遥かに上回る金額を計上しているにもかかわらず(しかも下野時代の2012年がもっとも高い)、その問題についてはまったく触れず、山尾叩きに走っている。
 はっきり言って、マスコミがこれまで通りに報道していれば、安倍政権はすでに一回のみならず、何回も総辞職に追い込まれていたはずだ。安倍首相の二枚舌はもちろん、アベノミクスの破綻、特定秘密保護法や安保法の強引な採決、甘利明・前経済再生相の現金授受をはじめとする汚職、閣僚たちから次々飛び出す暴言・失言……。

 だが、マスコミがきちんと報じないために深掘りもされず、そればかりかほとんどきちんと取り上げられることもなく、問題が問題とされないまま流されていってしまう。それがいまの状況だ。

 稀代の大ウソつき総理が安泰でいられる国──。これこそが現在の日本の危機的状況を生み出している原因であり、まさに異常事態と呼ぶほかはない現状なのだ。
(水井多賀子)

【出典】リテラ(LITERA) 2016.04.08

出典:リテラ(LITERA) 2016.04.08

佐藤浩市がテレビの萎縮・右傾化に危機感表明! 「このままだとナショナリズムに訴えるドラマしか残らなくなる」

佐藤浩市がテレビの萎縮・右傾化に危機感表明!

「このままだとナショナリズムに訴えるドラマしか残らなくなる」
リテラ(LITERA) 2016.04.01

【写真】TBS「官僚たちの夏」

 昨日の放送をもって、『報道ステーション』(テレビ朝日)のキャスター・古舘伊知郎氏が番組を降板した。これは本サイトで繰り返し報じているように安倍政権による報道圧力にテレ朝が屈した結果だが、同局に限らず、いま、大手メディアは安倍政権に怯え、「事なかれ主義」に徹している状態だ。

 しかし、これは報道だけの問題ではない。その問題を提起するかのように、あの大物俳優がこんな苦言を呈した。佐藤浩市だ。
「ナショナリズムに訴えかけるようなドラマしか、もう残された道はないんだろうか。冗談ですが、そんなことを口にしたくなるほど、テレビドラマの現状は方向性を見失っていると思う」

 これは3月30日の朝日新聞に掲載されたインタビューでのこと。タイトルは「方向性見失うテレビドラマ、希望はどこに」。佐藤は、現在のテレビドラマが医療ものと刑事ものに集中し、かつ視聴率も苦戦していることを挙げつつ、テレビドラマの“無害化”を批判している。


世界で最も自主規制する国ニッポン

「お茶の間に届けるテレビドラマにも、かつては映画のようなイデオロギー性をはらむ、偏った番組が放映される余地がありました。それがいつしか、どこからもクレームがつかない安全な方向を向いていく」
「これだけ視聴者の裾野の広いメディアだけに、難しさはあるでしょう。でもそうやって現場で自主規制を重ね、表現の自由を放棄してしまっては、自らの首を絞めていくだけです」
 つまり佐藤は、テレビドラマも「偏った番組」は自主規制されるなかで、ナショナリズムを煽る内容ばかりになるのではないか?と危機感を口にしているのだ。

 さらに、“欧米に比べて日本の俳優には社会的発言が少ない”という問いには、 「スポンサーとの関係性」という日本の特異な問題点を述べた上で、「世間もメディアも我々に社会的、政治的発言を求めていない側面もある。

 この島国では残念ながら、個人が自由に発言できる状況にはないのが現実だと思います」と述べている。俳優が置かれている立場に佐藤が疑問をもっていることがわかる回答だが、「個人が自由に発言できる状況にはない」という指摘は、いま日本で強まる同調圧力や、多様な意見に対する偏狭な批判の多さを佐藤も感じているのかもしれない。


沖縄戦・戦没者の遺骨

 それにしても、これまで社会的・政治的な話題を語ってこなかった佐藤が、こうしてメディアに意見したことに驚いた人も多いだろう。だが、昨年出演した戦争特番でも、佐藤は自身の思い、危機感を言葉にしていた。

 それは、昨年3月9日に放送された『戦後70年 千の証言スペシャル 私の街も戦場だった』(TBS)。これまでは俳優として“自らの素地があらわになる”ノンフィクションへの参加は断ってきたという佐藤だったが、「残り少なくなった当事者の人たちに、どんな心境で戦地へ赴いたのか、肉声を聞きたかった。役者としての欲求で受けた仕事です」(同上)という理由でナビゲーターを務めた。

 そんな同番組が取り上げたのは、米軍機に取り付けられたガンカメラが撮影した機銃掃射の実態だった。佐藤はその機銃掃射のターゲットにされた場所に出向き、体験者や遺族に取材。国内の惨状を伝えながらも、同時に米軍パイロットたちの心理にもスポットを当て、殺される側も殺す側も日常や心を引き裂かされる戦争はいかに不条理なものであるかをあぶり出した。

 この番組は、第11回日本放送文化大賞のグランプリ候補や2015年日本民間放送連盟賞テレビ報道番組部門の優秀賞、第52回ギャラクシー賞選奨を受賞するなど、高く評価されたが、その番組の最後を、佐藤はこんな言葉で締めくくっている。
「世界のいろいろなところでいまも戦争は行われています。戦争は人間の愚かな行為です。しかし、人間は過去に学ぶことができます。戦後と言いつづけられるよう、私はこれからも体験した方々や遺族の話に耳を傾けつづけたいと思います」


「桜花」=米軍から「バカ爆弾(BAKA bomb)」とさえ言われた無謀な特攻兵器

 この言葉通り、佐藤は同年の終戦記念日に放送された『私の街も戦場だったⅡ 今伝えたい家族の物語』(TBS)でも、人間爆弾と呼ばれた特攻兵器「桜花」をレポート。米軍からは「バカ爆弾(BAKA bomb)」とさえ言われた無謀なこの桜花によって800名を越える若者たちが命を落としたが、佐藤は遺族に話を聞くため訪ね歩き、スタジオでは取材の感想をこう述べた。

「(戦争は)国が起こすのであって、でも、政治家の大義は“民のため、国のため”。そこで何でこんなにボタンを掛け違っていくのだろう。それをほんとうに感じましたし、何よりも重たいと思われている命を軽んじることって何なのだろう。それがいま現在、我々も直面しているんじゃないのかな、そういうふうに思いました」

 戦争の悲劇を過去のものとしてではなく、いま、まさに直面している問題だと語った佐藤。このメッセージと併せて、今回の「ナショナリズムに訴えかけるドラマしか残されていないのでは」という発言を読むと、日本に流れる不穏な空気に佐藤は強い不安を感じているのだろう。

 じつは、佐藤は以前にも、「大戦を描いた映画への出演は一度だけ。どこまでが反戦と言えるのか、考えあぐねた結果」(朝日新聞2015年3月7日付インタビュー)だったことを明かしている。そうした考え方の底流には、父・三國連太郎の影響が感じられる。実際、このインタビューでは、「中国出征時の体験を繰り返し語った父、故・三国連太郎とは、戦争がいかに日常をおかすのか、そんな話をしたこともある」とある。


著名な家族 三國連太郎(父)

 ご存じの方も多いだろうが、三國といえば一貫して反戦を訴えてきた反骨の俳優だ。しかもそれは筋金入りで、三國は中学時代から軍国主義に反発し、徴兵を逃れるために逃亡。そのときの思いを、三國はこう語っている。
「徴兵を逃れ、牢獄に入れられても、いつか出てこられるだろうと思っていました。それよりも、鉄砲を撃ってかかわりのない人を殺すのがいやでした」(朝日新聞1999年8月13日付)

 その後、逃亡した三國は特高に連れ戻され戦地に送られたが、「一発も鉄砲を撃てなかったいちばんダメな兵隊」(川名紀美『女も戦争を担った』冬樹社)と振り返っている。それでも、三國は言う。「私はこれまでの人生にいろんな汚点を残しましたがね、あの戦争に加担したことがいちばん大きな汚点だったというふうに感じているんです」と。

 三國と佐藤はけっして仲の良い親子ではなかった。というよりも、ふたりの確執は事あるごとに囁かれていた。実際、ふたりにとって実質上の初共演作となった映画『美味しんぼ』の制作発表でも、佐藤が「俳優はサービス業」と話すと三國が「サービス業などという考え方は間違っている」とすぐさま批判するなど、マンガのなかの海原雄山と山岡士郎を地で行く不仲ぶりを見せつけていたくらいだ。

 だが、だからといってふたりは、わかり合っていなかったわけではないだろう。13年に三國は逝去したが、そのお別れの会で、佐藤は三國を「ひどい父親」と言いながらも、「それ以上に僕に残してもらったものがある。僕がここに立って、やりたいと思える芝居をやれるのは三國連太郎という人がいたから」「彼から受け取ったものは父親としての人生より数倍濃厚なものだったかもしれない。自分がどこまで理解しているかわからないけど、それを自分の中で守って行きたい」と語っている。


「64−ロクヨン− 前編/後編」完成

 俳優として、そしてひとりの人間として、佐藤が三國から受け取ったもの。そのなかには三國が最期まで抱えもった戦争への思いもあるだろう。戦争を憎み、差別を憎み、権力を批判しつづけた三國だが、今回、佐藤が述べた「ナショナリズムに訴えかけるようなドラマしか、もう残された道はないんだろうか」という問いかけは、現在の社会とメディアの状況を的確に捉えたものだった。

 どうか佐藤にも、俳優として三國の反骨心を今後も継承してほしいと願うばかりだが、最後にもうひとつ、前述した昨年3月のインタビュー記事から、佐藤のメッセージを紹介して締めとしたい。

 「戦後70年というのは、70年間戦争をしてこなかったということ。これを未来永劫続けていくために、どんな小さな声であっても、我々が継承していかなければならない」
(水井多賀子)

【出典】リテラ(LITERA) 2016.04.01

出典:リテラ(LITERA) 2016.04.01

『報ステ』古舘伊知郎が最後の反撃!
ドイツ取材で緊急事態条項の危険性 安倍首相とヒトラーの類似点を示唆

『報ステ』古舘伊知郎が最後の反撃! ドイツ取材で緊急事態条項の危険性、安倍首相とヒトラーの類似点を示唆 LITERA 2016.03.19



 昨夜3月18日に放送された『報道ステーション』(テレビ朝日)が、いま大きな話題を集めている。というのも、昨夜の特集は安倍首相が改憲の入口として新設を目論んでいる「緊急事態条項」。しかも、ヒトラーが独裁のために悪用した「国家緊急権」と重ね合わせるという、安倍首相が激怒すること間違いなしの内容で、古舘伊知郎キャスター自らがドイツへ渡りレポートする力の入れようだったからだ。

 まず、古舘キャスターはドイツからのレポートの最初に、こう話した。
ヒトラーというのは、軍やクーデターで独裁を確立したわけじゃありません。合法的に(独裁を)実現しているんです。じつは、世界一民主的なワイマール憲法のひとつの条文が、独裁につながってしまった。そしてヒトラーは、ついには、ワイマール憲法自体を停止させました
ヒトラー独裁への経緯というのを振り返っていくと、まあ、日本がそんなふうになるとは到底思わない。ただ、いま日本は憲法改正の動きがある。立ち止まって考えなきゃいけないポイントがあるんです

 独裁の道に走らせたワイマール憲法の条文、それこそが「国家緊急権」だ。「大統領は公共の安全と秩序回復のため必要な措置を取ることができる」という条文をヒトラーは悪用、集会やデモの開催を禁止し、出版物を取り締まり、共産主義者を逮捕し、野党の自由を奪い、あらゆる基本的人権を停止させた。ここまでは教科書にも書いてあることだが、本題はここから。この「国家緊急権」が「緊急事態条項」とそっくりではないか、と言及するのだ。

 国家緊急権と緊急事態条項がそっくりだというのは、本サイトでも昨年から繰り返し指摘してきた。安倍政権は大規模な自然災害時に迅速に対応するために緊急事態条項が必要なのだと強調するが、これは建前に過ぎない。事実、自民党による憲法改正草案の該当箇所には、こうある。

《(緊急事態の宣言) 第九十八条 内閣総理大臣は、我が国に対する外部からの武力攻撃、内乱等による社会秩序の混乱、地震等による大規模な自然災害その他の法律で定める緊急事態において、特に必要があると認めるときは、法律の定めるところにより、閣議にかけて、緊急事態の宣言を発することができる。

「災害時のために」と言うわりに、自然災害が出てくるのは最後の3番目である。しかも草案では、緊急事態宣言は国会の承認が必要だが事後でもいいことになっており、これは事実上、事後承認でやりたい放題できる、ということだ。


 くわえて草案には、ダメ押しで、《この場合においても、第十四条、第十八条、第十九条、第二十一条その他の基本的人権に関する規定は、最大限尊重されなければならない。》とある。つまり、法の下の平等、身体の拘束と苦役からの自由、思想と良心の自由、表現の自由といった人類普遍の権利でさえ「最大限尊重」(厳守ではない)程度の扱いになるのである。

 夏の参院選で与党が3分の2以上の議席を獲得し、緊急事態条項の新設となれば、いよいよ本当に安倍首相はヒトラーのように独裁にひた走るのではないか──。実際、昨夜の『報ステ』では、ワイマール憲法の権威であるドイツ・イエナ大学のミハエル・ドライアー教授にこの緊急事態条項を見せたところ、ドライアー教授はこう述べていた。
「この内容はワイマール憲法48条(国家緊急権)を思い起こさせます。内閣の一人の人間に利用される危険性があり、とても問題です。

 一見、読むと無害に見えますし、他国と同じような緊急事態の規則にも見えますが、特に(議会や憲法裁判所などの)チェックが不十分に思えます。(中略)なぜ一人の人間、首相に権限を集中しなければならないのか。首相が(立法や首長への指示など)直接介入することができ、さらに首相自身が一定の財政支出まで出来る。民主主義の基本は「法の支配」で「人の支配」ではありません。人の支配は性善説が前提となっているが、良い人ばかりではない」

 良い人ばかりが首相になるわけではない。現状の安倍政権の強権的な態度を考えると、じつに含みのある話である。さらに番組ではスタジオゲストとして、昨年の安保法制の国会審議の際、与党の推薦で参考人として国会に招致され「安保法制は違憲」という見解を示した長谷部恭男・早稲田大学法学学術院教授が登場。長谷部教授は、「内閣総理大臣がそう(緊急事態だと)思えば(緊急事態宣言を行える)という、主観的な要件になっている。(発動要件が客観的ではなく)非常に甘い」「場合によっては怪しいと思われれば令状なしで逮捕される、そんなことになるということも理屈としてはあり得る」と緊急事態条項の危険性を述べ、また、“緊急事態条項が必要ならば憲法に入れるのではなく法律を設けたらいい話なのではないか”という見解も示した。

 このように、多角的に緊急事態条項を掘り下げた『報ステ』。しかし、古舘キャスターは番組中、「ヒトラーのような人間が日本に出てくるとは到底想定できないんですが」と何度も念を押し、さらには一度たりとも「安倍」という二文字を発しなかった。
 だが、この特集のテーマは緊急事態条項と国家緊急権の類似性のみに留まらず、緊急事態条項の新設を目論む安倍首相の危険性をも暗に伝えるものだった。


 たとえば、ドイツからのリポートVTRでは、ヒトラーが経済政策と民族の団結を全面に打ち出したこと、ヒトラーが「強いドイツを取り戻す」という言葉で民衆から支持を得ていったこと、そしてヒトラーは巧妙に言葉を言い換え、独裁を「決断できる政治」に、戦争の準備を「平和と安全の確保」と表現していたことを、古舘キャスター自らが紹介した。お察しの通り、これはすべて安倍首相に置き換えられるものだ。

 というよりも、ヒトラーの手法を安倍首相が多分に意識し、真似ているといったほうがいいだろう。現に自民党は、自民党東京都支部連合の事務局広報部長(当時)がヒトラーの選挙戦略を学ぼうという『HITLER ヒトラー選挙戦略』(小粥義雄/永田書房)なるナチス礼賛本を出版。高市早苗総務相が「著者の指摘通り勝利への道は『強い意志』だ。国家と故郷への愛と夢を胸に、青年よ、挑戦しようよ!」という推薦文を寄せていた(ちなみに同書は批判が殺到し、わずか2カ月で絶版回収されている)。

 まさに、日本がいま置かれた危機的状況のなかで警鐘を鳴らす、渾身の特集。既報の通り、政権からの圧力によって降板に追い込まれた古舘キャスターだが、この放送はそんな古舘氏と番組スタッフたちによる、じつに真っ当な方法による“政権への反撃”だったのだろう。

 古舘キャスターは特集の最後を、こんな言葉で締めくくった。
「とにかく立ち止まってじっくり議論をする、考えてみるということが、この条項に関しては必要ではないか、その思いで特集を組みました」
 こうした重要な情報を視聴者に伝えるのが、本来の報道の役割であるはず。だが、ヒトラーよろしく日本の独裁政権はこれを“偏向報道”と呼び、不都合な事実を伝えるキャスターたちをことごとく握り潰すことに成功した。

 まさしくいま恐ろしい国になりつつあるが、最後に気概を見せた『報ステ』は、古舘キャスター最終日の31日の放送まで見逃せないものとなりそうだ。大いに期待したい。
(水井多賀子)


【出典】LITERA 2016.03.19

出典:LITERA 2016.03.19

何がダブル選だ! 官邸騒然「内閣支持率急落」を徹底分析 日刊ゲンダイ 2016年3月8日

何がダブル選だ! 官邸騒然「内閣支持率急落」を徹底分析
日刊ゲンダイ 2016年3月8日


 余裕をかましていた安倍官邸が慌てている。内閣支持率が急落しはじめたからだ。

 毎日新聞の調査では、「支持する」は1月の前回調査から9ポイント減の42%、「支持しない」は8ポイント増の38%だった。支持率は危険水域とされる40%割れ目前となっている。読売新聞の調査でも、「支持する」は3ポイント減の49%、逆に「支持しない」は4ポイント増の40%に跳ね上がっている。

 世論調査の数字を事前に入手した安倍官邸は、大慌てで「内閣情報調査室」に調査結果を分析させている。官邸がパニックになったのは、まさか支持率が下落するとは夢にも思っていなかったからだ。困惑する首相周辺は、こう言う。

「正直、なぜ支持率が9ポイントも下がったのか分からない。乱高下していた株価は下げ止まり、1万7000円前後で安定しているし、米軍普天間基地の移設問題も沖縄県と“和解”したばかりです。安保法案のような、政権を直撃する大きな出来事もなかった。甘利大臣が“政治とカネ”で辞任した時でさえ、支持率がアップしたのに、なぜ、このタイミングで支持率が下落したのか。官邸も慌てています」


 しかし、支持率が下落した理由はハッキリしている。アベノミクスに対する失望だろう。読売新聞の調査によると、経済政策を「評価しない」は、過去最悪の47%に達している。
「以前から、アベノミクスは失敗に終わったのではないか、と感じていた国民は少なくなかったでしょうが、日銀がマイナス金利まで導入したことで、やっぱりアベノミクスはうまくいっていない、と確信する国民が増えたのでしょう。安倍首相が突然、“自分の任期中に憲法を改正したい”と、改憲に前のめりになったことも大きかった。国民は景気回復を求めているのに、優先順位が違うし、安倍首相が改憲を強く訴えはじめたのは、アベノミクスが失敗した裏返しだと見抜いたのだと思います」(政治評論家・森田実氏)


■夢から覚め、安倍内閣の正体に気づいた

 それよりなにより、いよいよ安倍内閣の化けの皮が剥がれはじめたということではないか。そもそも、安倍内閣が高い支持率をキープしてきたのは、実績が評価されたわけではなく、“幻想”に支えられていたに過ぎない。

「政権の発足直後、安倍内閣が高い支持率でスタートしたのは“期待感”からだったと思う。民主党政権に裏切られた国民が、乗り換えるように、安倍内閣に期待した。株価が急上昇したのも期待感からでした。さすがに、途中から安倍内閣に対する期待は消えたが、それでも『他に代わる人もいないし』という消極的に支持する国民が多かった。なかば諦めの気持ちだったと思います。それほど民主党政権に対する失望は大きかった。安倍首相も、二言目には民主党を批判し、国民を洗脳してきた。今回、支持率が9ポイントも下落した理由は、安倍首相の不遜な態度、不倫議員の辞任、上がらない賃金など、いくつもあるでしょうが、大きな理由として、安倍内閣に対する“幻想”に国民が気づきはじめた可能性があります」(政治学者・五十嵐仁氏)

 冷静に考えてみれば、国民の78%が「景気回復を実感していない」と答えているのに、支持率が50%を突破していることの方がおかしいのだ。



4月の補選で2敗したら終わり

 この先、安倍内閣の支持率はどうなっていくのか。一度、下がりはじめた支持率は、下落のスピードを速めていくことが多い。とくに、危険水域の40%を割り込むと、底が抜けたように落ちていくものだ。

 しかも、安倍内閣には、支持率をアップさせる材料がない。むしろ、4月以降、景気はもう一段冷え込むと予想され、さらにアベノミクスへの失望が広がっていく可能性が高い。
 保育園騒動で世の中の女性をカンカンにさせたことも、ボディーブローのように効いてくるはずだ。子どもを認可保育園に入れられなかった働く女性が、匿名ブログで、もっと保育所を作って欲しいと訴えたのに、安倍首相は国会で「匿名である以上、本当かどうか確かめようがない」と冷たく切り捨てた。これには日本中の女性が怒り、国会前でデモが起きている。毎日新聞の世論調査でも、女性の支持率は11ポイントもダウンしている。


 いま安倍周辺が恐れているのは、4月24日に行われる衆院北海道5区と、衆院京都3区の補欠選挙で2連敗することだという。もし、2敗したら、多くの国民が「やっぱり安倍内閣は支持されていないのか」と再認識し、支持率の下落に拍車がかかるとみられている。日本人は周囲の顔色を見て、一方向に動くからだ。


■本当に衆参ダブル選挙を打てるのか

 安倍首相は、「衆参ダブル選挙」を考えているらしいが、この状況で、果たして解散など打てるのか。首相本人は、どんなに支持率が下落しても、弱小の野党相手なら、絶対に負けないと自信を深めているという。たしかに、世論調査でも「野党新党に期待しない」は60%に達し、7月の参院選の投票先も「自民党」38%、「野党新党」15%と圧勝している。
 しかし、ダブル選挙に打って出たら、予想外の結果になってもおかしくない。前出の森田実氏がこう言う。


「講演などで地方を歩いていると、安倍政権に対する不満、批判が広がっていることがよく分かります。いまさらアベノミクスを訴えても、有権者は反応しないでしょう。かといって、改憲を争点にしたら、自民党は惨敗する可能性がある。安倍首相には、訴えるモノがない。消費税増税の凍結もインパクトに欠ける。せいぜい、“民共政権を許していいのか”と、野党を攻撃するくらいでしょう。安倍首相はどんな大義名分で解散するのか。野党が選挙協力の体制を整えれば、互角の戦いになると思う。いまアメリカでは、民主党のサンダース候補が、大学の授業料の無料化を訴え、若者の支持を集めています。日本でも、学生はもちろん、子供を持つ親は、高い教育費に苦しんでいる。奨学金の返済に追われている20代、30代の若者も多い。野党が教育の無料化を訴えれば、多くの支持を得られるはずです」


 そもそも、内閣発足から3年経っても「挑戦、挑戦」を連呼し、まったく成果を挙げられない政権が、いつまでもつづくことが間違っている。支持率の下落は、傲岸不遜内閣が崩壊する序章だと見ていいのではないか。


【出典】日刊ゲンダイ 2016年3月8日配信

出典:日刊ゲンダイ 2016年3月8日配信

「信憑性高い」 東京五輪の不正招致疑惑に元JOC職員が言及 日刊ゲンダイ 3月4日(金)9時26分配信

「信憑性高い」 東京五輪の不正招致疑惑に元JOC職員が言及
 日刊ゲンダイ 3月4日(金)9時26分配信


ソチ五輪フィギュアの観戦に訪れた安倍首相

 やっぱり、カネが支払われていたのか――。

 五輪招致をめぐり、協賛金疑惑が浮上した。今年8月のリオデジャネイロ五輪と20年の東京五輪の招致活動に不正があった可能性を、フランス検察当局が捜査していることが判明した。1日付の英紙ガーディアンが報じた。

 当局は国際陸連(IAAF)の元会長で国際オリンピック委員会(IOC)委員だったラミン・ディアク氏(82)のドーピング隠蔽に絡んだ汚職捜査の一環として、リオと東京五輪の招致活動や投票にも捜査対象を広げているという。

 東京五輪招致では、ロシア陸上界のドーピング問題に関する世界反ドーピング機関(WADA)の第三者委員会が1月に発表した調査報告書の中で、日本側が国際陸連などに協賛金を支払ったとの証言があると指摘。一方で、トルコ側は400万~500万ドル(約4億5600万~5億7000万円)の協賛金を支払わなかったため、ディアク氏の支持を得られなかったとしている。同氏は当初イスタンブールを支持していたが、日本側がIAAFに協賛金を支払うと、日本支持に回ったという。日本側は不正を否定している。


■さらなる“余罪”が出る可能性も


 元JOC職員で、長野五輪招致活動に関わったスポーツコンサルタントの春日良一氏がこう言う。

「報道の信憑性はかなり高いと思います。日本はこれまで正攻法にこだわり、政治的な駆け引きやロビー活動が足りなかった。その結果、名古屋、大阪、前回の東京とあまりに戦略が稚拙だったため、相手にもされず、惨憺たる結果を招いてきました。その反省からオールジャパン体制で臨むと聞いた時、そういうこともあり得るとは思っていました。安倍晋三首相がアラブ諸国を回ったり、アフリカへの支援事業を打ち出したり、森喜朗元首相がロシアのプーチン大統領を訪問したのも、政治的本気度のあらわれです」

 その上でこう続ける。

「キレイ事だけで済む世界ではありません。票を持っている人物が組織委員会に金品を要求してきたら、ムゲには断れません。渡航のためのファーストクラスのチケットや子供の留学の面倒まで頼んでくるケースもあります。あくまで目的は招致です。国際陸連からイスタンブールが協賛金を支払わなかったという情報が入れば、むしろ渡さない手はない。確実に1票が入るわけですから。長野五輪の際は、20億円の招致費用を使って批判にさらされました。それが今回、公になっているだけで89億円です。実際、こういう話が出てくると、あらためて莫大な金額を使ったんだなと思います」

 13年には、首相自らが招致演説で福島第1原発の汚染水を「アンダーコントロール」と嘘をついて招致した東京五輪。そんな“前科”があるだけに、次から次へ“余罪”が出てきてもおかしくない。


【出典】日刊ゲンダイ 3月4日(金)9時26分配信

出典:日刊ゲンダイ 3月4日(金)9時26分配信

室井佑月 甘利大臣辞任に「小沢一郎さんのときと、えらい違いだ」 〈週刊朝日〉 dot. 2月19日

室井佑月 甘利大臣辞任に「小沢一郎さんのときと、えらい違いだ」〈週刊朝日〉
dot. 2月19日(金)11時42分配信


 今夏の参議院議員選挙に向け、動きを見せる自民党。作家の室井佑月氏は、今の世の中を変えるなら野党が選挙で勝つしかないという。
*  *  * 
 甘利経済再生担当相が、1月の28日、辞任した。その直後におこなわれた全国世論調査では、安倍政権の支持率がまさかの上昇。

 2月1日付の毎日新聞には、
「安倍内閣の支持率は51%で、昨年12月の前回調査から8ポイント上昇した。支持率が5割を超えたのは2014年3月調査以来。不支持率は30%と前回より7ポイント低下した」
 とあった。テレビでは、「大臣辞任影響せず」といったニュースが、さかんに流れていた。
 つまり、世間の多くの人にとって、甘利さんの問題は大したことじゃないってか。

 甘利さんの問題は、秘書の使い込みといった小さなことじゃない。建設会社から金をもらい、天下りの多いURに圧力をかけ、URは我々の血税をふんだんに使った――そこがいちばん問題じゃ。我々が増税に耐えいくら頑張っても、無駄使いされたらキリがないよ。
 ま、そういう風にテレビでは突っ込んでいなかったしな。甘利さん問題で国会が延びると、参議院選挙の日が変わる、といった政局の話ばっか。

 あたしははりきって、CGで作ったとらやの羊羹受け渡しシーンを流すのかと思ってた。各局あげて祭りとなった小沢一郎さんのときと、えらい違いだ。
 ノロマの民主は、こういうことがわかっているの? どんなことをしても選挙で勝たないと、今の世の中は覆せない。

 たとえば、1月30日付の朝日新聞デジタルの記事。
「高校生のデモ参加などの政治活動をめぐり、文部科学省は29日、休日や放課後に校外での政治活動に参加する場合、事前に学校に届け出させることを認める見解を示した」

 もちろんこういった動きは、選挙権年齢が18歳以上に引き下げられるからだろう。もうこれ、デモにいくなってことだ。学校は面倒は避けたいもん。

 こういった動きの反面、自民党青年局では、党所属議員が卒業した大学やOB、現役学生に働き掛け、各大学に「自民党サークル」を設けることを考えているらしい。たしか去年、びっくりしてそのニュースを、このコラムに書いたから覚えている。

 元TBSのキャスターで、今夏の参院選長野選挙区に民主党から立候補予定の杉尾秀哉さんも、民主党大会で、安倍政権や与党側による報道の圧力について語っていた。

 もうなんでもありだ。何度もいうけど、それに対抗するには選挙で勝つ以外ない。
 こんなのおかしい、許せないと声をあげ出した人もいる。

 けれど、肝心の政治家の腹が据わらない。野党がひとつに纏(まと)まらない。散(ばら)けていては、勝てる見込みは薄いのに。

 このままだと怖い思いをして立ち上がった人間は、世の中の空気にバタバタと殺されていく。声をあげる人はいなくなる。


【出典】 週刊朝日 2016年2月26日号



(参考資料)
陸山会事件 (小沢一郎の資金管理団体「陸山会」を巡る事件)
出典:週刊朝日 2016年2月26日号

LA FACE CACHÉE DE SHINZO ABE  安倍晋三の隠された顔

LA FACE CACHÉE DE SHINZO ABE  (安倍晋三の隠された顔)

【出典】 PAGES D'ECRITURE

週刊誌L'Obs (旧 Le Nouvel Observateur)の2015年5月21日(通巻2637)に掲載されたLA FACE CACHÉE DE SHINZO ABE (アベシンゾーの隠された顔)という記事です。

Japon LA FACE CACHÉE DE SHINZO ABE

Loin de son image de réformateur économique, le Premier ministre japonais est lié à une organisation d’extrême droite révisionniste qui prône un retour à l’empire (経済改革者のイメージと程遠く、日本の総理大臣は、帝国への回帰を称える極右団体に関係している。)


VINCENT JAUVERT

 それは国際政治で、大幅に無視されているとはいえ、主要な事実だ。世界第三の経済大国である日本は、数か月前から、(総理大臣、安倍晋三も含めて)閣僚の4分の3が、歴史修正主義で権威主義の極右団体、「日本会議」と呼ばれる、目立たないが影響力のある団体に属していることだ。

 2012年12月に政権に復帰したとき、安倍晋三が、新自由主義的であると同時に戦前に郷愁を抱く強硬な右翼出身の政治家であることを知らない者はなかった。プーチンやインドの国粋的指導者モーディを称賛していることも知られていた。
 安倍が近かった、祖父の岸信介が1932年に大日本帝国によって併合された満州のナンバー2であり、次に戦争中に東條内閣の一員であったこと、そして結局、1945年の敗戦の後、A級戦犯として投獄されていたことも、誰もが知っていた。

 しかし明らかに、反動的で反民主主義的なイデオロギーへの安倍晋三の政治的根強さは過小評価されていた。「数か月前まで、安倍の最終目的は有名なアベノミクス(編集部注:安倍の名を冠した経済再建計画)によって日本経済を立て直すことだと多くの人が考えていた」、上智大学‘国際教養学部)教授の中野晃一は分析する。

 「今日、安倍が本心を隠さないで行動しているのか、戦後に採択された平和的で自由で民主的な憲法の根本的な改変を日本人により容易に”売り込む“、という目的のためだけに経済的成功を追及しているのではないかと疑問視されている。そうして、彼が1997年の創設時から加入している団体、日本会議に特有の、帝国主義に憧れを持つ、古い秩序への回帰を押しつける目的でも。」

 「逆説的だがこの非常に重要な団体は日本では未だに真価を認められていない」、日本版『リベラシオン』ともいえる『東京新聞』に昨年夏、日本会議に関する初めての長い記事を書いた佐藤圭は言う。

 「その出発から、日本会議はレーダーに現れないようにあらゆる注意を払ってきた。広告も出さないし、テレビにも出ない。戸別訪問的な活動をしながら、視線の及ばないところで前進していた。その集会はメディアに開かれていない。そして、会員たちには会談の間も、写真を撮る権利もない。」 

 この信じられない「ステルス性」にはもう一つの理由がある。
「日本会議は、より反動的な、地方で発展してきた」と、日本の右翼運動の専門家である法政大学の政治学者、山口二郎は説明する。
「大手メディアは、元々ローカルだったこの団体を見下していた。2012年12月の安倍内閣の指名と、さらに昨年秋の内閣改造後、日本会議所属の閣僚の数がさらに増えて、その強大さに面食らうまでは。それまでは田舎の、片隅のものと見なされていたこの極右団体が、日本の政治の中心にいたのだ。」

 日本会議は1997年、一つは満州侵略を率いた帝国軍元司令官によって、もう一つは主に神道の宗教団体によって設立された、二つの極右団体の合併により生まれた。「反動的で1930年代に郷愁を抱くこれら二つの集団は、日本が戦争中に行った残虐行為の過ちを告白することに耐えられなかった。

 彼らによれば、日本人は帝国に誇りを持たなければならなかった」と、山口二郎は説明する。「分裂したままではイデオロギー闘争に敗北しつつあったと理解したときに、合併した。」 彼らの自覚は1995年8月15日に起こった。村山首相が有名な謝罪宣言を述べたときである。その日、世界は第二次世界大戦終結の50周年を記念していた。

 この機会に、日本が1930年代と1940年代に、「植民地支配」を押し付けるためにアジア諸国を「攻撃した」ことを、日本の政府のトップが初めて、公に、そして公式に認めたのだ。この認識は、帝国軍が政敵奴隷に頼っていたと1993年に認めた、内閣のナンバー2、河野洋平の宣言の後に来たものだ。

 婉曲に「慰安婦」と呼ばれた女性たちは、朝鮮やフィリピンの村で誘拐され、強制的に軍の売春宿に住まわされた。反動主義者と超国粋主義者には、もう我慢できなかった。反論し、新しい運動、つまり日本会議を建設することが急を要した。
 新しい団体の事務総長職は、1970年代の極右学生のリーダーで、今も強大な力を持つ、椛島有三なる人物に委ねられた。そしてこの団体は今、3万5千の会員と200の支部を数える。


289 PARLEMENTAIRES MEMBRES (289人の議員メンバー)

 10年前に祖父が亡くなった安倍晋三は1997年に国会議員になる。お友だちと一緒に、直ちに「日本会議」に、次いで日本会議を支持する議員団体に加入する。「当時彼らは、保守のジミントーでも周辺的だった」と、中野晃一は言う。「20年近く経った今日、彼らはジミントーと内閣を席巻している。

 そして日本会議は、国会の40%に相当する、289人の議員を集めている…」 彼らのスローガンとは? 戦後の日本、「アメリカに押し付けられた」制度と生活様式から決別することだ。彼らは、「勝者の正義」、戦争犯罪人を裁いた東京裁判の正当性を認めない。彼らは歴史を自らの味付け、敗者の歴史を書き直したがっている。

 日本帝国はアジアの民衆を「解放した」と声高らかに断言したい。1938年の日本軍による南京大虐殺は作り事であり、最悪でも、民間人に変装した数百人の中国兵が死亡しただけだ(日本人も含めてまともな歴史家は少なくとも数万人の民間人が拷問された後に殺戮されたと考えているのに)。

 日本会議の歴史修正主義者らは、「慰安婦」は勇敢な日本兵を慰めて月末に手取りを増やして喜ぶ、単なる自発的な売春婦だったと断言する(この主題に関して帝国軍に反対する証言が圧倒的であるにもかかわらず)。


CHANGER LES LIVRES D'HISTOIRE (歴史書を変えること)

 日本会議の目的は、歴史書を書き換えることだ。有利な状況を作ることから始めた。間もなく、中学校の教科書は、歴史学者の視点と同じく論争中の問題に関して「政府の公式の立場」を言及しなければならなくなる。

 「別の言い方をすれば、歴史修正主義のぱっとしない教師が、南京で民間人の死者はなかったと断言すれば、それが我々の子どもたちの教科書に書き込まれることになる」、政治学者の中野晃一は説明する。教育に関して、日本会議は「愛国」教育への回帰を熱望する。彼らの夢は、1890年代の帝国時代の法にできるだけ早く近づくことだ。個人に対して天皇への全面的な服従を押し付け、将来の神風の複数の世代にわたって洗脳してきた法に。

 これで全てではない。「アメリカの圧力下で」採択された、1947年の平和憲法を、日本会議は根本的に変えようとしている。その最初の標的は、第9条だ。この中で日本は「戦争を、永久に放棄」している。

 国粋主義者は世界のどこでも、そして「自衛力」だけではない軍隊を望んでいる。「安倍と日本会議にとって、第9条の廃止は決定的に重大だ。なぜならこの条文が軍国日本との決別を意味しているからだ」、『朝日新聞』論説委員の大野博人は説明する。運動は既に進行中だ。

 昨年7月、政府は初めて、「自衛隊」が日本の国土を離れて同盟国を助けることを憲法9条が認めていると断言して、同条の解釈を変更した。それが最初の突破口だ。日本会議は他の条文、最初に婚姻における男女の平等に関する第24条と決別するために、そこに殺到しようとしている。

 彼らにとってもちろん、夫は全ての領域で配偶者を支配しなければならない。彼らはまた、戦前の風習に戻ることを望んでいよう。学校では、まず男子、次いで女子の五十音順で点呼されること… とりわけ、戦後の裁判で裁かれた戦争犯罪人を含む、死亡した兵士が祀られる、靖国神社に国家が関わることを邪魔する、宗教と国家の分離に関する16条も廃止することを目指す(中国と韓国の気分を害して、安倍晋三は2013年12月、首相就任1周年に靖国神社を参拝した)。

 最後に、明らかに、日本会議は天皇が、一種の権威主義的民主制に変質した日本の政治の中心に戻ることを望んでいる。
  安倍とそのお友だちの反動主義者は、どこまで行くことができるだろうか? 日本の誰もが、第二次世界大戦終結70周年記念の8月15日に首相が発するに違いない声明を待っている。前任者たちの宥和的な宣言と、どの位まで距離を置くことになるだろうか? 「ホワイトハウスは、地域の他の同盟国を失う恐れがあるため、余りにも反動主義の臭いがすることは受け入れられない。」 そして、国民がいる。

 安倍の目的は、2016年7月の参院選を利用して、国会で憲法を変えるために必要な圧倒的多数を得ることだ。それができるだろうか? 「日本会議はエリートの運動だ」、中野晃一は言う。「大多数の国民は、その思想の大部分に反対している。しかしその受動性のために、特にアベノミクスが上手く行っていれば、国民はされるがままになりかねない。」 少なくとも今のところ思いがけない人物が抵抗勢力になり得る。

 81歳の天皇、明仁だ。日本会議が政治問題に戻るのを待っている、その人である。さる1月、新年の祝辞に際して、天皇は行間で、歴史の反動的な解釈に反対であることを示した。2月、長男である皇太子、55歳の徳仁殿下はさらに雄弁だった。極めて稀な記者会見の席で、皇太子殿下は、戦争の歴史が「正しく伝えられる」ことを望んだ。
逆説的に、皇室は今や、日本の自由民主主義の最も優れた盾となっている。

L’OBS/No2637-21/05/2015


(De notre envoyé spécial au Japon)

C'est un fait majeur – mais largement ignoré – de la politique internationale : le Japon, troisième puissance économique de la planète, est dirigé, depuis quelques mois, par un gouvernement dont les trois quarts des ministres (dont le Premier, Shinzo Abe) sont affiliés à une organisation d'extrême droite, à la fois révisionniste et autoritaire – une association discrète mais très influente appelée "Nippon Kaigi" ("Conférence du Japon").

Quand il est revenu au pouvoir en décembre 2012, personne n'ignorait que Shinzo Abe était un homme politique issu de la droite dure, à la fois néolibérale et nostalgique de l'avant-guerre. On savait qu'il admirait Poutine et le leader nationaliste indien Modi.

On savait aussi que son grand-père, Nobusuke Kishi, dont il était proche, avait été numéro deux de la Mandchourie annexée en 1932 par l'empire japonais, puis membre du cabinet Tojo pendant la guerre, et enfin qu'il avait été emprisonné après la défaite en 1945, comme criminel de guerre de classe A.

L'extrême droite au cœur de la politique japonaise


【出典】 PAGES D'ECRITURE

出典:日本解体阻止 2016/02/05 19:20

安倍晋三ほどの馬鹿は、地球上を探しても、そうそういるものではない。
めざせ「一億総カツアゲ社会」

安倍晋三ほどの馬鹿は、地球上を探しても、そうそういるものではない。
犯罪閣僚ばかりの安倍政権はタレント候補を大量に擁立する。

【出典】 日本解体阻止 2016/02/05 19:20

 官房機密費使い放題で、メディアにアメとムチを使って内閣支持率を偽造したところで、実際に、安倍の支持者など、どこにも見当たらない。内閣支持率10%台がばれないうちに、小泉進次郎は出してくるは、『NEWS23』の新キャスターに“青菜に塩”の星浩を持ってくるは、報道ステーションのコメンテーターには、見ているだけで暗くなってしまう後藤謙次を据えるは、で、もう破れかぶれの安倍内閣。さらには、芸能スポーツ・タレントを多数動員して、国民を徹底的に騙しつつ臨む参院選。
 しかし、どんな手を使おうが、安倍内閣の支持率が10%台であるという事実を変えることはできない。


「やっぱり、やっぱり、お笑いには馬鹿しかいない」

 「やっぱり、お笑いには馬鹿しかいない」の第二弾。いや、未成年者売春の容疑(不起訴)で逮捕されたことのある東国原英夫を取り上げたことがあったので、これが第三弾か。筋金入りのプロ集団「LITERA(リテラ)」。

 週刊誌がネタ拾いにたびたび訪れている、日本では本格的な市民メディアだ。裏取りがちゃんとしているので、安心してリンクを貼ることができる。アメリカにはこの種の「第三メディア」が多く存在しているが、日本には、これまでなかった。
 そのリテラが、ダウンタウンの松本人志のあまりの頭の悪さに“警鐘”を鳴らしている。もはや、松本人志は、社会的に非常に有害な存在になっているからだ。「はあ……とにかくすべてが間違っているので、ツッコむ気さえおきなくなる」。私も同感。

 しかし、lLIETRAの記事の本題は、甘利明の収賄問題、国民が完全に騙されたTPP参加という国家的犯罪に切り込んでいる。松本人志など、記事のつかみにもってくるほどの玉ではない。「やっぱり、お笑いには馬鹿しかいない」というのは真実だ。


タレント候補擁立はいいが、あまりにも筋が悪い

 さて、芸能人をめぐる、誰にでも分かる鮮明な絵が浮きあがってきた。
スマップとジャニーズ女帝との確執、ベッキーの不倫騒動、清原の薬中と暴力団コネクション・・・
 これだけタイミングよく、芸能界のスキャンダルが噴出してくる偶然は、めったにない・・・ではなく、官邸が国民を洗脳するために、事前にメディアと打ち合わせをしている何よりの証拠だ。なんと、あのSPEEDの元メンバー、今井絵理子が、夏の参院選で比例代表の候補として自民党から立候補することで調整中とのこと。

 今井は、今年33歳の沖縄県出身。沖縄北方担当大臣の島尻安伊子(暴力団との交際疑惑)と連携させる方針とか。ほとんど何も分からない今井などは、明らかに沖縄の基地問題を争点化させないための駒にすぎないのだが、すでにそれを見抜かれて批難殺到だ。
「今年の参院選、タレント候補が続々」・・・「イスラム国とは、よく話し合えば分かり合えるかも」といったトンデモ乙武洋匡も、自民が擁立を検討しているという。

 自民からは、他に菊池桃子、昨年末引退した元サッカー女子日本代表・澤穂希、暴力団とのつながりが明らかになった原辰徳、さらには五郎丸まで。自民党は、菊川怜を東京選挙区から出馬させようとしているらしいが、本人が「政治家になる意思がない」と言っている。よく見極めているようだ。
 これらは、自民党に、夏の参院選で「踊る阿呆」を演じさせられそうだ。彼らに、議員として、政治や経済がわかるはずがない。
これは、あきらかに自民党のB層対策である。

 こうした連中を駆り出して、安保やTPP、福祉、少子高齢化、基地問題といった政治争点から国民の目をそらすための煙幕を張ろうというのである。
 安倍晋三のプロパガンダ紙・産経新聞をはじめとする御用メディアは、5月頃から毎日毎日、これらタレント議員をテレビのワイドショーに頻繁に露出させていくだろう。いっそのこと、産経は芸能新聞に看板をかけかえたらどうなのか。


自民党に常につきまとう暴力団との関係と金権

 東京地検特捜は、まず手始めにUR職員に任意の事情聴取から入っている。この国が法治国家であれば、少なくとも、甘利明と清島健一公設第一秘書や鈴木陵允政策秘書の逮捕は免れないだろう。
 民主党の岡田代表に、甘利の収賄事件についての説明を求められた安倍晋三は、いつものように、口をわなわな震わせ発狂しつつ、「甘利さんは頑張った」と、わけのわからないことを言い出した。都合が悪くなると、何でも「誹謗中傷」にすり替えるのは、いつもの安倍のやり口だ。甘利明は、何も交渉してこなかった。何も、だ。

 これほどの詐欺師をかばう安倍晋三には、そもそも恥の概念がないのだろう。とうてい、日本人のメンタリティーとは思えない。
 甘利明は、「農産物5品目の関税は絶対に撤廃しない」と国民に約束したが、実は、農産物5品目の関税は、7年後には、すべて撤廃されることで決めてきたのである。すべてが、メディアと安倍内閣の悪質な閣僚たちの芝居だった。
 だから、甘利明は、ほとんど遊び半分でTPP交渉に臨んでいたのである。これが真相だ。何が「タフ・ネゴシエーター」だ。とんだ食わせ者だったということ。

 そもそも、TPP対策委員長の西川公也自身が、「農産5品目の関税は守れない」と、2013年7月24日のマレーシアTPP交渉会合で言っていたのだ。最初から、農産5品目のすべてを売り渡すつもりだった、ということ。

 この西川公也の長男が顧問を務めていた「安愚楽牧場」が倒産直前まで献金を受けていたこと、親族企業から物品を購入する形で政治資金を支出したことが判明。
しかも、西川公也は栃木県職員時代に収賄で栃木県警に逮捕されたこと(起訴猶予処分)があることが分かった「札付き」だった。

 出るわ出るわ、小渕優子、松島みどり、山谷えり子・・・ドリル優子は、地検特捜の捜査まで受けながら、結局、説明責任さえ果たさずトンズラ。
 経産大臣を務めていた宮沢洋一には、SMバー、東電株保有問題に続いて、今度は外国人企業からの献金を受けていたことが発覚した。さらに、有村治子・女性活躍大臣が、脱税企業から献金を受けていたことも発覚した。

 望月義夫・環境大臣は、パーティー収入に記載漏れがあったため収支報告書を訂正した。(不明瞭な金は、いつもこれ)
 江渡聡徳・元防衛相も、支出額のうち1200万円が使途不明。実際にどう使われたか分からない状況。江渡氏の生活費や遊興に費消された可能性も否定できず。
 さらに、さらに、塩崎恭久・厚労大臣の地元老人ホーム“口利き”疑惑。山谷えり子・元国家公安委員会ら元在特会幹部らとの関わりの問題も継続中。

 下村博文・元文部科学相の任意団体をめぐる政治資金規正法違反疑惑下村。そして、麻生太郎の愛人への利益供与問題。さらに、新農水大臣、森山裕と暴力団との黒い交際疑惑。遠藤利明・五輪担当相が、外国語指導助手(ALT)の派遣会社の創業者から献金を受け、ALT派遣事業への国費投入に向けて文部科学省への口利きを行った疑惑。そして、逮捕確定の甘利明の後任が石原伸晃。
 党内からも、「使えない男」と言われている遊びにしか関心を見せない税金ドロボーが、この国の舵取りをしていくというのだから、国民はのけぞるしかない。
まだまだ、書ききれない。

 このように、安倍晋三が任命する閣僚は、ことごとく真っ黒クロ介。犯罪と暴力団とのかかわりが疑われる。安倍マフィア内閣と言い換えた方がいい。
 この捜査線上で、安倍内閣の他の閣僚の大スキャンダルが発覚する可能性がある。ちなみに、松村祥史参院議員(熊本選挙区)が、3500万円の寄付不記載で熊本地検に告発されている。また、末松信介参院議員(兵庫選挙区)にも、出所不明の政治資金1157万円があることが発覚、神戸地検に告発された。
 これらは、すべて自民党の議員だ。この3倍の自民党議員が不正を働いていると見なければならない。自民党の議員を見たら、すぐに告発すれば手間が省ける。


東京五輪の土建利権が次のターゲットになるだろう

 「ワタチに任命責任がある」・・・国民のすべてが聞き飽きているだろう。
 安倍晋三は、今までただの一度も任命責任を負ったことがないし、説明責任すら果たしていない。安倍晋三の言うことのすべてが「嘘」である。任命するそばから金と黒い人々とのスキャンダルが発覚。にもかかわらず、大臣規範の改正は必要ないという。その理由は、「民主党時代も3年間変えなかったから」というもの。

 民主党議員は、ほとんど致命的なスキャンダルを起こしていなかったので、「変える必要がなかった」のである。安倍晋三ほどの馬鹿は、地球上を探しても、そうそういるものではない。
 さて、どんな候補を擁立しようとも、自民党の議員には政策立案能力などないし、人材もいないことが、はっきり分かった。はったりと徹底した売国政策だけで政権運営をやって来た政党であるということだ。さらに、東京五輪にからむ不正疑惑の噴出が考えられる。
 とうてい、7月の投開票日までもたないので、芸能人やスポーツ選手を候補に仕立てることによって、毎日、こうした、およそ政治家としては不適格な人々をテレビで流すことで、政治争点に国民の目が向かないようにしようという算段なのだ。


アベノミクスは葬式を済ませて、いよいよ埋葬へ

 ロイターが、日本の景気後退確率を「2012年末以来の高水準に達した」と報じた。果たして、メガトン級の巨大危機を、タレント候補で誤魔化すことによって乗り切れると考えているようだ。
 無為無策の安倍内閣の閣僚たち。彼らは本物のギャングたちなのである。
 参院選で、自公が3分の2の議席を確保するようなことにでもなれば、国民は、「マイナス金利」というステルス口座預金収奪機によって、いつの間にか銀行口座の残高を減らされるだろう。ここまで来てしまうと・・・だな。


【出典】 日本解体阻止 2016/02/05 19:20

出典:日本解体阻止 2016/02/05 19:20

海外メディアが一斉に「アベノミクスは失敗に終わった」… 一方、安倍首相はデータをねじまげ「景気回復」の嘘を

海外メディアが一斉に「アベノミクスは失敗に終わった」…一方、安倍首相はデータをねじまげ「景気回復」の嘘を LITERA (リテラ) 2016.01.18

「息を吐くようにウソをつく」安倍晋三首相だが、経済政策についてもウソばかりだ。たとえば、東京新聞2016年1月14日付朝刊「首相、国会でも『地方にアベノミクス』強調でも実情は…高知ルポ」では、次のような安倍首相のウソを暴いている。
「安倍晋三首相は最近、政権の経済政策アベノミクスが地方に波及しつつある根拠として、高知県の有効求人倍率が初めて一倍を超えたことを繰り返し取り上げている」「首相は十一月に都内で開いた自民党立党六十年記念式典で『高知県は初めて有効求人倍率が一倍に到達した。おめでとうございます。県庁で祝杯を挙げたそうだ』と紹介した」「地方の有効求人倍率の上昇について『働いている人の絶対数が増えた結果だ』と述べ、自身の経済政策アベノミクスが景気回復に結びついていると強調」(同記事より)している。
 たしかに、「高知県の求人倍率は昨年九月、一九六三年の統計開始以来初めて、仕事を探す人と仕事の件数が同じ一・〇〇倍に達した。最新の十一月は一・〇五倍だった」(同記事より)。

 有効求人倍率は、求人数(分子)を求職者数(分母)で割ったもので、公共職業安定所に申し込まれている求職者数に対する求人数の割合が分かるのだが、安倍首相が言うように、アベノミクスが地方に波及しつつあるのであれば、企業からの求人数(分子)が増えて、有効求人倍率が上昇していることになる。
 ところが、実際に東京新聞の記者が高知で現地取材をしてみると、「高齢者福祉や建設関係を中心に求人が増えると同時に、職を求める人が減っている」実態が明らかになったのだ。
「昨年十一月の求職者数は一万三千二百八十六人で、二〇〇六年度の一カ月間の平均一万八千三百七十五人から約三割減った。高知労働局の原幸司地方労働市場情報官は『求職者は前年同月比で三十三カ月連続の減少。年度ごとに如実に減っている』と説明する」(同記事より)

 つまり、高知県の有効求人倍率の上昇の主な理由は、「条件のいい仕事のある大都市圏への若者の流出」という、求職者数(分母)の減少だったのだ。

 さらに「高知県では一四年まで十四年連続で県外への転出が転入を上回る。県内の仕事は非正規の割合が高く、正社員のみの求人倍率は昨年十一月で〇・五六倍。全国で沖縄県に次いで低い」(同記事より)と深刻な経済状況が明らかになったのだ。
 安倍首相といえば、1月8日の衆議院予算委員会で賃金に関する答弁のなかで例として発言した「私と妻。妻は働いていなかったけれども、『景気がそろそろ本格的に良くなってきたからそろそろ働こうかしら』と思ったら、我が家の収入は妻が25万円で私が50万円で75万円に増えるわけでございます」、いわゆる「パートで月25万円」発言が新年早々、インターネットで炎上したが、「景気がそろそろ本格的に良くなって来た」とウソをつきまくっている。


 日本のマスコミでは「アベノミクスで景気が良くなってきた」という安倍首相のウソがいまだに通用しているが、海外メディアでは、完全に「アベノミクスは失敗した」という認識が一般的だ。
 たとえば、米紙ウォール・ストリート・ジャーナルは「アベノミクス、今こそ再考の時」と題した社説を掲げ、「アベノミクスの『3本の矢』は、財政出動と金融緩和で始まった。その結果、日本の公的債務残高は年末までに対国内総生産(GDP)比250%に達する勢いだ。日銀は年間約80兆円規模の国債購入を実施しており、これは米連邦準備制度理事会(FRB)以上に急進的な量的緩和だ。それでも、銀行各行は融資を増やしておらず、デフレは続いている」「日本経済の停滞に終止符を打つという首相の公約は達成できておらず、今こそ抜本的に再考しなければならない」と勧告している(11月17日付)。
 また、国際ニュース通信社ロイターはデンマークの投資銀行でデリバティブ取引の世界的大手・サクソバンクのCIO(最高運用責任者)にして主任エコノミストであるスティーン・ヤコブセンのインタビューを配信したが、「アベノミクスは失敗に終わったと思う。新・第3の矢は、もはや矢ではない。構造改革はどこへ行ったのか」「日本にはモーニング・コールが必要だ。長い眠りから呼び覚まされなければならない」などと断言している(11月18日付)。
 実際に数字に見ても、「アベノミクスは失敗した」ことは明らかだ。

 内閣府が昨年11月16日発表した6~9月期GDP速報値では年率換算0.7%のマイナスで、4~6月期の同0.7%マイナスに続いて2四半期連続のマイナスに陥ったことが明らかになったのだ。2四半期連続のマイナスは欧州など海外では「景気後退期」とみなされる。さきほど紹介した海外メディアの「アベノミクスは失敗した」報道は、これを受けて行われたものだ。しかし、日本は景気循環について内閣府が認定するために、「景気の足踏みが長引いている」(日本経済新聞11月16日夕刊1面)などという官製報道がまかりとおっている。
 今年に入って、東京株式市場では日経平均株価が連日のように下落し、株価下落の要因として、海外投資家が日本株を売る動きを強めたことがあげられているが、海外投資家は「アベノミクスは失敗した」と受け止めているのだから当然のことだ。それだけでも日本株を売る動きにつながるが、さらに、首相をはじめ政府と日本のマスコミは「景気がそろそろ本格的に良くなってきた」などとウソをつきまくっているのだから、政府への不信が加速し、全面的な売りにつながっているのだ。
 次の10−12月期(1次速報)の公表は2月15日だが、中国経済大減速もあって、マイナスが続くとの見方が一般的だ。どこまで安倍首相は「景気がそろそろ本格的に良くなってきた」などとウソをつきまくることができるだろうか。
(小石川シンイチ)

【出典】LITERA (リテラ) 2016.01.18

出典:LITERA (リテラ) 2016.01.18

海外メディアの特派員たちが安倍政権の報道圧力と 権力に飼いならされた日本の報道機関に警鐘を鳴らす!

海外メディアの特派員たちが安倍政権の報道圧力と権力に飼いならされた日本の報道機関に警鐘を鳴らす! LITERA (リテラ) 2016.01.14

 日本国内の報道が危機に瀕している。安倍政権は政権批判を封じ込めるために圧力をかけ、萎縮したマスコミは“自主規制”によって権力に不都合な事実を伝えない。
 ところが、そんな状況下でありながら、日本国内の危機意識は薄い。報道への圧力を「反日サヨクの妄想」と連呼するネトウヨはともかく、メディア関係者の中にも「政権からの圧力などありえない」「陰謀論だ」と冷笑する者が多数いることに愕然とさせられる。
 どうやら彼らは、現実問題として、海外で日本のメディアがどう位置付けられているかを知らないらしい。
 たとえば先日、本サイトは、国連からの命で安倍政権の報道圧力についての調査に乗り出した報告者を日本政府が拒絶した問題をお伝えした。すると1月10日、元・米「ニューヨーク・タイムズ」東京支局長であるマーティン・ファクラー氏が、その本サイト記事『安倍政権の“報道への圧力”全事件簿』(リンク)をリツイートし、拡散。安倍政権の圧力で報道の自由がますます狭められている日本の現状に警鐘を鳴らしたのだ。

 実際、海外の特派員は、権力や巨大利権共同体による報道圧力、それにいとも簡単に屈してしまう日本のジャーナリズムを、非常に厳しい目でみているようだ。
 昨年、「世界」(岩波書店)15年11月号が「海外特派員が見た 安倍政権・安保法案・日本のメディア」という座談会記事を組んだが、これを読むと、そのことがよくわかる。
 中野晃一・上智大学国際教養学部教授を司会に語り会うのは、前述のファクラー氏と、英「エコノミスト」記者であるディビッド・マックニール氏。ともに特派員として長年日本で取材を続けてきたジャーナリストである。
 興味深いのは、ふたりとも“安倍政権になって海外メディアで日本についての記事が増えている”と指摘していることだ。とくに慰安婦問題についての日本のメディア報道に対する発言は痛快ですらある。

「ある意味で、私は安倍さんに感謝したい。彼は歴史問題、とくに『慰安婦』問題についてよく発言するから、それに呼応して記事が増えざるをえないわけです」(マックニール氏)
「昨年(14年)八月、朝日バッシングが起きた時に本当におかしいとおもったのは、『慰安婦』問題を世界に広げたのは朝日だという批判があったことです。朝日ではない、安倍政権ですよ(笑)。安倍政権が『慰安婦』問題に言及しなければ、我々も書かないです」(ファクラー氏)


 一見、冗談のようだが、これは皮肉。国際的に大恥をさらしたのは「誤報」ではなく、安倍政権が主導した狂乱的な“朝日バッシング”のほうだと言っているのだ。
 実際、一昨年の朝日慰安婦報道問題にあたって、各国の特派員やジャーナリスト、識者たちはそろって安倍政権の異様さを指摘していた。例として「週刊現代」(講談社)10月11日号の特集記事「世界が見た『安倍政権』と『朝日新聞問題』」から、その声をいくつか引用する。

「今回の朝日叩きは、政府によるメディアリンチですよ。これは大罪です。そのうち『慰安婦を組織したのは朝日新聞だった』などと言い出すのではないでしょうか。それくらい馬鹿げたことをやっていると思います」(レジス・アルノー氏 仏「フィガロ」東京特派員)
「福島原発も戦争責任も、これまで日本政府が隠蔽してきたことで、朝日はそれらの追及を行ってきたからです。それを安倍首相は、右翼的言動で封殺しようとしている」(バーバラ・オードリッチ氏 独「フランクフルター・アルゲマイネ・ツァイトゥング」元東京特派員)
「いまの日本で起こっているのは、ずばり『言論テロリズム』です。そのうち、安倍自民党の一党独裁国家になってしまう危険性を孕んでいます」(ダニエル・スナイダー氏 米スタンフォード大学アジア太平洋研究センター副所長)

 このように、海外では安倍政権によるメディア攻撃に苛烈な批判があがっているのである。ところが“被害者”であるはずの国内マスコミの感度は鈍く、人々もまた政府による「知る権利」の侵害に気がつかない。つまり、ここ日本では、報道の送り手も受け手も、安倍政権を忖度しすぎて、感覚が麻痺してしまっているのだろう。

 なぜそうなってしまったのか。理由のひとつは、ファクラー、マックニール両氏の共通した見解である“メディアが政府から自立していない”という問題だ。ファクラー氏は、福島第一原発事故を契機として、とりわけ第二次安倍政権の誕生後に「日本の全国紙やNHKにとって新しいタブー」が兆したと指摘している。

「原発事故後、一時的にですが原子力ムラの権力のメカニズムがあらわに見えたことがありました。既得権益層はそれにまた蓋をしようと躍起になった。まるで事故など起こらなかったかのように、事故前の状況に戻ろうとしたのです。本当は、日本に原発が必要かどうか含め、いろいろな議論が必要なのに、だんだん消えて、メディアの議論も狭い範囲に限定されてしまった」


 事実、本サイトで追及してきたように、昨年、“原子力タブー”は完全に蘇ったと言うべき状況となった。安倍政権の原発再稼働政策の興隆と同時に、新聞や雑誌には“原子力プロパガンダ広告”が復活。ご存知のとおり、原発に批判的な論調を継続していたテレビ朝日『報道ステーション』は古舘伊知郎キャスターの降板が決まった。
 さらに、昨年に強行可決された安保法制の成立過程を見ても、原発報道と「同じことが言える」という。

「集団的自衛権のような抽象的な言い方を使うから一般人にはよくわからないのですが、もっと根本的な議論が本当は必要だったはずです。日本は平和主義の国であり続けたいのか、外国の軍事基地は必要か、アメリカと対等な同盟国になりたいのか、日本はどういう方向に行くべきか――」


 これらは日本国憲法及び日米安保という、戦後日本の根幹的議題を指しているように思えるが、続けて日本メディアの現状をこのように評すのだ。
「こういう大事な論点に一生懸命触れないようにしている。原子力ムラよりさらに大きな既得権益があるからでしょう。いまの官僚体制、自民党支配の全体にかかわっている問題です。だから、議論を狭い範囲に制限しようとする動きがあり、さきほど申し上げたタブーもそういう動きの一環です。メディアも、残念ながら広い意味で官僚制度の一つの部分にしか見えません」

 また、マックニール氏も、安保法制に関する報道について「マスメディアの失敗でもある」「大手紙の記者はもっと追及すべきだったのに、政治家からの情報を垂れ流すばかりで、それでは一般市民にはわからない」と苦言を呈している。
 日本には記者クラブという珍妙なシステムがあり、海外の目からみれば“官僚制度の一部”と映ってもしかたがない。ようは、新聞やテレビ局は、政府に飼い慣らされることで情報をもらっている。


 この構造が、政権批判をして目をつけられてはたまらないといった萎縮を生み、ファクラー氏がいうように、逆に「大事な論点に一生懸命触れないように」する気質が温存され続けるのだ。政治権力による圧力は「反日サヨクの妄想」などではなく、この構造を意識できないほど日本のメディアで内在化しているということだろう。
 よくいわれる日本のガラパゴス化は「表現の自由」という民主主義の根幹の部分にまで及んでいるのだ。
(小杉みすず)

【出典】LITERA (リテラ) 2016.01.14

出典:LITERA (リテラ) 2016.01.14

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 落合信彦が安倍晋三をボロクソに批判し「幼稚と傲慢」の首相である核心(シンゾウ部)を痛撃
 【天木直人もビックリさせられた,落合信彦の「シンゾウ・アベに対する強烈な非難」,まるで〈本モノのバカあつかい〉である】。
【しかし,まったくそのとおりであると受けとめねばならない,この日本国の不幸・不運は,いったいこれからいつまで続くのか?】

1) 天木直人の言及
 ここでは,天木直人が落合信彦の「愚かなリーダー 安倍晋三のバカげた功名心が『人質事件』を引き起こした」を,紹介的にとりあげた文章を,あらためて引用する。

 出所)右側画像は天木直人。元外交官でイラク戦争に参加する日本国の姿勢に反対する意見を,時の政府(当時首相は小泉純一郎)に上申した。その直後,退職を強請され,辞職を余儀なくされた。

 いわく,愚かなリーダー。いわく,カネにものをいわせた「地球儀外交」の末路。いわく,安倍晋三のバカげた功名心が「人質事件」を起こした。いわく,アメリカや中国とはまともな外交ができないくせに,小国で歓待されていい気になっているのだから情けない。

 いわく,この事件の責任は,誰よりも安倍晋三にある。いわく,よりによってイスラエル国旗に前でスピーチした。アラブの敵だといっているようなものだ。いわく,安倍よ,頼むからこれから外国旅行で国民の税金だけは使わないでくれ。その金は東北再建のために使ってくれ。
 もう引用はいいだろう。私も同じようなことを書いているが,こうしてあらためて読むと,私も真っ青なほどの激しい批判を紙面いっぱいに書きつづけている。ここまでいわれては安倍首相が可愛そうなくらいだ。それでも落合氏が冤罪で捕まったという話は聞かない。

 そうなのだ。繰りかえしていう。その気になればいくらでも安倍批判はできる。それができないのは,批判する側に,失いたくないなにかがあるからだ。保身が働くからだ。安倍批判をして潰されるとやたらにう騒ぐのは,本気で安倍批判をしていないことをみずから認めているようなものである。
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特集ワイド:息苦しさ漂う社会の「空気」辺見庸さんに聞く

◇ 今の日本は自己規制、ファシズムの国 
 高い支持率を誇る安倍晋三政権。膨らむ経済再生への期待。なのに、この息苦しさは何だろう。浮足立つ政治家や財界人の言葉が深慮に欠け粗くなる傍ら、彼らへの批判を自主規制しようとする奇妙な「空気」が漂っていないか。何が起きているのか。作家の辺見庸さん(68)に聞いた。【藤原章生】

 「イタリアの作家、ウンベルト・エーコはファシズムについて『いかなる精髄も、単独の本質さえもない』と言っている。エーコ的に言えば、今の日本はファシズムの国だよ」。「ファシズム」とは大衆運動や個人の行動がコラージュのように積み重なったもの。独裁者の言葉に突き動かされるのではなく、そんたくや自己規制、自粛といった日本人の“得意”な振る舞いによって静かに広がっていくということだ。
 ファシズムと聞くと全体主義、ムソリーニ独裁やヒトラーのナチスが浮かぶ。「そういう、銃剣持ってざくざく行進というんじゃない。ファシズムはむしろ普通の職場、ルーティンワーク(日々の作業)の中にある。誰に指示されたわけでもないのに、自分の考えのない人びとが、どこからか文句が来るのが嫌だと、個人の表現や動きをしばりにかかるんです」(後略)
(毎日新聞 2013年05月09日 東京夕刊)


 上記はファシズムについて言い尽くされたことではあるが、「そんたく」という言葉に反応してしまった(笑)。

(前略)安倍首相は靖国問題で「国のために尊い命を落としたご英霊に対して尊崇の念を表するのは当たり前のこと」と言い、「どんな脅かしにも屈しない自由を確保していく」と中国や韓国に反論した。
 「英霊でいいのに、ご英霊と言う。一言増えてきた」と注意を向けたうえで、辺見さんはこう語る。「安倍首相の言葉や閣僚の参拝に対し、国会でやじさえ飛ばない。野党にその感性がない。末期症状です。新聞の論調も中国、韓国が騒ぐから行くべきでないと言うばかりで、靖国参拝とはなんぞや、中国が日本にどんな恐怖感を持っているかという根本の議論がない」
 この空気を支えるものは何か。キーワードとして辺見さんは、哲学者アガンベンが多用する「ホモ・サケル」を挙げた。「古代ローマの囚人で政治的、社会的権利をはぎ取られ、ただ生きているだけの『むき出しの生』という意味です。日本でもホモ・サケルに近い層、言わば人間以下として放置される人たちが増えている。80年代までは、そういう貧者が増えれば階級闘争が激しくなると思われていたけど、今は彼らがプロレタリアートとして組織化され立ち上がる予感は全くない。それどころか保守化してファシズムの担い手になっている。例えば橋下徹・大阪市長に拍手をし、近隣諸国との軍拡競争を支持する層の多くは非受益者、貧困者なんです」
 政治を野放しにするとどうなるのか。「安倍首相は官房副長官時代、官邸に制服組をどんどん入れ、02年の早稲田大の講演で『現憲法下でも戦術核を持てる』と語った。その考えは今も変わらないと思う。今の政権の勢いだと、いずれ戦術核の議論までいくんじゃないですかね。マスコミの批判は出にくいしね」
 言語空間の息苦しさを打ち破れるかは「集合的なセンチメント(感情)に流されず、個人が直感、洞察力をどれだけ鍛えられるかにかかっている。集団としてどうこうではないと思うね」と辺見さん。まずは自分の周り、所属する組織の空気を疑えということか。(後略)
(毎日新聞 2013年05月09日 東京夕刊)


 これもまあ辺見庸の言う通りだと思うが、安倍晋三や橋下の支持者は言うに及ばず、安倍や橋下を批判する立場に立っている人たちの間でも「そんたく」だとか「集合的なセンチメント(感情)に流され」ることは日常茶飯事である。A級戦犯容疑者として従来強く批判されてきた元首相を英雄視する史観を、安倍・橋下らを批判してきた人たちのイデオローグが打ち出すや否や、かつての新左翼たちが雪崩を打ってこのトンデモ妄論に「目からウロコが落ちた」と感激し、その中の少なくない者が改憲派へと転向したという事実がある。つまり、体制を批判する側も体制を翼賛する側と何ら変わらないセンチメントによって行動している。
そもそも彼らが信奉する首領様自体、革新政党の議席を議会の3分の1以下にするために(つまり改憲を容易にするために)「政治改革」を言い出して小選挙区制を導入した人物である。「保守化してファシズムの担い手になっ」た「非受益者、貧困者」たちは、何も安倍晋三や橋下の支持者に限らない。宮沢喜一を最後とする保守本流の政権から、首領様が二度までもなしとげた「政権交代」を経て、橋下が熱狂的な支持を集めたのちに、やはり二度までも政権を握った安倍晋三が改憲まっしぐらという流れは、あとから支持を得る者ほどより強く反動的であるという点で、元祖・ポピュリストとされるナポレオン3世がクーデターで第2帝政を始めるまでのフランスとよく似ているのではないかと思う今日この頃である。
「抵抗論 国家からの自由へ」

- 辺見庸 Yo Hemmi -

<安倍政権の暴走>
 安倍政権の暴走が止まりません。日本中の多くの人がこのままではまずいことになるのではないか?そう不安になっているずです。(2014年1月)
 それでも、日本にはアメリカからもたらされた民主主義があり、人々の多くは馬鹿ではないのだから、そのうち彼らの暴走には待ったがかかるはず、そう思っている方もまた多いかもしれません。しかし、すでに民主主義の母国アメリカの政治状況自体すでに新たなタイプの全体主義国家になってしまったという意見もあります。元々「民主主義」とは、自由であるがゆえに、国民さえ望めば「ファシズム」へも簡単に方向転換できるものなのです。

<逆全体主義の時代>
「・・・今生まれつつある政治システムを「逆全体主義」と名付けることにする。なぜ逆かというと、現在のシステムとそれを動かしている要員は、無制限の権力への欲求と攻撃的な膨張という点ではナチズムと同じであるが、手段や行動は逆転しているからである。例えば、ナチスが政権を取る前、ワイマール・ドイツでは、『街頭』は全体主義的志向のあるごろつき集団によって占められており、デモクラシーがあるとしたら、それは政府の中に限られていた。しかしながら、合衆国では、デモクラシーが最もいきいきしているのは街頭であり、いよいよ暴走しつつある政府こそが最も危ないのである」
シェルドン・ウォーリン(米国の政治学者)

 僕がなぜアメリカが好きかと言うと、アメリカの自由主義が素晴らしいからです。しかし、そんなアメリカの政治体制は、国民の自由に逆行するように一部の権力者が支配するファシズム体制に限りなく近づいてしまっています。(軍産複合体はその中心)それが今のアメリカを動かしている「システム」です。
 この傾向は今の日本にも、そのままあてはまります。いや、今やアメリカ以上に日本はその傾向が強まりつつあります。この状況は変えられないのか?それ以前に、なぜ今こんな状況になってしまったのか?新聞記者として働いた後、芥川賞受賞作「自動起床装置」(1991年)で小説家デビューをし、さらに講談社ノンフィクション賞受賞の「もの食う人びと」(1994年)でノンフィクション作家としての地位を確立した辺見庸の「抵抗論」を読みながら考えてみたいと思います。

 この時代、いずこにあっても議論、争論、激論のたぐいが、まるで忌むべき病のように避けられていることも知っている。怒りでも共感でも同情でもなく、嘲りや冷笑や、せいぜいよくても自嘲が話しに常につきまとい、議論の芯のことろをすぐに腐らせてしまう時代であることも私は知っている。
 じつは感覚がどこかやられてしまったのではないかと私は目星をつけている。私もあなたも、怒りをつかさどる感覚が機能不全におちいっているのではないか。いや、機能不全におちいらなければ、すなわち怒りを無化することなしにはやっていけない時代がすでにきているのではないか、と私は感じている。

 「怒り」のない時代だからこそ、その怒りが弱者に向けられるのが21世紀の日本だといえます。しかし、いつから日本人は怒ることを忘れてしまったのでしょう。少なくとも1970年代ぐらいまでは日本にはまだ「怒れる若者」は存在していたはずです。今、思い返すと、あの頃、「蒲田行進曲」や「熱海殺人事件」の作者・演出家のつかこうへいは、「テレビは馬鹿になる光線を発している」と警告を発していました。それに寺山修司もまた「書を捨てよ街に出よう」と叫んでいました。でも、僕も含めて日本人の多くはテレビにどっぷりとつかるようになり、いつしか思考停止の状態に安心感すら覚えるようになっていました。
・・・私たちはあまりに多くのことを思わないほうがいいとされるような時代に生きています。テレビや新聞は日々われわれに「思うな!」「考えるな!」といいきかせているようでもあります。あまりに深く、多くを思うと、生きること自体辛い時代です。むしろ、だからこそ「思え!」は大事ではないでしょうか。

 こうした状況の中、少しずつ日本型のファシズムが浸透し始めているようです。いや「浸透」ではなく我われが「招き入れた」というべきなのでしょう。

 マスメディアが深く深く介在するそこに、強権発動を少しも要しない協調主義的な日本型ファシズムが生成される微温かく湿った土壌がある。
 個体知の怒りはメディア知によって真綿で首を絞めるように殺され、消去されていく。おそらく犯意はどこにもない。

 日本型ファシズムを生み出した主体は右派政権ではありません。その右派政権を選んだ普通の日本国民であり、そうした意志をもつように世論を動かしたマスメディアの責任でもあります。(もちろん意識的に行ったとはいえません)それを著者は「国家にまつわる意思のように見えるもの」と称しています。

 こうした内面の自由の領域を侵害するものとは、いったいどのようなものなのか。・・・それこそが、「国家にまつわる意思のようなもの」なのではないか。やや抽象的だが、政府や警察権力や特定の行政機関の具体的意思そのもののみを意味するのではなく、それらを広く包摂する、国家幻想を背負った者たち相互の関係性の総体から醸成される空気に似たなにかである。

<国家とは何か>
 では「国家」とはそもそも何なのでしょうか?
 「国家」とは「ある国土に住む国民を守るために選ばれ組織されたシステム」といえるかもしれません。では国民を守るための国家は抜本的に「善」なるものと考えられるのでしょうか。そのことについて、エンゲルスはこう書いています。

「ひとびとは世襲諸君主国にたいする信仰から解放されて、民主的共和国を信奉するようになりでもすれば、まったくたいした大胆な一歩をおし進めたかのように思っている。しかし実際には、国家は、一階級が他階級を抑圧するための機関にほかならず、しかもこのことは、民主的共和制においても、君主制におけるとすこしも変わりはないのである。もっともよい場合でも、国家はひとつのわざわいであり、このわざわいは、階級的支配を獲得するための闘争で勝利をえたプロレタリアートにもうけつがれる」
エンゲルスによる「フランスにおける内乱」序文より

 元々「国家とは悪である」これは無政府主義思想のことでしょうか?いや、著者は「国家は悪であったとしても、存在を否定されるわけではないと考えているようです。考えてみれば、国家が悪だと考えるからこそ、「三権分立」という民主主義の基本が生まれたわけだし、その暴走を防ぐために「憲法」があるわけです。すべては、ここから始めるべきなのです。

<憲法の存在意義>
 ここで、国家を永遠の災厄とする考えにくみするのならば、なぜ、国家存立の基本的条件を定めた根本法である憲法を受容するのか、という問いに再び戻る。私の正直な答えはこうである。それは、日本の現行憲法の根幹が、言葉のもっともよい意味において、すぐれて「反国家的」だからだ。国家の根本法が反国家的とは、なんとすばらしいことであろうか。国家の最高法規が自身に制約どころか掣肘をくわえている。未来の暴走を予感してあらかじめみずからを厳しく拘束している。国家の基本法が国家の幻想を戒めている。

 日本国憲法における第九条は、そうした日本の目指すべき方向性を定めた重要な部分ですが、少しずつそのまわりは切り崩されつつあり、いつその改正案が国会に出されるかわからなくなりつつあります。1947年に文部省が発行し、1952年まで中学校で使われた社会科教科書の「新しい憲法のはなし」の中にこうあります。

「・・・このまえの世界戦争のあとでも、もう戦争は二度とやるまいと、多くの国々ではいろいろ考えましたが、またこんな大戦争をおこしてしまったのは、まことに残念なことではありませんか。
 そこでこんどの憲法では、日本の国がけっして二度と戦争をしないように、二つのことをきめました。その一つは、兵隊も軍艦も飛行機も、およそ戦争をするためのものは、いっさいもたないということです。これからさき日本には、陸軍も海軍も空軍もないのです。これは戦争の放棄といいます。「放棄」とは、「すててしまう」ということです。しかし、みなさんは、けっして心ぼそく思うことはありません。日本は正しいことを、ほかの国よりさきに行ったのです。世の中に、正しいことぐらい強いものはありません」

 なんと美しく志の高い思想でしょう!「積極的平和主義」とはこのことをいうはずです!
 ただし、そんな理想論でいざという時、本当に国が守れると思うのか?今や、そんな声が大勢をしめつつあるかもしれません。確かに北朝鮮はもちろんのこと、中国の最近の政治姿勢は危険に見えます。しかし、「理想」を捨てた瞬間から、もう残されるのは「暴力」だけになるでしょう。そして、日本の方向転換はさらに事態を危機的な方向に向かわせ、負のスパイラルは歯止めが利かなくなるでしょう。どこかで誰かがその流れを変えなければなりません。現状では、そうした時代の流れをかろうじて止めることができる最後の砦が「憲法九条」です。

「・・・国軍を持たないこと、そして国が開かれていること、いざとなれば国民が自由に政府をリコールできる法的装置が整い、国民にその実質的な力が備わっていること、これが僕の考える理想国家の条件です」
吉本隆明「わが『転向』」より

 国家は他者から見て初めて国家としての姿をもつ。だからこそ、周囲から見た日本の姿を常に意識する必要があるはず。他国からどう見えようと関係ないと思った時、その国は方向性を失い、全体主義という思い込みからなる愚かな「裸の王様」になってしまうのだと思います。

「国家は共同幻想だというのは、内部から見た時にのみ言えることです。国家は、何よりも他の国家に対して国家なのです。共同幻想という考えは、そのような外部性を消してしまいます」
柄谷行人「倫理21」より

<マスコミへの批判>
 著者はこうした状況を許しているマスコミの現状について、厳しく批判しています。例えば、9・11以後に行われたアメリカ軍によるイラクへの報復攻撃とそれに対するイラクでのアメリカ軍へのテロ攻撃?についての報道はどうだったでしょうか?

・・・イラクで今起きていること、あれは単なるテロでしょうかね。家族を殺され、自国を理不尽に占領された者たちのレジスタンス、抵抗運動じゃないですか。日中戦争のときの八路軍、のちの人民解放軍、あれはテロリストですか。、南ベトナム解放戦線の反米闘争、あれはブッシュがいうような意味でのテロですか。・・・新聞はなぜそれを抵抗と書けないのか。宿命的に権力的だし、政府的なんですよ。マスコミというのは。

 結局イラクには疑われていた大量破壊兵器など存在しませんでしたが、アメリカは散々国を破壊し、多くの一般市民を殺しても裁かれることがありませんでした。そのことを新聞はほとんど書いていません。著者が新聞社を辞めたのはそうした現状に自らけじめをつけたかったこともあるのでしょう。

・・・例えば大学もテレビ局も市場原理のなかにある今日的メディアであるということ。そこの空気では批判的言説が育たない、ということ。というより、批判的言説は居場所がない。大学もテレビも、もっぱら「非政治的」というあざとい政治性と愚昧な思想を外の世界に発信している。

・・・マスメディアを人間個体のように人格的存在のように考えるのは錯覚だと思います。個体は内省したり反省したりしますが、メディア総体は反省したりしないし、「良心」なんかもちあわせちゃいない。だから、期待をつなげるとしたら、個別の新聞社などの報道機関ではなくて、群に固化しない例外的な記者個人だとぼくは考えています。・・・

 著者は新聞も含めたメディア全体と大学も含めた教育機関に絶望しているのですが、自分も含め最後には個人の意識の問題としています。そして、改めて重要なこととして「国家からの自由」について書いています。

・・・大学やマスメディアがすでに失いつつある自明性のなかでも、もっともかけがえのない理念とはいったい何でしょうか。ぼくは、「国家からの自由」というじつに尊い共通認識といいますか理念がそれだと思います。

 「国」を愛することは、その国の自然、文化、国民を愛すること。それに対し、「国家」を愛することは、その国の「システム」を愛することであり、根本的に違うことです。ましてや「国家を愛せ」という強制や教育が行われる時代は、「国」を動かすシステムを愛せということであり、人を愛することではありません。
 税金をちょろまかして懐に入れる政治家よりも、「国家を愛せよ」と自らの愛国心を押し付け、その行為に酔う不気味な政治家の方がずっと怖いし、危険です。それをいち早く見分けなければ。また日本は安倍さんの祖父の時代へと退行してしまうことになりかねません。
 
2016年06月19日

首相安倍晋三と副首相麻生太郎,お坊ちゃま風お2人様の「脳天気なデタラメ・ずぼら政権」が「国民よ,そこのけ,お馬とお鹿が通る」流の傲慢と横柄の日本政治


【どこまでつづくのか,この世襲政治家たちの堕落・腐朽した国内政治】
【国民・市民・住民・庶民に迷惑ばかりの,幼稚な政治家たち】



 ①「『ネット情報』うのみ,蓮舫氏について発言 自民・菅原衆院議員,すぐに一部訂正」(『朝日新聞』2016年6月18日朝刊)

 自民党の菅原一秀衆院議員は6月17日,東京都知事選をめぐる党会合で,民進党の蓮舫代表代行について,「五輪に反対で『日本人に帰化をしたことが悔しくて悲しくて泣いた』とみずからのブログに書いている。そのような方を選ぶ都民はいない」と発言した。

 菅原氏は朝日新聞の取材に対し,「蓮舫氏のブログではなく,ネットで流れていた情報だった」と訂正したうえで,「五輪に後ろ向きな人が知事になれば困るので,自民党が候補を出すべきだとの趣旨。帰化した人が知事になってはならないという趣旨ではない」と説明。蓮舫氏は取材に「(帰化して泣いたというのは)デマだ。国会議員がこのレベルの書きこみを真剣に受けとって発言するとは驚きだ。五輪・パラリンピックについては成功を期待している」とコメントした。

 蓮舫が日本国籍と取得した事実については,彼女の履歴をしっておく必要がある。,ウィキペディアには「日本の企業との間で貿易業を営んでいた父・謝 哲信と,『ミス・シセイドウ』だった日本人の母・斉藤桂子の長女として東京都で生まれた。台湾系日本人。青山学院幼稚園,青山学院初等部,中等部・高等部,青山学院大学法学部公法学科卒業。1995年から1997年にかけては北京大学漢語中心に留学と解説がある。

 現時点では,こういう組みあわせの父母から生まれた子は,日本国籍をもっているゆえ,前段のような発言はお話にならない程度に,故意の悪意に満ちていると受けとることもできる。それにしても,元外国〔籍〕人は信用ならない,「帰化した人間は信頼しないほうがいい」とでもいった「国籍的な差別意識」が正直に発露されている。もともと純ジャパ〔の日本人〕ならば,誰でも完全に信用・信頼できる人間しか,日本社会のなかにはいないのかといえば,とんでもない。その証拠には日本にもやはり警察も裁判所もちゃんとあるのだから,という話になる。

 結局,もともとつぎのようにたしなめられている話題なのであったが,どだい,おかしな話題の進行:脱線状態であったというほかない。この記述は2012年でのものである


◆ 蓮舫「18歳で日本に帰化するように父に言われ屈辱的だった」→横浜市議「事実なら日本人やめて」◆

=『保守速報』2012年09月24日05:33,カテゴリ:民主党=


 いやはや,実に日中関係をめぐり,アツい議論が巻き起こった1週間ではありましたが,とんだところからとばっちりを受けたのが蓮舫議員です。彼女は台湾出身なわけですが,18歳の時に日本に帰化するよう父親から伝えられたとき齋藤達也画像に「屈辱的だった」と話したという説に,横浜市議の斉藤たつや氏が「これが事実ならば,日本人を止めていただきたい」とツイッターで発言しました。
 補注)ここにおける理屈には「論理の飛躍」どころか,文句を出して〔イチャモンをつけて〕いる側が,もとより手前勝手な〈思いこみ〉を露わにしていた。最初から決まっている特別製の定式があり,これに「合わない奴」の登場を非難・攻撃する手法であるが,いわんとする中身がただ没論理的であって,第3者に対して納得させうる材料に欠いている。

 その後,斉藤氏に同調する人びとの存在に気を良くしたのか,同氏はガンガン「レンホウ議員が屈辱と感じていることを,日本破壊の方向につなげなければいいなと心配しています」などと愛国発言をするわけですね。最終的には, “「18歳のあなたにとっては帰化しろといわれたときどうでした?」という質問に,お答えいただければありがたいです”と蓮舫氏にツイッターで呼びかけました。

 しかし,冷静なツイッターユーザーから “当然のこととして,一般国民が「個人的主観を理由」に,他の国民の国籍放棄に言及するのは,人道的差別です」” とやんわりいわれ,斉藤氏は「要は,経緯はどうあれ,日本の国会議員なのだから,日本の国益のために活動してもらうことを願っています」とトーンダウン。

 まぁ,愛国をネットで謳うことにより,支持をえようと考えた節が斉藤氏にはあるわけですが,1人の人間を公人・私人どちらであれ,国籍についてネチネチと言及を続けるのはあまり美しくはないですね。

 それにしても,斉藤氏,ずっと「レンホウ氏」と書くわけですが,パソコンの予測変換で「蓮舫」と出ないんですかね。あれだけ名指しするんだったら,辞書登録するか,Google日本語変換を導入すべきと老婆心ながらアドバイスしたいと思います。

 さて,蓮舫の政治家に関する以上のごときやぶにらみの話題は,桝添要一都知事の辞職したあとに都知事立候補者に誰が名のり出るのかという話題につながって,出てきたものであった。最近の安倍晋三自民党政権は,速成陣笠議員の数ばかり多いせいか,政治家としての言動面においてはろくでもない発想を披露してくれる者が多い(斎藤は市議だが)。この首相にしてこの自民党議員連というたしかな印象がある。

 ② 『日本経済新聞』2016年6月17日「春愁」の言及-桝添都知事の問題だけが政治家の問題か果て案-

 この日経のコラム「春秋」は,「サンドイッチ疑惑」をとりあげることよりも大事なことがあると指摘する。桝添都知事の問題ばかりで大騒ぎしていたマスコミに釘を刺している。

 桝添都知事の場合は「金額がセコい,そして判りやすいのである。これが何千万何億何十億だと,ちょっと別世界の話になるからおかしなものだ。あの甘利 明さんの1件は,結局どう説明されたのか。2020年五輪招致をめぐる『コンサルタント料』の謎は……。世の中がタマゴサンドで留飲を下げているうちに,うやむやの術が効いてくるんじゃないかと心配になる」というのであった。
 補注)そういえばつぎのようなニュースもあった。少し長目だが,ともかく引用しておく。
 2016年「5月11日付英紙ガーディアンの報道をきっかけに白日のもとにさらされた東京五輪招致をめぐる疑惑の背景には,こんな事情がある。ガーディアンの報道は,「招致委員会がシンガポールの『ブラック・タイディングズ(BT)』社に130万ユーロを振りこんだ」というもの。

 仏検察当局は翌日,「『東京2020オリンピック招致』という名目で,日本の銀行に開設された口座から総額280万シンガポールドル相当の資金移動を察知」「2020年オリンピック開催地の指名過程において汚職および資金洗浄がおこなわれたか否かを確かめるため,予審開始請求をおこなった」という声明を発表した。

「コンサルタント料だった」としてBT社への支払いを認めた元招致委理事長,JOCの竹田恒和会長の国会答弁などによると,支払いは2013年9月の招致決定を挟み,国際ロビー活動などの契約で7月に約9500万円,成功報酬の意味合いを含む勝因分析の名目で10月に約1億3500万円の計約2億3千万円。竹田会長は「業務への対価で正当な支払い」と主張する。

 ところがこのBT社,経営者のタン・トンハン氏が,国際陸上連盟前会長で20年大会招致レース時はIOC古参委員として影響力のあったラミン・ディアク氏の息子パパマッサタ氏と関係が深いとされる。ロシア陸上界のドーピング隠蔽(いんぺい)疑惑を調べた世界反ドーピング機関の独立委員会報告書にも名前があった,いわくつきの会社なのだ。

 招致は「カネの力」で勝ちとったものだったのか。JOCは支払いの違法性を調査するため,弁護士をトップとする調査チームの設置を決めた。メンバーはJOCや東京都職員など,主に身内で構成する見通しだ。

〔日経コラム「春秋」に戻る→〕 どうも,日本人は忘れっぽい。四季の移り変わりに流されて,大事な事件を忘れていく。舛添氏のせこい話が面白く,そこに乗せられているうちに,大事なことを忘れてしまう。これは,過去もそうである。

 問題の内容は違うが,つぎへつぎへとマスコミも話題を移し,問題解決をしない。この問題解決をしないのが,高度なテクニックなのか,私たちが愚かなのか。そのため,同じような事件が起きては,また起きる。新たな話題で未解決かと思えば,首を挿げかえて一件落着,問題解決。これでは,不正は愚かなまま永遠に続くのである。卵サンドも大事だが,巨額な資金の動きの方が気になる。

 つまり「桝添都知事の政治資金:不適切使用問題」のお祭り騒ぎ的な,集中砲火のような報道もいいけれども,もっと地道に追及する肝心な話題が残されているのではないかという指摘である。わけ甘利画像4ても,甘利 明元経済産業省大臣の贈賄集疑惑事件のその後は,実に甘いというか,はじめから検察庁は逃がすつもりだったと勘ぐられて当然の対応ぶりであった。検察庁も安倍晋三政権の味方?

 --「特捜検察にとって “屈辱的敗北” に終わった甘利事件」(『郷原信郎が斬る』2016年6月1日)は,関連する事情をこう批判している。この記述から適当に論旨を拾い紹介する。


 a) 東京地検特捜部が,甘利元経済再生TPP担当大臣とその秘書のあっせん利得処罰法違反事件について,すべて「嫌疑不十分で不起訴」という処分をおこなった。特捜検察にとって, “屈辱的敗北” であり,まさに「検察の落日」である。時の政治権力に屈することなく,「厳正公平,不偏不党を貫く」というのが,検察の矜持だった。その検察を象徴する存在であった「東京地検特捜部」の看板は,地に堕ちたといわざるをえない。

 b) 甘利氏への現金供与の目的とそのさいのやりとりなどは,すでに『週刊文春』で報じられている薩摩興業側の総務担当者の話からも相当程度明らかであり,検察の手に寄らなければ犯罪の成否が判断できないというわけではない。今回のような「絵に描いたようなあっせん利得事件」が不起訴で決着すれば,もはや,この法律は,有力な国会議員による悪質な口利きと対価受領の事案に対してまったく使えないことになってしまう。要するに,与党議員ならやりたい放題だということだ。
 c) 今回の不起訴の直前の5月24日に,法務省にとって最大の懸案だった「日本版司法取引」「盗聴の拡大」等を内容とする刑訴法改正案が成立したことと,今回の甘利事件の不起訴処分との関係にも疑いの目を向けざるをえない。検察の屈辱的敗北が,「検察の落日」だけではなく,公正さを亡くした「日本社会の落日」とならないよう,今後の展開を期待したい。

 --このように体制側:与党側に生息している政治家であれば,明らかな贈収賄事件を起こしていても,平気でその追及からのがれられるような,ずいぶんいいかげんに融通性がある政治社会が現象している。桝添都知事騒ぎの影で,甘利 明はいままで国会を40日ほどずる休みしていた,最近ノコノコと顔を出してきた。これでもりっぱに日本の政治家が務まるのだから,政治家も3日やったら止められない(辞められない?)ということか。

 ③「世界経済どっち? 首相『大きなリスク直面』,月例報告『緩やかに回復』」(『朝日新聞』2016年6月17日夕刊)

 1) まえおきの文章
 5月に伊勢志摩サミットで開催されたG7で安倍晋三君は,日本経済というか世界経済に関する最近の現状は「リーマン・ショック寸前の危機に似ている」といった自説を,先進諸国の首脳たちに対してじかに披露していた。ところが,この見識は軽く一蹴される顛末になっていた。

 安倍晋三のその発想は,国際会議の場を安倍流に国内行政面に悪用しようとしたみえすいた魂胆であった。もっとも,自国内の専門部局ですら否定している経済情勢分析・認識すら,否定し,超越した方向で,それも自分流の理解をデッチ上げながら,よりによってG7の場において,自分の意見がもとより通用するような相手でもない各国首脳に対して,その危機「感」を訴えようとしていた。もちろん7月10日に実施される参議院選挙用のアドバルーンとして,その意識的(無意識的?)に間違った見解を捏造していた。

 ドイツのメルケル首相やフランスのオランド大統領あたりは,相当に鼻白む感じで安倍晋三に対していたという指摘もあるくらいである。日本を代表してわざわざ伊勢神宮近辺に先進国首脳に集まってもらいながら,みずからが日本国代表の恥さらしを演技していたとなれば,この首相はみずから恥さらしをしたことになる。

 2) 記事本文の引用
 世界経済の現実はどっち? 安倍晋三首相が消費増税を再延期する根拠のひとつに「世界経済が大きなリスクに直面している」ことを挙げたのに対し,内閣府が6月17日発表した6月の月例経済報告では,海外経済は「緩やかに回復」と前月から景気判断を変えなかった。首相と,経済分析を担当する内閣府の景気認識をめぐる温度差が浮き彫りになった。

 月例経済報告では,「新興国の景気が下ぶれし,国内景気が下押しされるリスクがある」とする一方,海外経済については「全体としては緩やかに回復している」との表現を5カ月連続で変えなかった。石原伸晃経済再生相は17日の記者会見で「海外のリスクの高まりは(首相と月例経済報告の間で)共通認識としてある」と述べた。月例経済報告では国内の景気判断について「弱さもみられるが,緩やかな回復基調が続いている」との判断を据え置いた。

 --こういう事実は最低限でも,伊勢志摩サミットG7に参加した各国首脳は先刻,察知していたはずである。おバカさんが「うまくだませる相手」は,やはり「同じおバカさん」でないと無理であることは,誰にでも判りやすい道理である。ただし,その理屈でさえ判って〔気づいて〕いないのが安倍晋三君。そして,この彼,またもや民度の低いというか,民主主義の基本すらわきまえていない発言を,国際会議においておこなっていた。程度が悪すぎて批評する気もなくなりそうになるが,がまんしながら次項の記述に移る。

 ④「首相『「気をつけよう,甘い言葉と民進党』『民共批判』演説」(『朝日新聞』2016年6月14日朝刊)

 「気をつけよう,甘い言葉と民進党」。安倍晋三首相は6月13日の街頭演説で,参院選で共産党と選挙協力を進める民進党をこんないいまわしで批判した。これに対し,民進党の岡田克也代表は「ちょっと度が過ぎている。きわめて遺憾だ」と強い不快感を示した。
これをもじっていうと「気をつけよう へたな言葉と自民党」。

 首相は街頭演説で,連日のように「民共批判」を展開。13日も大分市の街頭演説で「野党統一候補の実態は共産党と民進党の統一候補。だまされてはいけない」などと訴えた。これに対し岡田氏は,東京都内で記者団に「総理大臣の言葉なのかと思う。共産党が大嫌いだという感じをおもちなのかもしれないが,公党に対して失礼だ。まるで,非合法政党みたいな扱い方だ」と憤った。

 --それはそうである。警察庁・公安庁・自衛隊など体制側の警備・治安・軍部当局側はそろって,日本共産党を敵視している。天下のりっぱな公党であるこの共産党であっても,反体制側である政党として,けっして信用していない。潜在的・現実的な犯罪性を潜在させる政党としてしかみていない。

 そもそも民進党などと共産党を,7月10日に予定されている参議院選挙で連帯させ,統一候補を準備させるための原因を作ったのは,ほかならぬ自民党政権である。国民:有権者の側でも共産党を支持し,選挙でこの党に1票を入れる者は大勢いる。その党をとらえて戦前・戦中の治安維持法そのままの政治感覚での発言を,安倍晋三は放っていた。民主主義の基本である相互寛容の精神がゼロである。

 日本共産党に問題がないわけではなく,大ありである。だが,そのような次元でものをいえば,自民党も公明党もかなりひどいものである(この2党の野合性は天下一品である)。「目くそと鼻くそ」のごとき話題になるからこれ以上触れない。ともかく,安倍晋三のいい方は,品位・品格以前の下劣さ・稚拙さがめだつ。
 彼が真似をしていったもとの文句は「気をつけよう 甘い言葉と 暗い道」というものであった。もともと冗談の空間でモノを解説しているアンサイクロペディアは,つぎのように記述している。

 「これは,夜道で女性が暴行された場合,被害者の女性にも責任があるかのように錯覚させることを前提にして,できているかのように錯覚する女性もいるのではないかと何者かに錯覚させている」。

 これは,錯覚したくなくとも,その前によくは理解できないような説明であるが,安倍晋三の文句のほうは,日本共産党をひたすら敵視する感覚でモノをいっているだけに,とても判りやすい。もっとも,国会での議論(論戦)ではいつも,共産党の議員にいやられっぱなしの安倍なものだから,悔しくそのようにいっている感もある。


つぎにかかげる画像資料は,アベノミクス登場直後からこれをアホノミクスと蔑称してきた経済学者浜 矩子の新著の案内である(KADOKAWA)。

 敵視する政党であっても何党であっても,民主主義の原理・手順にのっとって議員団を国会に送りこんでいることに変わりない。だが,この政党:日本共産党をまるで暴行犯でしかありえないかのように「騙る安倍晋三の口調」は,人間的な品性そのものとしてから問題があり過ぎる。

 その程度の人間が,日本国の首相をすでに2期務めており,4年半もの〈長期間〉にわたり,総理大臣としてデタラメ采配をおこないつづけている。そしてさらにいえば,この首相が首相であって問題があるけれども,悪いことにさらに,副首相もまた似通ったような人物である。この話題の人,実は以前,首相もやったことがあるというのだから,事態はまさしく悲劇的な様相を超克しきって,ほとんど,完璧に喜劇。
  ブログ『空瓶通信……夜の小話』(2014年01月30日)は題名「気を付けよう甘い言葉と暗い道」として,つぎのように安倍晋三の発言を混ぜっかえしている。安倍がこの文句を口に出す以前の記述である。


◆ テーマ:夜の小話 ◆

 最近美しい言葉が流行ってますね。広告機構とかのCMでしたっけ? ああいうの好きではないです。気を付けよう甘い言葉と暗い道。昔からそういいますよね。

 ※「お金より大切なものがある」 お金より大切なもの,たしかにありますが,それすら,お金がなくては守れない。

 ※「世界は仲間・・〔人類〕皆兄弟!!」 仲間とか兄弟でなければ外される。実際そうですから。

 ※「国家・国民の安全を守る」 そのために戦争ですか。死ぬのは若者ですよね。彼らは誰が守るんですか?

 ※「快適な生活・安全な社会」 そのためにボロボロになるまで働く。皆,働き過ぎ!!

 ※「絆がアナタを支えます。」 誰が私を守るって???? 頼れるのは自分ですよ。
 ※「日本は1つ」 嘘つけえー・・!! 鳥取県なんて誰もしらんくせに!!
なお,引用では補正をくわえた。この筆者は鳥取県在住か?
 ⑤「『90歳で老後心配,いつまで生きてるつもり』麻生副総理が発言」(朝日新聞2016年6月19日朝刊)

 自民党の麻生太郎副総理兼財務相が6月17日,北海道小樽市での講演で「90歳になって老後が心配とか,わけの分かんないこといっている人がこないだテレビに出てた。オイいつまで生きてるつもりだよと思いながらみてました」と語った。麻生氏自身も75歳だが,高齢者への配慮に欠けた発言として批判が出ている。
 麻生氏はこの日,小樽市の党支部会合で「1700兆円を超える個人金融資産があるのに消費が伸びていない」などと指摘するなかで「90歳の老後」に言及した。みずらの祖母が91歳まで元気だったと紹介し,「カネはいっさい息子や孫が払うものと思って,使いたい放題使ってましたけど,ばあさんになったら,ああいう具合にやれるんだなと思いながら眺めてました」とも語った。貯蓄より消費が重要として「金は使って回さないとどうにもならない」とも述べた。
 補注)麻生太郎など一族の「家」の経済状態だから,こういう話も成立しうるのである。ここに書かれているとおりに「老後の人生」を過ごせている「90歳」前後のジィーバは,はたしてどのくらい居るか?

 この点を説明してくれる統計・資料は多分ないはずだから,推測でいうほかないが,老人介護の問題で多くの人びとが苦労しているいまの日本社会のなかで,「カネはいっさい息子や孫が払うものと思って,使いたい放題使ってました」といった麻生太郎のバーバの場合を例に挙げて,日本社会における一般的な「老後の人生」問題が語れると思ったら,大きな間違いである。
 それに麻生太郎の祖父が91歳まで生きた時代とは,いったい何年ころであったのか? だいぶ以前になる。半世紀も昔の話である。時代背景的にもおそらく,いまに通用するような話ではなくなっている。

 麻生家でなければなかなか通用しないような社会認識を,いかにも普遍性があるかのように,それもあのしたり顔で語っていたとしたら,説得力はないに等しい。安倍晋三の金銭感覚もすでに問題になっていたが(例のパート労働者の日給月給が25万円にもなるとの無知を口にしていた件),この麻生太郎も地方財閥の一族の1人として,どうしてもトンチンカンな発言が多い。

 --つづいてここでは,こういう引用をしておく。


★ マスコミが書かない麻生財閥の深い闇 ★
=『杉並からの情報発信です』2008年10月22日 =


 麻生財閥(麻生グルー プ)は現在,麻生ラファージュセメント(株)を中核に64社,総売上1,380億円,社員数6250名を数える九州屈指の企業グループである。麻生太郎氏 は,祖父麻生太吉氏,父麻生太賀吉氏の後を継ぎ,1973年にグループ中核企業の麻生セメント(株)の代表取締役社長に就任していた。
 1979年の衆議院議員選挙で初当選し政界に転進して家業を実弟の麻生泰氏に譲ったからといって,麻生太郎が麻生財閥の3代目当主でった事実は消せない。当主として戦前の麻生炭鉱の暗い歴史の責任から逃れられないのは,当然のことである。

 なぜなら,安倍晋三元(現)首相,福田康夫元首相に続いて,総選挙での国民の審判を受けることなく,自民党総裁選で勝利して2008年9月に第92代内閣 総理大臣に彼が任命されたのは,麻生財閥のもつ財力であり,その大部分は,戦前の麻生炭鉱に強制連行されて来た朝鮮人労働者1万人をただ同然で酷使して搾 取した巨額の未払い賃金がその源だからである。

 戦前の麻生炭鉱で10,000人の強制連行朝鮮人を強制労働させ,賃金をそっくり搾取す ることなくしては,現在の麻生財閥はありえず,したがっていまの麻生太郎内閣総理大臣もありえなかったといっても過言ではない。戦前の麻生炭鉱での劣悪な 労働条件の実態は,下記URLの調査報告書「麻生炭鉱の強制労働」(戦時強制労働の調査「人権平和・浜松」)に詳しく書かれている。
 この調査報告書のなかで,強制連行朝鮮人労働者がどのように働かされ支配され,搾取されていたのかが詳しく書かれている。たとえば,こう書かれてもいる。

 「納屋の布団は万年床で真っ黒であり,交替制で誰かが寝た。人繰りが毎夕入坑の督促をし,二交替制だったが,〔朝〕5時に入坑して昇坑が〔夜〕10時ということも珍しくなかった。坑口から600メートルを人車で行き,そこから切羽まで歩いた。朝鮮人が危険なところを担当した。検炭係がボタの量を見て函引きし,賃下げを した」。

 「低賃金で遅配が多く,食事も衛生も悪かった。納屋の頭領は賃金の3割ほどをピンハネした。労働災害があっても朝鮮人には適用されなかった。納屋では独身坑夫が死んでも朝鮮の故郷にしらせないことが多かった。遺族に弔慰金や補償金を支払うのが惜しく,アリラン集落の下の無縁墓地に埋めて知らん顔だった。1934年のガス爆発の時には生存者がいても密閉したために朝鮮人が入坑を拒否した。
 註記)『林・記録』305~,321頁。

 また,朝鮮労働者がどのように強制連行されたのかの具体的な証言も書かれている。
〔記事の引用(残りの部分)にようやく戻る→〕 麻生氏の発言に対し,民進党の岡田克也代表は大分県由布市で「国は年金や医療,介護制度で,高齢者の不安に応えなければならない。私は非常に怒っている」と批判した。(記事引用終わり)

 --要するに,現在の日本社会において重大な問題になっている老後生活・老人介護などの問題に対して,この麻生太郎には発言する資格がない。発言したところで,前段のように大きく的を外した盲論にしかなっていない。

 大金もちの財閥一家のなかで余生を過ごしてきた「太郎のおばあさん」のことだったからこそ,また幸いにも耄碌もせず(もうろ麻生太郎画像7く:認知症にならずに),思う存分に浪費するお大尽の生活をできていた。したがって,この実例に関していえば,庶民の平均的な生活実感とは無縁のものである。 麻生太郎君,この文句の意味を「判っていっているようには聞こえない」。
 ましてや,安倍晋三政権が庶民に要求しているらしい「3世代同居生活」など,昨今の平均的収入しかない家庭・世帯にとっては非常な重荷となっている。実際,同じ屋根の下に住んでいるのに,父母の介護すらしない(できない)で死に至らせている場合があり,また老齢の父母が死亡したあと,そのまま部屋のなかに放置しておいたりする〈事件〉も発生している。

 そこまでに至らなくても,老齢の父母が介護ホームに入所する問題は,子どもの世代層にとってはたいそうな負担である。父母自身がホームに入居するための資金を十分に準備でもしておいてくれればまだしも,そこまでできる父母はけっして多数派ではないはずである。なにもかも問題だらけという状態である。

 麻生太郎君,そもそも,君はこうした類いのあれこれ・もろもろの現実が,まともにみえているのか? 自分の祖母の特殊な事例では参考にならない。この問いかけはさておき,学術的にまともな知見に,関連する事情を教えてもらおう。

☆「筒井淳也(計量社会学),三世代同居促進政策は有効か-データから見えてくること」☆=『SYNODOS』2016.01.27 =

 昨〔2014〕年から,にわかに「三世代同居」が政治的な議題に上がるようになった。

  2015年3月20日に閣議決定された「少子化社会対策大綱」では,「祖父母等による支援:家族において世代間で助けあいながら子や孫を育てることができるようにするため,三世代同居・近居を希望する方がその希望を実現できるよう三世代同居・近居を支援するための優遇策等の方策を検討する。また,UR賃貸住宅による三世代同居・近居への支援を引き続き行う」(施策の具体的内容)とある。
 --この間の中段を大幅に省略して,
 以下の結論に進む(飛ぶ)--

 個体ごとにみたときも(つまり同一個体の異時点間を比べた場合でも),同居率と出生率は正の相関にあることがわかる。しかし,「三世代同居を推進すれば出生率は上昇する」という結論までは,まだ遠いのだ。

 さて,政権・体制側に対してはいつも辛口の報道しかしない『日刊ゲンダイ』に,以上に該当する内容をどのように書いているか,つぎの記事に聞いてみたい。

 ⑥「麻生大臣また失言『90歳,いつまで生きているつもりだ』」(『日刊ゲンダイ』 2016年6月18日

 麻生太郎財務相(75歳)がまた失言だ。6月17日,北海道小樽市での自民党支部大会の講演中,「90になって老後が心配とか,訳の分からないことをいっている人がテレビに出ていたけど,『おまえいつまで生きているつもりだ』と思いながらみていました」といってのけたのだ。

 麻生大臣は国内の個人消費が伸びない経済の現状について,「あったらその金を使わなきゃ,なんの意味もない。さらに貯めてどうするんです」と指摘。その後に冒頭の発言をした。

 麻生大臣は2013年1月にも「政府の金でやってもらっていると思うと,ますます寝覚めが悪い。さっさと死ねるようにしてもらうとか,いろんなことを考えないといけない」と高齢者批判をして,撤回していた。

 この麻生太郎,「バカは死ななきゃ治らない」の典型的な一事例である。安倍晋三は「傲慢で幼稚」「暗愚で無知」「恥知らず」とまで非難されてきたが,この太郎君はなんといわれればいいのか? 「驕慢で稚拙」「軽率で無恥」「常識的感覚ゼロ」とも形容したらいいのかもしれない。

◆ 麻生太郎の部落発言について ◆


 「麻生太郎による部落差別,野中広務に対する発言」の問題。……2008年9月ごろにネット上に出ていた話題である。ウィキペディアにはすでにそのまとめが出ているが,ここではつぎのような文章を拾い紹介しておく。

 --野中氏は政治家となる前は「大阪鉄道管理局」に勤めていた。彼はそこでまじめに働き,有能だったため同期のなかで一番出世した。しかしあるとき野中氏が隠していた「部落出身者」という事実が職場でしれわたると,彼の出世を妬む人間により職場に居づらくなった。結局,野中は退職し,差別をなくすために政治家となることをめざした。
 そのような政治家としてのアイデンティティ(原点)すら否定される発言をされれば,一生恨みをもたれるのは当然である。これと魚住昭野中表紙いった苦労もせずに政治家になった麻生は,人を慮った言動ができていない。野中広務に対しての『被差別部落出身者発言』。いまだなんの説明もしてない。このまま逃げつづけて,総裁になるつもりか?

 私は許せない。単なる失言とはいえない部類のものだと思う。『あんな部落出身者を日本の総理にはできないわなぁ』〔と麻生はいったのである(本人は否定しているが,野中は3名以上の証人からその事実に関する裏をとっていた)。

 だが,その発言をなかったことにして,やり過ごしていいのか? アイヌ民族の問題なども最近あらためて話題になっている。いったならいったで,認めたらどうか? 逃げ得は許せない。皆さんは,どう考えるか? 軽い問題か?
 ここで日本社会における差別問題のいくつかが出そろった。在日韓国・朝鮮人,部落出身者,アイヌ(ウタリ)などの問題である。さらに,女性差別や性的少数者差別,障害者差別もある。

 麻生太郎はそのうち間違いなく2つに対して,すなわち,企業組織と政治組織において他者に対する差別意識を,いいかえれば,自分:同族の会社にかかわる歴史問題として制度・客観的に,そして自民党政治家としての差別発言問題として個人・主体的に,それぞれかかわってきた。
一等国民日本人, 二等国民朝鮮人, 三等国民中国人が, いまでは

第1の国民と第2の国民とが定着している現代日本の格差社会。かつては一等国民日本人,二等国民朝鮮人,三等国民中国人が,いまでは……


【新自由主義・規制緩和政策・反民主主義・非平等主義・扇動主義(ポピュリズム)のアベノミクス・アベノポリティクス】


【そして,そのアベコベミクス・アベノリスクの効果ばかりが発散されてきた,経済の現実と社会の機能】


 ① 歴史社会学者・小熊英二「〈論壇時評〉二つの国民 所属なき人,見えているか」(『朝日新聞』2016年5月26日朝刊)
小熊英二画像
 ※ 執筆者紹介 ※ 「おぐま・えいじ」は1962年生まれ,慶応義塾大学教授。

 『単一民族神話の起源』(新曜社,1955年)でサントリー学芸賞,
 『〈民主〉と〈愛国〉』(新曜社,2002年)で大佛次郎論壇賞・毎日出版文化賞,
 『社会を変えるには』(講談社,2012年)で新書大賞,
 『生きて帰ってきた男』(岩波書店,2015年)で小林秀雄賞を受賞。
 

 a) 19世紀英国の首相ディズレーリは,英国は「二つの国民」に分断されていると形容した。私見では,現代日本も「二つの国民」に分断されている。

 そのうち「第1の国民」は,企業・官庁・労組・町内会・婦人会・業界団体などの「正社員」「正会員」とその家族である。

「第2の国民」は,それらの組織に所属していない「非正規」の人々だ。

 この分断の顕在化は,比較的最近のことである。私が国立国会図書館のデータベース検索で調べたところ,雇用関連の雑誌記事の題名に「非正規」という言葉が使われたのは1987年が初出だ。そしてそれは2000年代に急増する。

 それ以前も「パート」「日雇い」「出稼ぎ」などはいた。だが,それらを総称する言葉はなかった。「パート」や「出稼ぎ」でも「正社員の妻」や「自治会員」である人も多かった。単に臨時雇用というだけでない「どこにも所属していない人びと」が増えたとき「非正規」という総称が登場したともいえる。

 彼らは所得が低いのみならず,「所属する組織」を名乗ることができない。そうした人間にこの社会は冷たい。関係を作るのに苦労し,結婚も容易でない。

 b)『週刊東洋経済』の特集「生涯未婚」は,「結婚相談所なんて正社員のためのビジネスだとわかりました」という34歳男性の言葉を紹介している(特集「生涯未婚」『週刊東洋経済』2016年5月14東洋経済2016年5月14日号表紙日号)。

 女性の7割は年収400万円以上の男性を結婚相手に期待するが,未婚男性の7割は年収400万円未満である。その結果,男女とも結婚できない。

 50歳時点で一度も結婚していない「生涯未婚者」は,2035年には男性で3人に1人,女性で5人に1人になると予測されている。

 これは所得の問題だけではない。昔なら低所得でも,所属する企業・親族・地域の紹介で「縁」がもてた。所属のない人びとはそうした「縁」がないのだ。

 こうした「第2の国民」は,どの程度まで増えているのか。統計上の「非正規雇用」は4割だが,藤田孝典は「一般的に想像されるような正社員は実は急減している」という(藤田孝典・白河桃子「対談;婚活ブームを総括しよう」『週刊東洋経済』2016年5月14日号)。

 労組もなく,労働条件も悪く,「10年後,20年後の将来を描けない周辺的正社員」が増えている。そして「彼らの増加と未婚率の上昇はほとんど正比例」というのだ。

 低収入で家族もいない人が増加すれば,人口減少だけでなく,社会全体の不安定化に直結する。〔2016年〕1月に犠牲者15人を出したスキーバス事故の背景に,高齢単身運転手の劣悪な労働・生活状況があったことはテレビでも報道された(テレビ番組・NHKスペシャル「そしてバスは暴走した」2016年4月30日放送)。

 c) それにもかかわらず「第2の国民」が抱える困難に対して,報道も政策も十分ではない。その理由は,政界もマスメディアも「第1の国民」に独占され,その内部で自己回転しているからだ。

 日本社会の「正社員」である「第1の国民」は,労組・町内会・業界団体などの回路で政治とつながっていた。彼らは所属する組織を通して政党に声を届け,彼らを保護する政策を実現できた。

 もちろん「第1の国民」の内部にも対立はあった。都市と地方,保守と革新の対立などだ。〔19〕55年体制時代の政党や組織は,そうした対立を代弁してきた。いまも既存の政党は,組織の意向を反映して,そうした伝統的対立を演じている。

 報道もまた,そうした組織の動向を重視する。新聞紙面をみるがいい。記事の大半は政党・官庁・自治体・企業・経済団体,労組といった「組織」の動向だ。一方で「どこにも所属していない人びと」の姿は,犯罪や風俗の記事・コラム・官庁の統計数字などにしか現われない。

 政党も報道機関も,「組織人」と「著名人」しか相手にしない。というより,組織のない人びとを,どう相手にしたらよいか分からない。私はある記者から,こんな話を聞いたことがある。

 福島原発事故後,万余の人が官邸前を埋めた。米国大統領府前で万余の人が抗議すれば,大ニュースになるはずだ。しかし日本では報道が遅く,扱いも小さかった。その理由について,その大手メディア記者はこう述べた。

 「あの抗議は労組や政党と関係のない所から出てきた。組織がないのに万単位が集まるなんて,なにが起きているのか理解できなかった。私たちは組織を取材する訓練は受けてきたが,組織のない人びとをどう取材したらいいかわからない」。

 30年前ならこの姿勢でもやっていけただろう。だが所属組織のない人びとが増えるにつれ,「支持政党なし」も増え,新聞の部数は減る一方だ。「第2の国民」にとって,新聞が重視する政党や組織の対立など「宮廷内左派」と「宮廷内右派」の争いにしかみえないからだ。これは媒体が紙かネットかの問題ではない。
 政策もまた,認識が古いために,的外れになっている。堀内京子は,官邸主導により,少子化対策として「3世代同居」優遇税制が導入された経緯を検証している(堀内京子「現実無視のイデオロギーが税制歪(ゆが)める 首相指示により『3世代同居』前面へ」(『Journalism』2016年5月号)。

 だが平山洋介によれば,3世代世帯は持ち家率が高く,住宅が広く,収入が多い(平山洋介「『三世代同居促進』の住宅政策をどう読むか」『世界』2016年4月号)。3世代世帯の出生率が高いとしても,恵まれた層の出生率が高いというだけだ。それを優遇しても,少子化対策として効果はなく,恵まれた層をさらに優遇するだけだという。

 放置された「第2の国民」の声は,どのように政治につながるのか。誰が彼らを代弁するのか。この問題は,日本社会の未来を左右し,政党やメディアの存亡を左右する。これは,この文章を読んでいるあなたにも無縁の話ではない。

 --本ブログはその間,ほかの論題で議論することがあったためそちらを優先していた。スクラップしておいたこの小熊英二の記事は,今日までとりあげていなかった。この小熊が指摘するのは,21世紀に入って顕著になっている日本社会内部の具体的な現象,新しい形態・関係をともないながらも減少している〈階層的な分化〉,すなわち「第1の国民」と「第2の国民」への分離現象である。

 たとえば,結婚仲介業の新聞広告がときたま出ている。これをみると,あたかも「絵に描いたような新婚家庭」が誕生したかのように,その広告のなかでは「成婚実例」が紹介されている。非正規労働者群にとっては「夢でしかない・本物の話ではない」と受けとるほかない,その羨ましい成婚事例がたくさん紹介されている。「第2の国民」の立場のほうに吹きたまっている人びとからみたそれらの姿は,遠くの山々の風景を仰ぎみるごとき気分で羨望するほかない。

 現在もなお,非正規労働者はその絶対数も相対率も増やしつづけている。例のアベノミクスは,そうした現実問題とは異次元における独り言であるかのように,1人勝手に語られている。いまどき安倍晋三君の経済政策がまともに効果を発揮していると認める者は,ごく一部の者をのぞいて,ほとんどいない。

 安倍晋三政権は,出生率 1.8という目標(希望的観測)をかかげていたが,結婚そのものが高望みになってしまっている「第2の国民」の立場にとってみれば,その目標値は,いったいなんのための絵空事かと,ただしらけるだけである。

 本ブログ内で別に論じてもいたが,大手新聞社の記者たち(正規社員)でもとくに,日本経済新聞や朝日新聞や読売新聞の彼(女)らやテレビ局の本社員たちは,平均年収では1千数百万円である。この「第1の国民」であるこのヒトたちは,小熊英二によれば「第2の国民」の生活実態の取材がよくできていないというのだから,両者間の断絶ぶりは,並大抵のものではない。

 ましてや,お坊ちゃま宰相や貴族きどりの副首相兼財務大臣などに,庶民たちの生活実態をもっと実感的に理解しろといっても,とうてい「判るはずもない」のである。文中に出ていた「3世代同居優遇税制」の提唱は,その事情を正直の物語った〈典型的な実例〉である。

 安倍晋三政権の中枢に位置する政治家たちは,いまの日本国民の生活状況などまともに把持できていない。それでいて,エラそうに,しかもトンチンカンにも経済・社会政策を計画し,推進しようとしてきたのだから,まことに始末に困った〈連中〉である。いいかえれば,政治要人としては不適格な者たちがいまの政権の中枢を占めている。

 要は「第1の国民」と「第2の国民」のあいだには大きな割れ目が介在している。だが,事情・場合によっては,前者「第1の国民」であっても,後者「第2の国民」のほうに移動することを余儀なくされる不運・不具合が,突然発生しないとは限らない。

 その種の不安・心配がいつもまとわりついているのが,現代日本の経済社会のなかに生きているわれわれの実生活である。非正規労働者層集団が拡大する兆候は,すでに40歳台にまで進行しつつある。結婚とか出産といった人生の節目になる出来事とは無縁なままに,自分の生涯を見通すほかない人びと,つまり「第2の国民」が否応なしに増大している。

 人口が減少する兆候が実際に出はじめてからすでに10年以上が経っている。安倍晋三政権がかかげている「1億総活躍」などといった標語は,ずいぶんのんきなものである。このようなことばに酔っている最中に,日本の人口は1億を切る時代に向かい走っている。

 かつて「1億火の玉だ」と絶叫された「戦争の時代」においては,朝鮮人と台湾人,つまり植民地の人民がくわえられたその「1億の看板」であったものが,いまとなっては「1億」などと叫んでいるうちに,この数がどんどん目減りしていくありさまである。
 だから,識者によっては1千万人の移民を受け入れろと提唱している坂中英徳(元法務相入国管理局長)もいる。日本の人口はともかく,2004年を頂点にして徐々に減少しはじめている。2010年に死亡者数が出生児数を上回りはじめており,2060年には日本の人口が1億人を割ると予測されている。

 本気で人口政策にとりくまないかぎり,このままずるずると日本国の人口は減っていくだけである。親類筋にある幼稚園児がいるが,この児が介護施設を訪ねて感想をいわく「わぁー,ジィーバがイッパイいる」とか。孫1人に対して祖父母4人〔寝たきり状態でも健在(生きている)ならばこの4名〕が付く時代である。人口の構成が逆さピラミッドになっている。

 以上,小熊英二の議論に関していえば,本ブログ内でもあれこれ論じてきた内容がいくつもあるのだが,以下にさらに,関連させるべき若干の論及をおこなってみたい。

 ②「〈2016 参院選 アベノミクスを問う:2)「雇用改善」上向かぬ賃金 収入低い職種に人材流入」(『朝日新聞』2016年6月16日朝刊3面)

 a) 静岡県の介護職の女性(36歳)は1年半前,食品工場のアルバイトから,グループホームの正社員になった。認知症の高齢者9人の介護を,実質的に2人で任されている。食事や入浴の介助,歩き回る人の付き添い。

 仕事はひっきりなしで,夜勤は月5~6回。「気が休まらず,ほとんど休めない」と話す。月給は,残業代などを含め手取りで14万円台。アルバイト時代より低く,食費を切り詰めて家賃を払っている。「責任の重さに比べてこの給料はどうなんだろう,といつも思う。貯金もできず,転職もむずかしい」。

『朝日新聞』2016年6月16日朝刊2面画像 経済政策の成果を誇る時,安倍晋三首相は雇用改善を強調する。「正規雇用は昨年,8年ぶりに増加に転じ,26万人増えた。アベノミクスは順調に結果を出している」。1日の消費増税再延期の会見でも,こう述べた。〔しかしその〕「26万人」の内訳はどうか。介護職など「医療・福祉」は25万人増えた一方,「製造業」は19万人減。介護職の平均月給は22万円台で,全産業平均の33万円台より低い。

 補注)介護職の仕事を辞めた人びとは,月の給料が「あと10万円高ければ復職する」と答えている。だが,政府の対応では1万円前後の改善であり,介護職側からのその希望金額は実現できない状態である。介護問題は社会保障の領域に属するのだから,政府はもっと予算枠を確保しなければなるまい。

 軍艦や航空機をアメリカの軍需産業から言い値で景気よく購入できるのだから,本気で介護問題を解決するための予算措置は,その気がありさえすれば,なんとでもなりそうだと思われる。素人考えでもってそういっても,けっして的外れではない。

 介護労働の生産性を上げるのだとはいっても,施設面での改善はさておき,この労働そのものの特性からして無理な要素が多い。「現在,特別養護老人ホームに入所できていない高齢者は50万人以上いると推定されており,「待機老人」という言葉も聞かれるようになったというが,いまのところ,いっこうに改善されるような展望はもてない。かつて日本は経済大国といわれたが,いまは「老人退国」といってもよさそうである。

 アベノミクスの提唱者は,これをいいだしてからすでに3年以上が経過している。にもかかわらず,まともなその成果を出さないまま,さらにくわえて「この経済政策をふかしていく」などとのたもうた。だが,それはせいぜい〈空ふかし〉がいいところであって,要は「空騒ぎ」程度しかできないのに,それを喧伝するための音声だけは大きい。

 「第1の国民」と「第2の国民」のあいだに顕著である具体的な格差は,大学進学率に露呈してもいる。高所得層の大学進学率は6割台であるのに対して,低所得層では3割に達していないのが最低所得層である。この格差は比率の比較で,なんと2倍にもなっている。この格差がまたさらに「第1の国民」と「第2の国民」との格差を,事後的にあ拡大再生産させる要因を提供している。

〔記事本文に戻る→〕 「第2の国民」が大学に進学すると,日本学生支援機構からの貸与型奨学金を受ける学生も多くなるが,これがのちの人生における禍根の原因にすらなっている。日本学生支援機構(JASSO) JASSOによると,奨学金を返還する必要がある374万1000人のうち,3か月以上滞納している「延滞者」は約17万3000人(4.6%)。14年度末までの全体の滞納額は計898億円にも及ぶ。

こうした状況を背景に,JASSOが「奨学金返還の重要性」をあらためて周知する目的で始めるのが「延滞者」の割合を学校別に公表する施策だ。大学や専修学校など,奨学金利用実績のある全ての学校機関を対象に,要返還者と延滞者の数を2016年夏を目途にホームページ上で公開する予定という。
 註記)「大学別『奨学金延滞者数』公表に賛否両論 学校選びの参考に『無用な順位づけ』」『JCASニュース』2016/3/23 20:14,

 補注)日本学生支援機構はほとんどサラ金業者と同じ仕事をしている。それも主に「第2の国民」を相手にするかのような「奨学金事業」の展開である。「学生」に対して,なにを「支援」しているのか判らなくさせているのが,この〈育英機関〉:日本学生支援機構の貸付型奨学金である。教育の貧困は,即「国家全体の貧困」を意味している。これはまさしく亡国的な現象をも示唆する。奨学金を「貸し借り」の事業形態でおこなう意図そのものが,抜本から改定されねばならない。
 
〔記事本文に戻る→〕 介護事業は,公的な介護報酬に頼った運営になりがちだ。高齢化で需要は増えているが,提供するサービスを充実させて,従業員の賃金も上げる,という循環になりにくい。クレディ・スイス証券の白川浩道経済調査部長は「アベノミクスの雇用回復の大部分は,介護など医療・福祉従事者の増加だ。高齢化の要因が大きく,賃金の上昇圧力は高まっていない」と指摘する。

 求職者1人当たりの求人を示す有効求人倍率は,就業地別では全都道府県で1倍になったが,これも少子高齢化が影響している。今年1倍に改善した鹿児島県では,求人倍率が高い職業は介護や建設で,人気がある事務職は低い。倍率が上がっていても,雇用の「ミスマッチ」があれば,望む仕事に就いている人が多いかどうかはわからない。

 b) 非正社員,増える中高年層 待遇不安定,成長に直結せず。さらに,労働者全体でみると,正社員より待遇が不安定な非正社員が増えつづけている。

 非正社員は昨〔2015〕年18万人増え,伸び率は0.92%。正社員の伸び率の0.79%を上回り,労働者に占める割合は約4割にのぼる。安倍首相は「パートの時給は過去最高だ」と強調するが,物価上昇には追いつかず,2010年を100としたパートの実質賃金指数は2015年は97.5にとどまる。
 補注)ついこのあいだ,この首相はたとえ話として「パートの妻が月収25万円」という具合に表現したことがあった。通常,パート労働者が1ヶ月いくらがんばっても,25万円という金額はとてもじゃないが,不可能な数値である。それだけでなく, 正規労働の有配偶者であるパート労働者にとっての103万円の壁と130万円の壁を,きっとしらない者がいう発言になってもいた。この2つの壁を少しくわしく説明しておく。

 ★-1「年間の給料が103万円未満の場合」 まず,年間の給料の総額が103万円未満の場合,「基礎控除」+「給与所得控除」の合計額が103万円となりますので,この場合確定申告(または年末調整)によって支払った所得税の全額が戻ってきます。

 なお,住民税の場合はちょっと計算が違い,約100万円以下の場合は課税されません。(ただし,市区町村によって金額が異なる場合があるのでご注意ください。詳しくは市区町村にお問い合わせください。)

 ★-2「主婦・パートの103万円の壁」 103万円の壁を越える場合(月間のパート代がおよそ8万6千円超)ですが,パートとして働いたあなた自身にも所得税がかかってきます。パートの税金は(年収 103万円)× 10%というところです。

 つまり,年120万円の場合,1万7千円の税金が発生しますので,手取りは118万3千円です。(ただし,パート収入額がもっと大きくなる場合は税率が変わってきます。あくまでも130万円の範囲内という事例です)

 また「配偶者控除」が使えなくなります。しかし,その代わりに「配偶者特別控除」が発生するので,一気に税負担が上昇するわけではありません。配偶者特別控除の控除額は主婦(パート)の収入によって変化してきます。

 これによるご主人の税負担増については,ご主人の年収によって変わってきます。年収が高いほど,103万円を超えたときの負担額は大きくなります。ただ し,103万円を超えたからといって,増えたパート収入よりも増える税負担の方が大きいというケースはめったにないでしょう。

 ★-3 「主婦・パートの130万円の壁」 サラリーマンの妻の場合です。自営業者のようにご主人がそもそも国民健康保険や国民年金に加入している場合に は,130万円の壁はそもそも存在しません(妻も社会保険にすでに加入しているため)。

 この130万円(月収約11万円)の壁は分厚い壁です。この壁を越 えてしまうと「社会保険」でいう「扶養」の範囲を超えてしまうのです。

 サラリーマンの妻の場合,社会保険上の扶養となることで「健康保険料(社会保険料)」および「国民年金」の保険料が免除されているのです。(国民年金については第3号となり,年金保険料を支払っていなくても「支払っているもの」としてカウントされる)

 つまり,130万円を超えた場合,税金(所得税や住民税)以外に「健康保険料」および「国民年金保険料」の支払いが必要になってくるのです。この負担は 129万円まではかからず130万円になった瞬間から発生する料金です。103万円の壁のときのように段階的に負担が発生するわけではありません。

 健康保険料は自治体によって異なりますが月額5千円程度,国民年金保険料は1面 5020円(2011年度)です。合計すると月間で2万円,年24万円の負 担増となります。つまり,130万円超150万円くらいまでのパート収入になる場合は130万円未満にパート収入を抑えたほうが逆にお得(!?)という逆 転現象が起こるわけです。

 年130万円を超えるつもりであれば,収入が年に170万円以上になるくらいの仕事にしないと逆にプラスにはなりません。ハンパに超えるくらいなら仕事をしないという選択のほうが賢いといえるでしょう。

 ちなみに,2016年より一部の大企業でパート労働者に対する社会保険の年収の壁が,上記の130万円から106万円に引き下げられるみこみとなっています。

〔引用記事本文に戻る ↓ 〕 
 c) そんな非正社員で目立つのが中高年の増加だ。44歳以下は,新卒や若手の採用増で17万人減った一方,45歳から54歳は11万人増えた。企業がリストラで中高年の社員を減らしていることも背景にありそうだ。

 補注)最近作, 雨宮処凛・萱野稔人・赤木智弘・阿部彩・池上正樹・ほか『下流中年- 一億総貧困化の行方-』(SBクリエイティブ,2016年4月)がある。日本の産業経済は「失われた10年」の,すでに3回目の周期を進行中である。昨年6月には,藤田孝典『下流老人-一億総老後崩壊の衝撃-』(朝日新聞出版)が公刊されていた。

 下流中年表紙 藤田下流老人表紙
 「一億」の理解方法がこの著作と安倍晋三君のそれとでは〈天地ほどに大きな差〉がある。藤田いわく「もつ者ともたざる者がつねにいるのはしかたがない。しかし,それがあまりにも不均衡で,容認しがたい格差なのであれば,不平等として是正すべきであろう」(214頁)。

 安倍晋三君とわれわれ一般庶民とが「一億総活躍」に関して抱く決定的な感覚(間隔)差は,その溝をとうてい埋めることができないくらい大きい。

〔記事本文に戻る→〕 「早く非正規から抜け出し,安定した仕事に就きたいが,うまくいかない」。都内で警備員として働く男性(47歳)はいう。自動車部品メーカーで派遣社員として働いていたが,2008年秋のリーマン・ショックで「派遣切り」を受け,失職した。その後,ようやくみつけた交通誘導の警備員は日給7500円。週3日しか仕事がないこともある。「アベノミクスの恩恵はまったく感じない」。

 こうした非正社員の待遇改善のため,安倍政権は「同一労働同一賃金」をかかげる。仕事内容が同じ働き手には同じ賃金を払い,非正社員というだけで低賃金にならないようにする狙いだ。「多様で柔軟な働き方」を広げ,中高年もそれぞれに合った仕事をみつけて職に就くことを期待する。

 非正社員には,賃上げだけでなく,働く期間が区切られずに仕事を続けられる正社員になることを望む人も多い。しかし,中高年の現実は厳しい。警備員の男性は昨秋,あまりの低賃金に転職を試みたが,40代という年齢もあって仕事は決まらなかった。「先の見通しは立たないまま。同僚も中高年が多く,待遇が悪くても他の仕事に移れない人ばかり。みんな,生活は苦しそうだ」。

 1年半前,派遣社員から運送会社の正社員となった40代の女性は「ハローワークや求人サイトでも,希望した事務職の仕事は本当に少ない。50~60社に応募してやっと正社員になれたが,月給は手取りで18万円程度」と話す。

 安倍政権は,女性や高齢者を含むすべての働き手が生き生きと働く「1億総活躍社会」をかかげている。しかし,賃金が低く,待遇が不安定な仕事が増えるばかりでは消費は増えず,経済成長にもつながらない。雇用指標を上向かせるだけでなく,どう実態を改善していくかが問われている。

 ③「〈経済気象台〉」(『朝日新聞』2016年6月16日朝刊12面「金融情報」)

★〈経済気象台〉人手不足の農業で働く意味 ★
=『朝日新聞』2016年6月16日朝刊=

 2016年4月の有効求人倍率は,統計をとりはじめた2005年2月以降で初めて,全都道府県で1倍を超えたという。人手不足の産業にスムーズに労働力が移るのなら,この求人倍率の高さは前向きに受けとることができる。

 現実を,北海道労働局がまとめた4月の職種別の数字から考えてみたい。農林漁業は1288人の求人に対し,求職者数は854人。一般の求人賃金は17万3490円だ。一方,事務的職業は求人は7813人,求職者数は2万5543人。賃金は15万2579円と農林漁業より低い。

 一次産業は賃金をあげても人は集まらないと嘆き,事務職を求める人たちは低賃金でもいいからと仕事を探す。政府は,労働者派遣法の改正など人を移動させやすくする環境整備に躍起だが,このちぐはぐさはいったいなんなのか。働き手の選択の自由よりも,企業側の解雇の自由が優先されてはいないだろうか。

 スキーリゾートで有名な北海道の後志(しりべし)地域では今年から,あるとり組みを始めた。仕事をしながらウィンタースポーツを楽しみたいと集まって来る若者たちに,人手不足で悩む農業で働いてもらう試みだ。日本だけでなく世界中から来る若者のうち,十数人がこの地域にとどまることを選択した。

 「北の大地で自分の人生をつくりたい」という理由のようだ。「人手不足を嘆く農業も,仕事がなくて嘆く都会の人も,働くことの意味をもっと肩の力を抜いて考えたら?」という声が聞こえてきそうだ。

 仕事のなかにある楽しみが地域とのつながりを生み,そこに暮らしがある。この漠然とした安心感をいかにつくるのか。これを考えることがいま,必要ではないか。
 経済指標だけでもって「われわれの労働生活」「人間の社会生活」を考えていていいのか。こういった問題提起が,この寄稿文からは伝わってくる。ここではつぎの引用もしておく。
シューマッハー表紙画像
 1973年に刊行された『スモール イズ ビューティフル』(原題:Small is Beautiful: A Study of Economics as if People mattered.本ブログ筆者のもっている日本語訳は,小島慶三・酒井 懋訳『スモール イズ ビューティフル-人間中心の経済学-』講談社学術新書,1986年だが,ほかにも2訳あり)という本がある。

 この著者シューマッハーは,石炭・石油(化石燃料)に依存する産業の今後のエネルギー危機の到来を予測し,警鐘を発している。その変革のために「中間技術(適正技術)」の開発と,それらの途上国発展に向けた適用の重要性を訴えている。

 その「中間技術」の目標とはなんであろうか。シューマッハーは以下のように分析し,まとめている。「小さいこと」「簡素なこと」「安い資本でできること」「非暴力的であること」。そしてとくに「非暴力的であること」の例として,原子力をあげている。

 前段が意味しているのは,再生可能エネルギーの可能性であるが,ここでは直接触れない。ただ,人間の労働生活の全般的なあり方に関しても “Small is Beautiful” の方向性が十二分にありうることを強調しておきたい。

 経済成長の結果が,いまではどうなっているのか? あるいは,どうなりつつあるのか? はっきりみえている。しかし,いまの政権にそうした方向性に関する政策の基本転換はおろか,なにかの期待を抱くほうが無理である。あの首相は「一億総活躍せよ」などと音頭をとりたいらしいけれども,そのための土俵さえきちんと準備できない内政の実態である。できもしないことをエラそうに口に出すのはおよしなさい。

 お金が少しかえられず低収入でも,チマチマな暮らし方であっても,幸せに生きていける生活様式が工夫されてよい時代が,以前より唱えられ,期待もされてきている。高度経済成長時代をいまごろ再妄想しても,しょせんは〈無理の無理〉でしかない。

 自足自給的な農山漁村風の生活が実現できれば,経済的収入はわずかでも,無理なく生きていける。それも平和に安寧に,である。若者は都会に留まるのではなく,過疎地に目を向ければよい。そこには自分の努力しだいで,どのようにもで生活設計をできる可能性が潜在しているのではないか。

 ④「〈特派員メモ ソウル)夢は安定した仕事」(『朝日新聞』2016年6月16日朝刊10面「国際」)

ソウルのカフェで,韓国人の友人と再会した。50代前半の大学教授。話題が韓国の若者の厳しい就職事情に移ったとき,ふと,こう漏らした。「『夢をもって,一生懸命頑張ることが大事』なんて話ソウルの市街風景画像は,学生たちにうかつにできないですよ。『先生は古い世代。わかっていない』と不信感をもたれてしまいます」。

 そうかもしれない。「努力は報われる」という言葉がむなしく響くような時代を,韓国の若者は生きている。連日の塾通いを経て,大半が大学に入る。少しでも就職に有利にと,語学の勉強や資格の取得などに必死になる。それでも,財閥頼みの経済で,望む職は十分にない。財閥系の大企業などに正社員で入る「勝ち組」はわずかだ。

 競争に敗れた多くの若者が非正規職などで不安定な暮らしを続ける。「なによりも『安定した仕事』がほしいんですよ」。韓国で取材するたび,切実な声を聞いてきた。非正規労働者が約4割を占めるいまの日本にも通じる問題だ。カフェを出て地下鉄駅に向かった。週末の街に多くの若者らがゆきかう。教授の言葉を思い出し,未来を担う世代の苦悩を思った。(稲田清英)

 --現代日本における労働経済社会の状況は,以前から韓国の〈先例〉が示唆してきたとおりになっている。しかもそれが,あれよあれよという間に,21世紀の日本における実像としても,まったく同じ内容・状況となって登場してきた。

 だが,指をくわえてみるだけではいけない。若者1人ひとりが自分の未来を切り開く努力をしたい。安倍晋三とこの政権党など,頼りにできないし,しないほうがよい。自分なりに人生の目標が立てて生きていくほかない。どうしたらよいかについては,ここまでの記述がある程度は言及したつもりである。

 最後に再び,奨学金制度の問題に戻る。2016年に入って政府は,これまで貸与型の奨学金しか存在しなかったこと(日本学生支援機構)がとくに問題視されたことから,ついに重い腰を上げ,返済不要の給付型奨学金について,「『ニッポン1億総活躍プラン』のなかで『創設に向けて検討』することが明記し,閣議決定される予定になっている」(文部科学省)ということである。

 だが,給付型奨学金制度の「創設に向けて検討する」ことを「明記した」などという「表現」からして,これではやる気がまだ「全然ない」というふうにしか解釈できない。「教育百年の計」だという基本認識,これにふさわしい国家規模の教育観を,いまの政権はもちあわせていない。
 
 
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